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【完結】竜と魔導書  作者: わーむうっど
第三部 竜と帝国
150/350

地下通路にて 2

 そこに弦の音が流れてきた。セティアスだ。足元にランタンを置き、両手でリュートを爪弾いている。

 不安定な旋律、不気味な不協和音の混ざった奇妙な曲だ。

 吟遊詩人は自身に近づく巨大ネズミを、踊るように優雅に回転しながら蹴り飛ばしつつ、前奏を終えて歌い始めた。

 いつもの彼の歌い方ではない。地の底から響くようなデスヴォイスだ。


朽ちた古都市の(アナハ・ハイムハ・) 石柱に(ヴィラーシア)

 時が刻みし(ティルト・エルフィト) 苦界の印(・ディラーセア)

 眠りよ来たり(イニフィフ・ディルフ) 死よ来たり(・セラ・カーム)

 無色の魔王(シル・ウィト・XXX) その名はXXX(・ギグ・ディアーヴォ)


(上位古代語! 呪歌ガルドルか!)


 呪歌は魔力の織り込まれた”力ある歌”だ。呪性魔法と同様に人間が、主に妖精と一部の魔物から盗んだ魔法である。

 歌詞は妖精語のものと古代語のものとがあるのだが、妖精語のそれが友好的であったり悪戯的なものが多いのに対し、古代語のものは敵対的なものが多い。

 魔法の一種なので、歌詞の意味が分からなくとも、聴覚を持ち、かつ精神活動のある魔物は(当然、人間も含めて)影響を受ける。


 シャイードは歌を聴いて、心の中に不安が膨らむのを感じた。特に、発音が聞き取れなかった部分には、理由もなく肌が粟立つ。下水道の壁に音が反響しているのがまた、やけに怖い。見えないところから、何者かの腕が幾つも伸びてくるのではないかと……


(”恐怖フィアー”の呪歌だな)


 心とは裏腹に、思考は冷静に判断を下す。原因の分かっている恐怖など、恐るるにたりない。彼は心に沸き上がる不安を押し戻した。


(良いチョイスだ。巨大ネズミどもは貪欲だが、あいつらはもともと恐がりだ)


 現に通路に上っていたネズミたちが、動きを止めた。後脚で立ち上がって、不安そうに鼻先をぴくぴくとさせている。そこをスティグマータが叩きつけると、たまらずに一匹が下水道に逃げ出した。

 それを見た他のネズミ達は、自分が叩かれたかのように、我先にと折り重なるようにして下水に飛び込んでいく。水面を泳ぎ、下水道の壁面に開いたひび割れに次々潜りこんだ。その先に、巣があるのかも知れない。


 シャイードはスティグマータたちが呪歌の影響でパニックに陥ることを危惧したが、彼らの表情に変化はない。襲われた直後の緊張感はあったが、ネズミが逃げると助け合って元通りに列を形成し始める。

 恐怖は生存本能に直結する感情ゆえに、ネズミとは対照的に、生きることに執着のない彼らにはほとんど影響しなかったようだ。


「噛まれた奴はいるか!?」


 巨大ネズミたちが一掃されたのちに、シャイードは納剣しつつ尋ねる。スティグマータたちは互いを確認し、首を振った。シャイードはほっと肩の力を抜く。

 セティアスが素早い判断で、呪歌を歌ってくれたお陰だろう。


「最後尾にいるグリフも大丈夫か?」

「大丈夫みたいだよ。ほら」


 楽器を背中に回し、ランタンを拾ったセティアスが後方を示す。離れたところで光が横に揺れている。シャイードは頷いた。矢の尽きたクロスボウを拾って畳み、ボディバッグに取り付けて両手を自由にした。

 スティグマータたちが並んだのを確認し、歩き始める。


「アンタ、呪歌が使えるなんて一言も言わなかったじゃないか」


 シャイードは唇をとがらせた。セティアスは彼の方を振り向き、小首を傾げる。


「おや、もしかして怖がらせてしまったかい? ごめんね?」

「怖くねーよ! 全然!」


 吟遊詩人の口元に、笑みが浮かんでいるのを見つけて、シャイードはカッとなって言った。つい大声を出してしまい、恥じ入って口を噤む。

 そのまま、しばらく唇を引き結んで歩いていたが、再び口を開く。


「他にもいろいろ歌えるのか?」

「ふふ、そうかもしれないね? 隠し芸を沢山抱えていたいタイプなんだ」

「秘密主義者め」

「謎が多い方が、魅力的だろう? そうは思わないかい?」


 セティアスがウィンクをした。それを見て、シャイードは渋面を作る。


「うさんくささしか感じねーよ」

「おやおや。それを言うなら、僕は君ほど秘密主義な子も珍しいと思っているよ」


 吟遊詩人は目を細め、肩をすくめた。手に持つランタンの光が揺れる。


「俺はいいんだよ」

「ふはっ。君は時々、傲慢だね。本当はどこかの王様か何かだったりするのかい?」


 シャイードはどきっとしたが、吟遊詩人は冗談として言ったようで、あははと笑った。

 ほどなくして、通路がやや昇りに傾斜する。徐々に水面から離れる形だったが、登り切って平らになった場所に、流れを横断する形に橋がかかっていた。


「ああ、これだな。橋だ」

「橋か? これが」


 手すりも何もない、粗末な板きれが小高くなった通路の上を渡されているだけだ。一応、両端を固定されているが、石畳に撃ち込んだ鉄のボルトは随分と錆び付いていた。

 二人並べるほどの幅はない。気をつけて、ひとりずつ渡るしかないだろう。

 シャイードはやれやれと首を振った。


「愚痴っていても仕方ない、か。ネズミが戻ってくる前に、渡っちまおうぜ」


 シャイードは言うなり、率先して板に乗った。その場で軽く跳ねてみるが、特に不穏な音がするでもない。ヒビはなく、腐ってもいないようで、強度は問題なさそうだ。ボルトが緩んでいるのか、少しぐらぐらはするが。


 向かい側の通路を来た方向に幾分戻った所に、別の通路が合流している。ネズミと戦った場所の、少し下流だ。この後、南に向かうその通路を通る予定だ。

 先ほど大騒ぎをしてしまったから、近くに何者かが潜んでいれば、自分たちの存在は既にバレバレだろう。小さな物音なら流れがかき消してくれただろうが、さすがに歌声は無理だ。

 あの場では呪歌が最適解だったとは思うが。

 シャイードは橋の上で、そちらへ視線を投げる。もう、後続の松明の明かりも届いていない。


「少し、先を見てくる。明かりを一つ貸してくれ」

「よろしく頼むよ。こちらは任せてくれ」


 セティアスを経由して、松明を分けて貰う。シャッターつきのランタンがあればありがたかったが、彼が持つランタンにもシャッターはついていない。無い物ねだりをしても仕方がない。いつもはフォスがいてくれるから、シャイードも持ち合わせていないのだ。

 シャイードは左手に松明を持ち、早足で通路を進んだ。


 角までやってくると、懐から鏡を取り出して通路の先をうかがった。奥は暗い。見渡す限り、通路に動く気配はないようだ。

 確認を終えて戻ろうとしたとき、何か白いものが視界に映った気がした。

 もう一度、鏡をそちらへ向ける。


(何だアレは……。舟か?)


 下水の中に、何かが浮かんでいるようなのだ。シャイードは迷ったが、鏡をしまい、通路を曲がった。右手はいつでも抜けるように剣の柄にかけている。

 近くまで行くと、浮いているものの正体が分かった。やはり舟だ。

 荷物が載せられ、その上に覆いが掛けられていた。ロープを使って通路に舫われている。


(何で下水道に? 地上にも水路はあるのに……。密輸か?)


 奥に向けて松明を掲げた。通路に木箱が重ねられているのが見える。だが、動くものは見えない。シャイードは松明を壁に立てかけ、ロープを引いて舟を通路に寄せた。

 シートをめくると、その下には蓋のない木箱が並んでいた。揺れで中身が擦れあって、カチャカチャと小さな音を立てている。


(酒瓶か? 密造酒? それにしたって何で……)


 シャイードがもっと良く見ようと舟に片足を掛けたとき、風切り音がして背後の松明が倒れた。


(矢だ!)

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