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【完結】竜と魔導書  作者: わーむうっど
第三部 竜と帝国
156/350

地下通路にて 6

「どこまで話しましたかな……。手を、繋いだことは?」

「ああ、子どもが。みんなで手を繋いだのだと」

「そうでした」


 長老が頷く。


「実際にその通りだったかは分かりませんが、そのように伝わっています。初めから話しましょう。――我らの祖先は人身ながら強い潜在的魔力を持ち、魔法王国時代には王族や貴族の一派だったといいます。しかし恵まれた地位にありながらも、争いの絶えないこの世界に倦み疲れていたようなのです。そして自分たちを、憂いのない幸福な世界へといざなう新たな神を創造しようとしたそうです。魔法王国の王侯ともなると、その傲慢さも極まっていたのかも知れません」

「いや……、そうとも限らない」


 自虐的に語る長老に対し、シャイードは首を振った。

 ザルツルードの海岸でアルマに聞いた。今の人間たちは忘れているが、神はもともと人が創った、人の願いのリソースプールでしかないのだと。

 大昔の人間は、同じ願いを叶えるために多数が協力して儀式を行い、しばしば神を創り出していたのではないか。手を繋ぐという言葉は、協力の暗喩ではないのか。


「それが何故、滅びの魔神を喚び出すこととなってしまったんだ?」

「はい……。それだけ人類に対する絶望が深すぎたのかも知れませんし、何か別の理由があったのかも知れません。人が多く集まれば、願いにはブレも生じようというもの。一人一人は白い服で歩き回っても、その埃は灰色になります。今となっては推し量るしかすべはありません」


 長老は首を振った。

 シャイードは顎に手を添える。長老は魔力と言ったが、人間が潜在的に持っていた力だとしたらそれは共振力ウィルの方だろう。アルマは魔力イーサ共振力ウィルは全く別のものだとよく言うが、どちらも使いこなす人間には区別が付きにくいのかも知れない。


(彼らの祖先は『ここではないどこか』へ行きたがっていた。その願いを実現するために、手を繋いで神を創ったが、何かの要素で願いが歪み、現れたのは厄災――ビヨンドだった、というわけか)

「……ん? すると、どういうことだ? 歪んだ神が厄災を喚び寄せたのか? それとも、神自体が厄災なのか?」

「神は、扉であったと伝えられています」

「な、……なるほど……!」


 神と聞き、つい無意識に人型のものを想像していた。幼い時分に神話を読み過ぎたのかも知れない。そのイメージについ引きずられる。シャイードは目から鱗を落としつつ、長老の話の続きに耳を傾けた。


「祖先たちは鍵を用いて扉を開き、異なる世界へ――争いのない永遠の楽園へ――行き、向こう側から扉を閉じるつもりでした。しかし、開いた扉からは招かれざる客が現れてしまった。滅びの魔神は我らの祖先を殺し、目につく全てを破壊し、この世界を喰らい尽くそうとしました……。その後は伝説の語るところです。選ばれし勇者達によって、魔神は倒されました。世界はかろうじて、滅びから救われたのです」


 シャイードは目を瞑った。


(アルマの言っていた通りだ。帝国では、厄災は滅ぼされたことになっているらしい。他の地域でも、そうなのか?)


 シャイードとてアルマと出会うまで、この世界に滅びが近づいているなどと考えもしなかった。大多数の人間がそうだろう。

 知らない人間からある日突然、「滅びが迫っている」と言われたとしても、普通、にわかには信じられない。素直に信じるのは、信じたがっている人間だけ。

 そう。結局のところ人は、信じたいものだけを信じる。


「鍵ってのはなんだ?」


 返事は少し遅れた。シャイードが隣を見遣ると、長老は考え込んでいる様子だった。


「何かの魔法具か、呪文か、儀式そのもののことだと考えられますが、定かではありません」


かみの力を行使する手段だとすると、鍵というのは魔法具というより神具、呪文より祈りと言った方が正しいのだろうな)


 長老の言葉を、シャイードは心の中でかみ砕く。


「スティグマータの神――扉の方はどうなったんだ?」

「わかりません」


 長老は首を振った。


「なにせ、当事者達は皆、魔神に殺されてしまったのです」

「ぼくたち、その時の人間の生まれ変わりなんだって。だからぼくたち自身にちゃんと罪が刻まれているんだ。何度も生まれ変わって、みんなに許して貰えるまでごめんなさい、しなくちゃいけないんだ」


 子どもが後ろから、口を挟んだ。シャイードは肩越しにそれを見下ろし、何とも言えない表情になる。

 長老が目を細めて頷いた。


「先ほど、”祖先”という言葉を使いはしましたが、血の繋がりは不明です。我々は、世界を破滅に追いやった罰を受けるべく、罪人の印を身に刻んで、只人の間に生まれます。購いが終わるまで、転生は繰り返されるのです」

「………。では神を喚ぶのに手を繋いだという話は、誰が?」

「口伝えされています。昔は、前世の記憶を僅かながら持って生まれてくる者もいたということですから、その者から伝わったのかも知れませんし、或いは当時の祖先を知る他の人々から伝わってきた話かも知れません。私も、年長のスティグマータから聞いた話です」

「そうか……」


 シャイードは口元を手で覆った。視線を通路の天井に向ける。


(信仰が絶えれば、神は力をなくし、消滅する――。神を生み出した者たちが死に絶えてしまったので、”扉”は消滅してしまったのか。消滅……)


 シャイードは少し引っかかった。


(神がリソースプールだとしたら、消滅とはなんだ? 力を使い果たして消滅するのならわかる。だが、力を貯めた状態で信者がいなくなったとしても、それはそのまま存在し続ける可能性はないか? ただ、経路が絶たれただけで)


 いや、とさらに首を振った。


(或いはリソースプールの存在そのものに、コストがかかる可能性もあるな。水たまりがやがて蒸発するように、何もしなくても徐々に減衰していく場合だ。それならば常に信仰を必要とするし、信者が絶えれば自然消滅するのか)

「これで、貴方のご質問には答えられましたかな?」


 考えに沈んでしまったシャイードに向けて、長老が遠慮がちに問うた。シャイードは夢から覚めたように瞬き、長老を見返す。


(結局、コイツらが今さら手を繋いだところで、扉を喚び出すことも、それを開くことも出来ないということか)


 シャイードは密かに落胆した。もしも厄災が倒すことの出来ない存在ならば、強制的に元の場所へ還してしまえればと考えていたのだ。


「……ああ。新たな疑問が生まれたが、理解はかなり進んだ、……のだと思う」

「それはようございました」


 長老は控えめに微笑んだ。その表情は、どこかすっきりとしている。宿にたどり着き、重荷を下ろした旅人のようだ。

 シャイードは自身の身体のあちこちを掻き、触って、何度も口を開いては閉じ、を繰り返した後に、意を決した。


「その……、あり、がとな。アンタらの秘密を、教えてくれて、よ」


 なんとか苦手な感謝の言葉を喉からひりだした。長老は静かな瞳で見つめた後に、頷く。


「どういたしまして。お互い様です。……このような言葉を、よもや他の方に告げることになるとは思いませなんだ」


 礼を言われた経験が少ないであろう長老は、笑みを深めて返した。シャイードはほんのりと頬を染めて、足元に視線を逃がした。

 ああ、やっぱり礼は苦手だ、と改めて思う。


「アンタらが、仲間の元に行くことで、少しでも生きやすくなるといいんだがな」


 シャイードはため息混じりに呟いた。何気ない一言だったが、それだけに本心だ。

 顔を上げると、長老が不思議そうに見つめていた。


「何故……、そう、思うのですか?」

「何故って」


 改めて問い返されると困惑する。深く考えて言ったわけではない。

 だがシャイードは考えてみた。


 真っ先に思い浮かんだのは、記憶の中で失ったイレモノのことだ。彼女の笑みの意味を、シャイードは未だに見つけられずにいる。

 もっと何か出来たのではないか? やりようによっては、誰も死ななかったのではないか? と、考えることもある。

 口を開きかけては、そうじゃない、これも違うと、様々な言葉が浮かんでは消えた。

 びっくりするほど、自分が他者にかける言葉を持っていないことに気づかされる。それはそうだ。シャイードは人の中に混じって二年あまりの年月を、人を避けることに費やしてしまった。

 シャイードは背後を振り返った。無表情な子どもたち。彼らは視線に気づくと顔を上げたが、その口元に笑みが浮かぶでもない。


「子どもは笑っていた方がいい、……と、思ったからかな……」


 自信のない口調だった。

 何の説明にもなっていない気がする。

 だがこれも、本心ではあるのだ。おそらく。

 案の定、長老は思案顔になっていた。シャイードは片手をひらりと振る。


「俺にもよく分からん。ただ……、助けたかった人を助けられなかった時のような、あんな気持ちを味わいたくないってだけなんだろう。この俺(・・・)が手助けしたんだから、アンタらにはちゃんと助かる義務があるっつーか。うん。ちゃんと助かれ、最後まで。俺の見えないとこでも」


 最後は命令口調で言い切る。

 そうだ、それが一番近い。

 助けてやったんだから、軽々しく命を捨てるような選択をして欲しくない。これからも、ずっと。

 長老は真面目な顔をして前を向いていたが、その口元に、ふ、と柔らかな笑みが浮かんだ。


「なるほど」


 彼は口元に手を添えた。

 シャイードは気づかなかったが、長老は笑みを堪えていたのだった。

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