村の真実
シャイードは先頭に戻り、セティアスの隣に並んだ。
「用事は済んだのかい?」
「ああ。まだ先は長いのか?」
「少しね。急ぐためにも、ここからは休み休み行こうか」
シャイードはその言葉の逆説的な響きに、面白そうに口端を持ち上げた。
それなりに長い距離を進んだが、セティアスの言う通り、あとは魔物も出ず、道は平坦で閉ざされた扉や罠もない。
距離こそが最大の敵であるというような道行きであった。
シャイードは眠気を感じ、あくびをかみ殺して目を擦った。油断はいけない、と自らに言い聞かせ、集中しようとする。
「なんつーか……、ここって脱出路みたいだよな」
「ふはっ。そりゃそうさ。この道は、有事の際の脱出路だからね。王族用の」
さらりと言われ、シャイードは勢いよく隣を振り向く。セティアスは鼻から笑いの気配を逃した。
「僕たちは通らなかったけれど、王城の地下はそのまま、ドワーフの都市だったころの城跡に接続しているんだ。下水道とは別ルートで、シャイードくんが解いた絡繰りの部屋に繋がっている。僕がもし皇帝やその血縁だったら、絡繰りの解き方を知ってたんだけどね」
「それって、国の最重要機密になるやつじゃ……。アンタ、よくそんな地図を手に入れられたな!?」
セティアスは口元に指を立ててウィンクした。
その様子をうさんくさげに半眼で見つめたが、吟遊詩人は入手経路について、答える気はないようだ。
道はやがて石壁で行き止まる。隠し扉だ。
しかし、こちら側からは隠す気もないのか、分かり易く扉の脇にレバーがついている。すぐ下の床には、四角い囲みがあった。念のために罠のたぐいがないことを確認したのちに、囲みに乗ってレバーを動かすと、石壁は横にスライドして簡単に開いた。
空気が変わる。新鮮な外気だ。
意外なことに、扉の向こうは明るかった。まだ夜明けの時刻ではないのにもかかわらず、だ。
「!?」
これはセティアスにとって予想外だったようで、彼が身体を緊張させると、シャイードも身構えた。腰の小剣を抜いて不意打ちに備える。
その時、扉の端から目線の高さに光源が現れた。炎の明かりより温かみの薄い、白々とした魔法的な色だ。
シャイードは剣を納めた。無防備に扉を潜っていく。光に照らされた内部は、納屋ほどの広さの円形の部屋だ。地面は濡れている。
「シャイードくん!?」
「大丈夫だ」
小声で鋭く名を呼ぶセティアスに、シャイードは前を見たまま掌を向けた。
光はシャイードにまとわりつく。光源は、なじみの光精霊だった。
「フォス。先回りしてたのか、お前。どうやってここに?」
質問を受け、フォスは高度を上げていく。シャイードは動きを目で追った。
セティアスが扉を潜って隣にやってくる。
明かりに照らされて、ここがどういう場所なのかが分かった。この円形のスペースは、中空になった塔の基部だ。窓のたぐいはないけれど、内壁に沿って階段がらせん状に空へと続いている。壁際には昇降機らしき椅子も備えられていた。
天井の代わりに、丸く切り取られた小さな星空が見える。雨はいつの間にか止んでいたらしい。
「あそこが出口だよ」
セティアスはフォスのいる方を指し示す。
「あんなところが……。よし、俺が先行する。フォス、来てくれて良かった」
おいで、と呼び、シャイードは螺旋階段に足を掛けた。階段は金属製だ。雨ざらしのはずだが、錆や腐食もない。ドワーフの技術に違いない。良く見れば、壁際には排水溝も備えてあった。
フォスはすぐに降りてきて、シャイードの少し先を照らす。途中、壁の金具にロープで引っかけられていた昇降機を外して放った。昇降機は振り子のように揺れながら、その重さでゆっくりと塔の床に落ちる。
螺旋を何周か回ったところで、セティアスが下から声を掛けてきた。
「今のところ、問題ない」
シャイードの答えを聞くと、吟遊詩人は頷き、通路から様子を伺っていたスティグマータたちを招き入れる。若くて元気な者から、シャイードの後を追わせた。
シャイードは二段飛ばしで軽快に階段を上っていく。
螺旋階段は、開口部の手前で途切れており、外壁に沿った扇形の踊り場があった。天辺までの残り数メートルは、階段と同じ金属製のはしごが壁にとりついている。というのも、そこから先は塔の直径が急激に狭くなってるのだ。
はしごに緩みがないかを踊り場から確認したのち、シャイードはフォスを減光させてその場に留まらせる。そして一人で登りはじめた。
頭を出さずに周囲の音を聞き、それから顔を半分だけ覗かせた。周囲は暗い。まだ夜中だ。
木々に囲まれ、民家の明かりなども見えない。
(既視感がある……)
シャイードはクルルカン遺跡からの脱出劇を思い出し、喉奥で小さく笑った。
一気に穴を飛び出す。
森の中の、少しだけ開けた場所だ。周囲は静かで、葉擦れの音とフクロウの鳴き声しか聞こえない。
下生えはしっかりと濡れており、地面もぬかるんでいた。星明かりを頼りに出てきた場所を振り返り、目を丸くする。
井戸だ。
塔だと思って上ってきた脱出口は、外からは井戸にしか見えない。上部の骨組みに滑車が取り付けられており、ロープが垂れ下がっていた。
その先にあるものが水桶ではなく、昇降機であることを、シャイードは既に知っている。
(この場所……。そうか! ……そういうことだったのか……!)
シャイードは思わず額を叩いた。
◇
帝都入り前夜のことだ。
日没にたどり着いた小さな村で、シャイードは奇妙な経験をした。
村は帝都のお膝元に立地する割に規模が小さい。隣には森がある。その恩恵を活計としているのかと思ったが、話を聞けば森は幽霊が出る禁足地とされており、誰も近づかないらしい。
では宿場として生計を立てているのかと問えば、宿は酒場を兼ねた小さなものが一軒だけという返事だった。
村から帝都までは、ほんの二時間ほどの距離である。ここまで来た旅人のほとんどは、村を素通りして帝都へと行く。
帝都から南へ向かう旅人も、ここで宿を取ることはない。
村にはシャイードたちのように、タイミングの悪い僅かな旅人が立ち寄るだけなのだという。
そこまではいい。森があるのに利用しないのは勿体ないと思うけれど、迷信や信仰やらでそういうこともまああるかも知れない。
村には老若男女の姿があった。当たり前のように。
だが奇妙だと思ったのは、全員の身のこなしや視線だ。足運び一つとっても、ただの農民とは思えないのだ。
みんな、隙がなさ過ぎる。訓練された兵士が、農民の服を着て農民の演技をしているように、シャイードには感じられた。
子どももいるにはいたが、幼すぎる者は見かけなかった。既に分別の付く年齢以上の子どもだけだ。偶然なのか必然なのか、その時には分からなかったけれども。
宿の酒場で、シャイードたちに幽霊話を聞かせてくれた男など、奇妙の最たる者だ。うだつの上がらない酔っ払いを演じているが、男の瞳には酔いの気配はなかったし、少し注意深い者なら男の呼気から酒の匂いがしないことにだってすぐ気づいただろう。
シャイードが受け取ったのは、「とにかく森に近づくな。近づけばどうなるかわからんぞ」という脅しだった。
そしてどうするかは、まるでその男が決めているのだとでも言うような。
端から近づくつもりもなかったのだが、逆に興味をそそられた。
その後、宿の二階で休もうとした時に、監視に気づいた。
普段ならば、眠るときくらいは窮屈な衣服を脱いで、ドラゴンのように裸でいたいのだけれど、やむを得ず着衣のまま横たわった。アルマの秘密も守らねばならず、鬱陶しく「怖いのか?」と尋ねてくる彼を、人の姿のままでいさせた。……本気で鬱陶しかったが。
監視は夜更けを過ぎてもいなくならなかった。部屋の外に、絶えず息を潜めた人の気配がしているのだ。
本人達は、おそらく気づかせていないつもりだったろう。だが人よりも可聴域の広いシャイードには分かった。古い宿の床板は、忍ばせた足音でも僅かに軋んでいた。
シャイードは枕の下に、その夜は魔導書ではなく短刀を隠していた。
(夜盗の村なのだろうか? 寝入った旅人をぶすっと始末して、奪った金品で生計を……)
(何かの宗教に傾倒した者たちの村? 俺は森に捧げる生け贄か?)
(まさか、正体がばれた? いやいや。ばれるとしたらアルマだろう。だよな……?)
襲撃を警戒する緊張感と、意味の分からない村人の行動とで眠れず、ベッドの上でじりじりと過ごした。長い夜だった。
明け方、監視がいなくなり、漸く眠りにつくことが出来たのだ。
◇
(あの村……! 村人は全員兵士で間違いなかったんだ!)
そう。
帝都に近いあの村は、まるごと兵士たちの詰め所なのだ。彼らの任務は、王族の脱出経路、そして、内側と呼応すれば帝都への進入経路にもなりかねない井戸を監視し、守護すること。それも、誰にも「そう」と悟らせてはいけない。
(俺はどこかの国の密偵とでも勘ぐられたのかも知れねえ)
翌日、アルマは井戸を見に行きたがり、それを村人の耳のあるところで声に出して言った。とんでもない。
魔導書は、周囲の村人に一瞬にして緊張が走ったことにまるで気づかなかった。
シャイードは大声で否定するしかなかった。ビヨンドの気配があればそれでも、行かねばならぬ所だったがそうではないという。
だが村の謎については気になっていたのだ。
(っはーー!! なんだよ、そんなことだったのかよ……)
シャイードはついその場にしゃがみ込む。
すっきりしたような、脱力したような、がっかりしたような。思いがけず、手品の種を明かされてしまった気分だ。眠れず過ごした夜を返して欲しいと思った。
シャイードは額から手を離し、油断なく周囲を見回す。井戸の周りにも見張りがいるかと思ったが、どうやら村は「森に入らせない」ことを徹底することで、ここには見張りを置かないことにしたようだ。
それはそうかもしれない。
禁足地であるはずの森に村人が出入りしているところを見られたら、嘘の怪談が無駄になる。万が一、ここに迷い込む者がいたとしても、井戸はただの井戸と思わせておく方がいいのだ。
(だがそうだとしたら……、セティアス、アンタはここからどう出るつもりだ?)
自分だけなら何とでも脱出できる自信がシャイードにはあったが、果たして八十人のスティグマータがぞろぞろ森から出てくるのを、兵士たちが見逃すだろうか……?




