謎かけ
休憩を終え、体力を回復させた後に一行は、再び地下通路を南へと向かった。そして地図に×印をつけた問題の地点へとたどり着く。
通路のくぼみの奥が隠し扉になっていた。回転する石壁を抜けた先は縦長の部屋だ。ランタンの光に、対面の壁にある鉄扉が浮かび上がった。その途中、天井の中央には、半球状の突起物がある。
「俺が様子を見てくる。ここで少し待ってろ」
シャイードはセティアスからランタンを借り受けると、足元を確認しながら慎重に部屋に踏み込んだ。
部屋の中央付近まで進んだところで、床に皿状の浅いくぼみがあることに気づく。丁度、天井の突起の真下に当たる部分だ。シャイードは上にも警戒しつつ、その場にゆっくりと膝をついてしゃがみ、ランタンをくぼみの縁に置いた。
くぼみの中心には、円柱形の突起がある。
円柱の直径は、貨幣と同じ程度だ。高さは掌の長さほど。
そして円柱を囲むように、六つの細長い穴が開いていた。
(なんだ? トラップか?)
シャイードは顔を近づけて、掌で仰いで匂いを嗅ぐ。
ガスが噴き出していたり、くぼみに溜まっていたりはしない。
中央の円柱を踏むと、スリットから刃物が飛び出す仕組みかと警戒し、円柱をまず調べた。
だが円柱は、床にしっかりと固定されていて、押してへこむような設計ではない。
次にはスリットを調べてみる。
鏡を取り出し、ランタンの光を反射させて奥を覗き込んでみた。
見える範囲に、武器の煌めきや絡繰りらしきものはない。ただの穴のようだが、光の届く範囲では底が見えなかった。
とすれば、警戒するべきは落とし穴だが、周囲の石床をつぶさに観察しても、切り込みや継ぎ目などは見られない。
(うむ……?)
余り見ないパターンだ。
その場で顔を上げ、天井の半球を下から観察する。半球の直径は、シャイードの胸の中心から片手の指先までと同程度に見えた。半球の最下部には、さらにリンゴ大の半球が付属している。
(乳房みてえだな)
天井の半球の丸みと、床のくぼみの丸みは角度が全く違う。くぼみは半球というより深皿の形状だ。ぴったりと填まってどうにかなる仕掛けではなさそうに思えた。
(どう繋がってくる……? それとも、上と下はまるで別の仕掛けか?)
とりあえず、謎の仕掛けの解明は後回しにして、鉄扉へと向かった。
鉄扉には鍵穴どころか、取っ手もなにもない。だが逆に、蝶番すらないことがヒントになった。
シャイードはランタンを掲げて上を見る。思った通り、上部の石壁に僅かな隙間が空いている。
(シャッター式だ)
次にしゃがんで下を観察した。石床は凹んでおり、そこに鉄扉の下部ががっちりと噛まれていた。指や道具の入る余地は全くない。精々、爪の先が少し入るくらいだろう。流石ドワーフ作りだ、と内心舌を巻く。
シャイードは肩越しに背後を振り返った。セティアスはこちらの様子を伺っているが、遠すぎて細かい部分までは見えていないはずだ。
(よし)
唇を舐めた。目を瞑り、注意しつつ竜の力を少しだけ解放する。少しだけ。解放しすぎては駄目だ。ターバンの下で角が伸び、布地を押すのを感じた。
その状態で鉄扉に両掌を添え、摩擦と腕の力だけで持ち上げようと試みた。
……無理だった。びくともしない。
シャイードは指を離して力を抜いた。角の長さが元に戻る。
立ち上がってもう一度、シャッターの上辺を注視した。
(重さだけではないな。内部で何らかのロックがかかっている。それを解除するすべが、どこかに……)
シャイードはランタンを手にして、歩き回りながら左右の壁面を観察した。
あった。
鉄扉に向かって、右手の壁だ。目線よりやや低い場所に、小さな隠し扉がある。
巧妙に壁に擬態しているが、僅かに切れ込みがある場所があり、そこに指をかけると小扉が開いた。
(なんだこれは……!)
中は長方形にくぼんでいて、円形のハンドルが四つ、菱形に並んでいた。それらは四色に塗り分けられている。
ハンドルには持ち手となる丸い突起が付いており、全て一番上に来ていた。
黒
黄 白
赤
そして扉の内側には、文字が記されている。
読めない。だがその特徴から、何という文字かは分かった。
「グリフ、来てくれ!」
シャイードは背後に声をかけた。
グリフはハンドルを隠していた蓋の裏に書いてある文字を読んだ。それは、岩を刻んで印すのに適した、直線的な文字――ドワーフ文字だ。
「どうしろって書いてあるんだ?」
「どうしろとも書いておらんぞ。ただの変な文じゃい」
「共通語に訳せるか?」
「うむ。
”正午に太陽を拝し
金は英雄の証
左より右を減ぜよ
無の地平を超えねば
陽は東へと沈む”
……とまあ、こんなところじゃな」
シャイードは爪を噛んだ。
「謎かけか」
「らしいの」
二人は黙り込んだ。グリフは文字を睨み、シャイードはグリフの訳を反芻しながら、虚空を睨んでいる。
しばらく考えた後、シャイードが視線を戻した。
「このハンドルを回せば扉が開くと思うんだが……」
「じゃが四つもあるわい。色も付いておるし、ご丁寧に謎かけまでついておる」
「この謎かけは誰に宛てたものなんだ?」
「おそらく、備忘メモじゃよ。わかる者には備忘で、わからぬ者にはまるでわからぬように書いてある」
「チッ、めんどくせえな。……まあ、順に解釈してみるしかねぇか」
ドワーフは片眉を上げてシャイードを見上げた。面白がるような表情だったが、シャイードは気づかない。眉根を寄せて腕を組み、独りごちている。
「正午ってことは、回す時間も関係するのか? 左より右を減ずる……。黄色から白を? そもそも何を減ずる? 最後にも陽――つまり太陽が登場しているのが気になるが……」
しばらく考えた末に、シャイードは首を振った。
「何のことやらさっぱりだ。何か、手がかりが足りないような気がする」
それからハンドルに目を向けた。
「この色分けにも、何か意味があるんだろうが……。セティアスの知恵も借りられねぇかな?」
「呼んでみるか?」
グリフが言うなり、様子を伺っていたセティアスを手招いた。
セティアスは背後のスティグマータを気にする。自分まで離れてしまって大丈夫だろうかと危惧したのだが、結局は小走りにやってきた。
「どうしたんだい?」
「謎かけに詰まっていてな。アンタ、何か気づくことはあるか?」
グリフが、小扉の裏に書かれたドワーフ語を再び共通語に翻訳して聞かせる。
セティアスは目を輝かせた。
「いいね! 英雄の試練にふさわしい謎だ」
「おい! 人ごとじゃねーんだぞ」
「ハンドルを適当に回してみたらどうかな? 案外あっさり開いたりしないかい?」
セティアスが白いハンドルに手を伸ばすのを、慌ててシャイードが止めた。
「おいやめろ! こういう”試行錯誤したらいつかは開く系”のものはな、大抵、間違うとトラップが発動するんだよ! うかつに試せないようにな。仮にトラップがなかったとしても、間違えすぎると二度と扉は開けなくなる」
「そうなのかい? それは困ったねぇ」
セティアスはそれほど困った風でもなく口にして、手を下ろした。シャイードはため息をつく。
「尤も、複雑な手順であるとすれば、作った側もうっかり間違う可能性があるから、即座に致死性のトラップが発動するとは考えにくいが。だがまあ、ペナルティを食らわないに越したことはないだろう。謎かけを考えた上で、間違う可能性だってあるわけだし」
「そうだねぇ」
「で、アンタなんか知らないか? こういう謎かけの文言を、詩で聞いたことがあるとかなんとか……。些細なことでもいいんだが」
「謎かけの文言については分からないけれど、僕はこの、ハンドルの色が気になっているよ。どうしてこの四色なのかな? 他の色では駄目だったのだろうか。緑とか、青とか」
シャイードは顎に手を当てた。自分も気になっていたことだ。
「それは何とも言えんが……。単に作った奴の好みだって場合もあるし」
「ドワーフのかい?」
「そこら辺はどうなんだ、グリフ」
グリフは扉の文言を睨んでいたが、不意に問われて顔を上げた。髭をしごきつつ、一歩離れてハンドルを見る。
そこで気づいたが、このハンドルはドワーフの目線の高さにある。彼らにとって、丁度回しやすい作りだ。
(ドワーフの目線、つまりドワーフの思考でないと、答えが分からない謎かけかも知れねえ)
シャイードはそう直感した。
思考の言語を、何か別のものに置き換える必要がありそうだ。
完全オリジナルのリドルと仕掛けです。
良かったら考えてみて下さい。次回、解答編。
ヒント:中学・高校で習うアレを使うと……?




