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【完結】竜と魔導書  作者: わーむうっど
第一部 遺跡の町
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遺跡探索 3

 眠りから覚めない兵士たちは気になったものの、隣り合う二つの部屋には現状危険がなさそうに思えた。


 シャイードたちは手前のリビングと、奥の寝室の本棚や収納を漁った。

 いくつもある本棚には通常の本の他、魔導書とおぼしき値打ちものも置かれている。

 この住居区画にある本はどれも濡れた形跡がない。

 上の湖に水が張られていたときにも、地震で水が抜けた際にも、この区画は水没を免れたらしい。


 両開きの収納には、古くて使い物にならなそうな薬草類と、蝋石数本、正体不明の水薬が5本ほど入っていた。ラベルの文字がにじんで消えてしまっている。

 タンスの中にはかび臭い衣服が少しと、革袋に入った血晶石がいくつもあった。

 血晶石はシャイードがありがたくいただいておく。

 水薬の鑑定には試薬と時間が必要だ。あいにくどちらも持ち合わせていない。

 期待したような凄いお宝はなかった。帝国兵が探している国宝とやらも。


「当面、こいつらはここに置いておくのが安全だろうな」


 フォレウスがそう結論づける。

 リビングの机を端に寄せ、床には倒れた兵士たちが一列に並べられた。5人いる。


「起きていれば、戦力になっただろうになぁ」

「どうかな。まあ何があったか、くらいは聞けたかもしれんが」


 シャイードの評価はシビアだ。狭い遺跡の中では、大人数が邪魔になる事態もある。

 それに調査隊が戻ってない以上、この5人は役に立たなかったと断ずるしかない。


(むしろアイシャの安全に懸念が残るだけだ)


 寝室にはランタンを細く灯してアイシャだけを残し、施錠しておいた。

 むろん鍵を見つけたわけでない。開けられるものは、閉めることも出来るだけだ。

 黒の魔導書も、持ち歩くには邪魔なのでそのまま置いてきた。

 値打ちがありそうだから、本棚にあった他の魔導書とともにあとで回収する心づもりであった。

 脱出のめどが立ったら、だ。

 アイシャには、目覚めたときのためにメモも残した。


『助けに来た。脱出ルートを確保したら迎えに来る シャイード』

(これで、扉に鍵が掛かっていてもパニックにならずに待っているはずだ)


「残るルートは一つだけになっちまったな」


 最初の部屋に戻った一行は、東の扉の前に立った。

 フォレウスのつぶやきを拾い、シャイードが首肯する。


「ああ。この先に、何かあってくれることを祈るしかない」

「出口なり、調査隊なりな」

「探しものもだろ」


 例によってシャイードが確認してのち、扉を開いた。


 空気が前髪を撫で、シャイードははっとした。

 古い本の発する独特の匂いだ。フォスが部屋に入り、内部の様子が明らかになる。

 今までの部屋より広く、天井が高い。書架が並んでおり、本が詰まっていた。

 どうやら図書室のようである。


(遮蔽物が多いな)


 シャイードはクロスボウを胸の高さに構え、慎重に部屋に入った。

 後ろの3人は、まだ部屋の外で様子を見ている。

 シャイードは書架を回り込み、奥へと向かった。


 ここも天井が一部崩落しており、瓦礫と土砂が流れ込んでいた。本棚が倒壊し、折り重なっている。

 方角で言えば南側が埋まっている形だ。

 この図書室が元はどれくらいの広さだったのか、分かる術はない。


 崩落を免れている場所でも、本棚が地震の影響か連鎖的に倒れていた。本が床に散らばっている。

 一冊を手にとって開いてみたが、やはり水をかぶった形跡はない。

 にもかかわらず、カビや虫による害でぼろぼろに痛んでいた。

 住居の本棚にあった書物よりも劣化が激しく、製本された年代の違いを感じる。


「………」


 シャイードは本を元の場所に置き、口元に手を添えて少し考え、それからまた探索を始めた。


 部屋の南東付近まで来たときである。

 山形に重なり倒れた書架のすぐ傍で、うつぶせの人影を発見した。帝国の軍服を着ている。


「おい!」


 近くへ駆け寄り、肩を揺らす。

 反応がない。


 ひっくり返してみたところ、内臓がえぐられ血まみれだった。呼吸を探るまでもなく死んでいる。

 身体の下の床に血だまりが出来ていた。


(何に襲われた……?)


「どうした! 何があった!?」


 いつの間にか部屋に入っていたらしいフォレウスが、誰何の声を上げた。


「こっちだ」


 頭上には今、書架より高い位置にフォスが浮いているから、場所はすぐに分かったようだ。

 フォレウスの姿が現れたのを見て、脇に避けた。


「うつぶせで死んでいた」

「……!」


 仲間の惨状に、フォレウスは言葉を失う。

 縦横縦と、箱の形に手刀を切った。冥府の神ヨルをたたえる仕草だ。

 近づいて、怪我の様子を確認し始める。


「ひでぇな……。大きな獲物でばっさりといかれてやがる」

「あまり鋭利な武器ではなさそうだ。どちらかと言えば……」


 シャイードはそこまで言って口をつぐむ。斬られたというより、食いちぎられたような傷だ。

 フォレウスはシャイードが言いさした言葉の先を、何となく察したようだ。

 立ち上がり、辺りを慎重に見回した。

 声のトーンを一段落とし、シャイードに向けて口を開く。


「しかし……、一体何にやられたんだ。そいつはどこへ……?」


 当然の疑問だ。

 現状、この部屋に動く気配はない。その上、崩落を免れた壁はほとんどが本棚になっている。


「この傷だけではなんとも。何らかの魔物のたぐいだろうが……」

「まだ部屋に潜んでいるかも知れない?」

「かもな。何しろこの部屋には、死角が多すぎる」


 シャイードはまだ調べていない、北側の壁に視線を向ける。

 そこに一カ所だけ、不自然に本棚がない場所があった。


「詳しく調べてみよう」


 死体をそのままに、2人は北側に移動する。

 フォレウスが声をかけ、入り口で警戒していた兵士たちも近くへやってきた。

 3人に周囲を警戒して貰っている間、シャイードは壁を丹念に調べ始めた。

 何カ所かこつこつと叩いてみるが、空洞の音はしない。


「……ん?」


 床にしゃがみ込んだとき、こすれた傷があることに気づく。

 傷を目で追い、隣に立つ本棚を見た。


(動かした?)


 よく見れば本棚は、他の本棚と違って壁にぴったりとくっついていない。慌てて動かしたような印象だ。

 シャイードは本棚に手をかけ、思い切り引っ張る。びくとも動かない。

 見ていた3人が察し、4人がかりで押し引きするとあっさりと動いた。


「こいつぁ……」


 動かした本棚の後ろには扉があった。


「この先に、兵士を殺した何ものかがいるかもしれない。注意してくれ」


 シャイードが言うまでもなく、3人ともが武器をいつでも抜けるように準備していた。

 扉には例のごとく、鍵は掛かっていない。

 手前に引き開けると、石造りの暗い廊下が見えた。


 静かだ。


 シャイードはフォスとともに慎重に一歩を踏み出す。

 廊下は少し進んで、右に折れている。


 まずは一人で、罠を警戒しつつ曲がり角の手前まで素早く移動する。

 歩き始めて分かったが、道は傾斜していた。奥に向かって上り勾配なのだ。

 曲がり角で方位磁石をポケットから取り出し、その裏面を少しだけ角から覗かせる。

 磁石の裏面は鏡面加工になっていて、通路の先を映していた。


「ん……?」


 曲がり角の突き当たり、四角い通路の右壁面にぴったりと張り付くようにして大きな丸い壁がある。

 左側には空隙があって、身体を横にすれば人が通ることは出来そうだ。

 壁までの間に動くものは無かったので、シャイードは丸い壁に近づいた。


「これは……」


 それは発動済みのトラップだった。

 丸い壁は円筒形の石を横から見たもので、傾斜の上の方――今のシャイードから見て左手(北側)から転がってきて、右の壁(南側)に当たって止まったようだ。

 ローリング・ストーンというメジャーな、致死性の高い罠だ。


 円筒形の石と壁の間の隙間から、北側を覗く。やはり誰もいない。

 シャイードは背後にハンドサインを送る。ここまでは安全だ、と。


 彼らがローリング・ストーンを珍しそうに見上げている間に、シャイードは隙間から奥の通路に入った。

 通路の傾斜は先ほどまでと変わらず、さほど急ではない。


(この程度なら……。罠を発動させたとしても転がってくる石の初速は遅い。走って逃れることは難しくなかったはずだ)


 シャイードは、この通路の床に落とし穴が仕掛けられている可能性を考える。

 ローリング・ストーンは威嚇や、他の罠への誘導に使う場合もあるからだ。


 北へ延びた通路の先は行き止まりになっている。

 通路の東側には細い溝が、坂の上に向かって続いている。転がり落ちた石を回収するための機構だろう。作動しなかったようすだが。

 案の定、坂の途中に落とし穴があった。

 しかし、こちらも開閉装置が故障しているらしく、わざとトリガーとなる石を踏んでみても穴は開かなかった。


 念のため、他の罠も探したが特に見当たらない。再び後続にサインを送って、先行する。

 行き止まりの手前に扉があった。


 扉にはプレートが掲げられ、文字が記されている。


(深く、見る……。観察……室?)


 頭の中で訳したのち、追いついてきたフォレウスを振り返った。

 鍵は掛かっていない、と手振りで教える。

 フォレウスは頷いた。

 耳を澄ませても特に物音も聞こえないので、扉を細く開いて様子をうかがう。


 フォスの明かりに浮かび上がったのは、正面に見える白い壁だ。

 そしてその間にある奇妙な器具類、配管、椅子。

 動くものの気配はない。部屋の空気は冷えていた。


 クロスボウを構えながら足を踏み入れる。息が白くなった。

 今まで見てきたどの部屋よりも狭い。東西に3m、南北に5mほど。

 気になる正面の壁に向かう途中、床の中央に四角い切り込みを見つけた。その場に膝をついて観察する。

 手を引っかけるへこみと蝶番がある。一見、床下収納の扉に見えた。


「おい、どうだ? 魔物は?」


 部屋の外からフォレウスが小声で尋ねてきた。


「大丈夫だ」


 掌を上に向け、指を手前に動かす。3人が続けて入ってきた。

 雑多なものに囲まれているため、4人が入ると窮屈だ。


「なんだこの部屋は……」


 フォレウスは壁に設置されている配管と、そこに付属する丸いパネルに近づく。

 シャイードは不用意に触れぬよう注意すべく口を開くが、フォレウスもそこまで愚かではないようだった。

 シャイードは膝を払って立ち上がる。


「観察室、らしいぞ」


 遺跡の中では時たまこういった部屋を見かける。

 魔術の研究が盛んな都市だったと思われる。地下に存在していることと関係があるのだろうか。


「観察って……、何を観察するんだ……?」

「知らん。アンタたちの方が心当たりがあるんじゃないか?」


 シャイードは帝国兵が口にしていた”捕獲”という言葉を思い出しながら、質問を返した。

 片眉を上げてフォレウスを見据える。

 フォレウスは押し黙ったのち、視線をそらした。

 次に口を開いたときに出たのは、返答ではなく新たな質問だ。


「この部屋は、位置的に言えば最初に見た廊下の先か?」

「そのようだな。今歩いてきた廊下が上り坂だったから、上の階層かもしれん」


 そのとき、兵士の一人がヒッと声を上げ、皆の視線がそちらに集中した。


 彼は白い壁の傍に立っていた。壁を見つめながら、後ずさりしている。

 その視線の先で、壁の色が一部変わっている。表面を手でぬぐったようだ。


 そこに、苦悶の表情を浮かべる人間の顔が浮かんでいた。

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