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【完結】竜と魔導書  作者: わーむうっど
第三部 竜と帝国
155/350

地下通路にて 5

 半球内の水位とシャッターと、スティグマータの動きを見比べながら、シャイードは火かき棒の木の持ち手を回して外す。


(38、39……くそっ、絶対間に合わん!)


 水はほぼ全て排出されてしまった。思った通り、間もなく再び上から音がして、滑車のロックが外れた。半球は上がり始め、シャッターは降り始める。

 シャイードは迷わず半球に飛び乗った。太い鎖をつかみ、揺れる縁の上でバランスを取る。反動で、シャッター扉の降下が一時的に止まった。


「早く、今のうちに……!」


 セティアスが扉を見上げて立ち止まりそうになったスティグマータの腕を引いて急かした。

 シャイードは火かき棒を歯に咥え、鎖を上り始める。その間に、再び半球が上昇を始めた。シャイードの体重では、流れ出した水に足りないのだ。

 だが彼の狙いは別にある。


(これ……、で!)


 半球が少し上昇したところでシャイードは、頭上の鎖の間に火かき棒を差し込んだ。火かき棒は半球の直径よりもやや長い。鎖に水平に噛ませた火かき棒は、天井の穴にうまく引っかかってくれた。


(よし!)


 がくんと揺れて、半球の上昇が止まる。シャッター扉も、上から四分の一余り降りたところで止まってくれた。

 その間に、怪我人の担架が通り抜ける。

 シャイードは火かき棒と扉の間に視線を往復させながら、鎖にぶら下がっている。

 その後は順調にスティグマータたちの列が流れた。


(あと少し……、なんとかこれで……)


 シャイードは再び半球の縁に降り立つ。

 残りの人数が三十人をきった。希望が見えてくる。

 だが無情にも、そこで火かき棒はゆっくりと曲がり始めた。

 荷重に火かき棒の強度が耐えられなかったようだ。


「くっ……」


 火かき棒は、一度曲がり始めると急速に曲がっていく。そして曲がりきるよりも前に、穴に吸い込まれた。

 急速に鎖が上昇する。

 シャイードは半球の縁を蹴り、両手を支点に身体を反転させた。足裏を天井の穴の縁に踏ん張り、両膝を曲げた状態で、吸い込まれていく鎖を引く。


(重、い……っ!)


 手が滑り、扉の方から悲鳴が上がった。

 逆さまの視界を巡らせると、落ちて来た扉に、スティグマータの一人が背を打たれたようだ。床に倒れ伏してしまった。セティアスを含め、周囲のスティグマータが慌てて扉を支え、その間にグリフが倒れたスティグマータを向こう側へ引っ張る。

 シャイードは奥歯を噛みしめ、即座に竜の力を解放した。


「うおおぉっ!!」


 その力で鎖を引き戻す。扉が徐々に持ち上がった。折れ曲がった火かき棒が再び穴の縁から現れる。

 セティアスが驚いて振り向いたのが視界の端で分かったが、今は構っている場合ではない。ターバンの下の角が布地を押し上げ、緩んでいた布がずり落ちてしまう。が、シャイードは鎖を引くのに夢中で気づかない。シャッター扉は一番上まで持ち上がった。


「急げ!」


 とセティアスが鋭く言い、残りのスティグマータたちが扉の向こうへと走り抜けていく。最後にセティアスが抜けた。


「シャイードくん!」


 シャイードは手を離すと、出口へと走った。不正行為に別の絡繰りが作動してしまったのか、今度の滑車はゆっくりとなど動かなかった。急速に落下する扉が、彼を処刑しようと待ち構える刃物のようだ。


(間に合わん!!)


 閉じる扉の前で急ブレーキを掛けようとした瞬間、背後からバキンという破砕音がして、一瞬だけ扉の落下が止まった。

 咄嗟にスライディングで隙間を滑り抜ける。

 直後、扉が完全に落ちた。

 通路にごおん、という音が反響する。みんなが固唾をのんで見守っていた。


「ヤバかった……」


 シャイードは頭を扉側にして仰向けに横たわったまま、肩で息を整える。ギリギリセーフだ。

 最後に聞こえた破砕音はおそらく、火かき棒が滑車に挟まれて真っ二つに折れた音だ。あの一瞬に救われた。


「お疲れ様」


 セティアスの差し出す片手を取り、シャイードは起き上がろうとする。途中で背後から肩を引かれ、その場で尻餅をついた。


「???」


 振り返ると、マントの端が扉に噛まれてしまっている。


「あっ、くそ……!」


 シャイードは噛まれた布を取り戻そうと引っ張るが、がっちりと噛んでしまっていて抜けない。強引に引っ張ってみたり、端から少しずつ抜こうと試みたりしたあげく、観念した。腰裏から短刀カルドを引き抜くと、噛まれたマントのギリギリに刃を走らせて切り裂く。


「あーあ……。俺の一張羅が……」


 立ち上がると、マントの後ろの丈が減り、尻が見えてしまっている。そこだけ短いのが凄くかっこわるい。

 あからさまに落ち込むシャイードを見て、セティアスが肩に手を置いた。だがその顔を見て、シャイードはむっとする。笑いをかみ殺しているのだ。

 シャイードは不機嫌そうに彼の手を振り払った。


「悪かったね、シャイードくん。一番大変な役目を」

「別にいいけど! 俺にしか出来なかったろうし!」

「ふふっ、そうだね。………」


 セティアスは一瞬だけシャイードの頭に瞳を動かしたが、何も言わずに前方へ向き直った。


「さあ、あとは一本道だ。急ごうか。本当にもう時間がなさそうだ」


 彼はきびきびと指示を出した。シャイードは安堵して後頭部を撫で、直後にビクッと身体を震わせた。

 ターバンがなくなっている!

 両手を頭に当て、視線を落としてその場で一周したが、見当たらない。

 最後に閉じられた扉を見た。もう、取り戻しようがない。

 掌に当たる角は、人の姿に変身した場合の基本的な長さに戻っている。ツンツンした髪に隠れているはずだが、それでも不安で、周囲の髪を角の周りに集めた。


(大丈夫。見られてない……はず。どっちも黒いし、目立たないはず……)


 不意に誰かがマント越しに腕に触れたので、飛び上がった。

 振り返ると長老が立っている。


「な、……なんだよ」

「ここからは一緒に歩きませんか?」

「えっ?」


 シャイードは長老を見、それからセティアスを見遣る。彼はこちらを見ていた。小さく頷いている。


「だが……」

「道すがら、貴方への約束を果たしたいのです」


 迷うシャイードに、長老が理由を話した。

 そうだった。そのためにシャイードは、ここにいるのだ。

 長老の周りには、子どもたちが付き従っている。子どもたちは大きな目で、じっとシャイードを見つめていた。


「おう。じゃあ、そうする」


 長老は目を細めた。セティアスを先頭に、間に数人のスティグマータのグループを挟んで、シャイードと長老が並んだ。

 その後ろには子どもたちが、お互いに手を繋ぎ合ってついてくる。


「ご質問は魔神を呼び出した方法、でしたな」

「ああ」


 長老は深々と頷き、それから目を開けてシャイードをじっと見つめた。

 急に黙ってしまったことを訝しみ、シャイードは長老に瞳を向ける。すると見透かすような視線とぶつかり、人知れず身を硬くした。


(注視されるのは、どうにも苦手だ)


 不安はつい、むき出しになった角に触れるという行動となって現れた。長老は前方に視線を戻す。そして口を開いた。


「我々は貴方を見ていました、不思議な方。……どうやらご質問が、ただの興味本位でないことは分かりました。貴方はいつも、真剣でしたから」

「………ん」


 シャイードも前へと顔を向ける。頬に朱が差したことは、この暗さでは誰にも分からなかった。

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