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【完結】竜と魔導書  作者: わーむうっど
第三部 竜と帝国
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地下墓所

「フォス」


 マントの合わせを開き、光精霊を呼び出す。フォスは人が沢山いることに驚き、すぐにマントに戻ろうとしたが、シャイードは合わせを閉じてからフォスに手を伸ばしてなだめる。セティアスの表情に、理解が灯った。


「そうか。この子がいたね」

「こいつを置いていくのは苦渋の決断だが、やむを得ない。フォス、鐘の音が聞こえたらこの建物の廊下をこれくらいの高さで、ゆっくり行ったり来たりするんだ。その後」


 と鳩尾ほどの高さに掌を持ち上げた後、窓際に移動する。そして今は影に沈んでいる高炉を指さした。


「あの背の高い建物の前に行け。そして、これくらいの大きさの円を、上から始めて三回描く。分かったか?」


 フォスは少しのあいだ動きを止めた後、その場で、上から三回の円を描いた。


「そうそう、上手いぞ。それを、あの建物の前でやるんだ。鐘が鳴ってからな?」


 フォスは了承の印に一回明滅した。


「それが終わったら、メリザンヌの家に戻っていろ。場所は分かるだろ?」


 しかしこの命令に、フォスは二度明滅した。シャイードは眉をひそめる。


「やだって……、なんでだよ。ここにいたら危ないかも知れないぞ」


 再び、二度。


「君は、光精霊と話せるのかい? シャイードくん。すごいね!」

「凄いのは共通語を理解できるコイツの方。俺は、おぼろげに察せられるくらいだ」


 驚く吟遊詩人に、首を振りながら答える。フォスは、シャイードの周りをぐるぐる回り始めた。


「ついてくる? 駄目だ、お前には使命があるんだから」


 今度は縦に三回円を描いた後に、シャイードの周りを回った。


「……役目を果たした後に、追いかけるっていいたいのかな?」

「ほら、アンタにも分かるじゃないか」


 光精霊の動きを解釈したセティアスに、シャイードはフォスを見つめたまま言葉を返す。


「しかしなぁ……。追いかけるっていっても、お前、下は凄く入り組んでるんだぞ。俺がどっちに行ったかなんて……」


 フォスはシャイードの言葉の途中で、マントに下から潜り込んでしまった。


「おい、こら!」


 拗ねたのかと思い、慌ててマントをめくると、流転の小剣(フラックス)にぴったりとくっついているフォスがいた。


(そうか。妖精王の王笏だから、妖精や精霊にはなにか、特別なのか)

「………。もう好きにしろ。ただし、途中で迷子になっても、俺は探しに戻ってやらねーからな。そうなったら諦めて家に戻れ。いいな?」


 フォスはマントから飛び出し、一度だけ明滅した。



「話はついたかな? 出来ればそろそろ……」


 シャイードはセティアスを振り返る。視線を合わせて頷きあった。


「では、……出発しよう」


 人がいるように見せかけるため、幾つかの部屋の明かりはそのままにして、高炉のある建物に移動した。

 外に出たとき、小雨が降っていることに気づいた。先ほど窓から覗いたときには降っていなかった気がしたので、降り始めたばかりかも知れない。

 高炉はとうに火を落としてあり、暗い。しかしスティグマータたちにとっては慣れたもので、滞りなく移動することが出来た。

 焼き場を通り過ぎて廊下を進むと、突き当たりに下り階段がある。狭い通路を順に下り、扉を開いた。


 ひんやりとした、カビ臭いようなほこり臭いような独特の空気がシャイードの鼻腔をくすぐる。微かに、朽ちていく木の匂いも混ざっていた。

 地下の入口扉を潜ってから、案内役のスティグマータはランタンにかぶせていた覆いを外した。

 途端、顔のすぐ傍に茶色い頭蓋骨が浮かび上がり、シャイードはぎょっとする。


 明かりに照らされた通路は、思いのほか広かった。しかしその壁には頭蓋骨がびっしりと隙間なく貼り付けられている。まるで壁の装飾だ。

 いや、まさしく装飾なのだろう。背骨を繋いだ波打つラインや、大腿骨だけを集めて車輪のような模様が描かれていたりする。変色具合から、かなり古いものだと直感した。

 肉や臓器をそぎ落とされた頭蓋骨は画一的で、個性すらもそぎ落とされていた。みなどこか陽気な雰囲気で、笑っているようにも見える。ランタンを持った青年が動くと、骸骨たちの表情も動いて、シャイードは彼らから一斉に語りかけられたような錯覚に陥った。思わず後ずさると、背中が誰かに当たってしまう。


「悪ぃ」


 ぶつかられたスティグマータは、驚いたように目を丸くした後、小刻みに震える。

 謝罪されるという経験が少なく、困惑したのだろう。

 案内係の青年は、ランタンを少し高く掲げて後ろの様子を確認すると、シャイードに視線を合わせて頷く。シャイードが頷き返すと、彼はさらに先へと進んだ。

 まだここは、スティグマータたちの管理区画だ。骸骨の通路を抜け、どんどんと進んでいく。


 何度か道が分かれたが、青年の歩みは迷いがない。通路には幾つもの小部屋、大部屋が接続していて、その一つを覗いてみると木製の棚が並んでいた。そこにはまだ飾り付けられていない骸骨がぎっしりと置かれている。

 青年は角を曲がった後は、必ず少し先で止まって後ろを確認した。後ろからも、ランタンの光が持ち上がって問題がないことを伝えてくる。

 置かれたままの骸骨は、初めこそ全てむき出しだったが、途中からは壺入りのものが混じるようになる。そして最後は壺だけになっていった。この辺りまで来るともう、通路の装飾はとっくにない。ただの石壁だ。


(今も、石壁に骸骨を貼り付ける加工は続けているんだろうか。それとも、やめたから壺で保管するようになった、か?)


 疑問を案内役の青年にぶつけても良かったが、話しかけたらおびえさせてしまうかと考え直し、やめた。どうでもいいことだ。


(アルマだったらお構いなしに聞いてるんだろうな……。あ、もしかして、もう知ってるかもしれねえな)


 そのうちに壺すらもなくなり、棚だけの区画に出る。さらに進むと棚もないただの通路と部屋の連なりになった。


(まだまだ、何十年かそれ以上も保管できそうだ)


 そしてついに、通路は行き止まりになった。通らなかった通路が左右に広がっていたことを考えると、スティグマータの居住区よりもずっと広いだろう。

 最奥の通路は頑丈な両開き扉で閉ざされていた。取っ手同士が頑丈な鎖でぐるぐる巻きにされ、錠で封印されている。シャイードは前に進み出て、扉と錠の状態を確認した。扉は古いが、鎖は比較的新しい。錠もしかりだ。


「ここの鍵は当然、持ってないんだろうな?」


 傍に控えていた案内係に確認する。彼は首を振った。迷うそぶりを見せた後、口を開く。


「我々の管轄区画は、ここまでです」

「なるほど。ここが冥府の終点、か」


 シャイードは目を細めた。

 いよいよここからが出番と言うことだろう。彼は「手元を照らしてくれ」と青年に頼み、鍵穴を確認した。

 列の中程にいたセティアスが、移動してくる。


「いけそうかい?」

「ああ、ただの物理錠だ思う。問題なさそうだ」


 シャイードはその場にしゃがみ、クロスボウを傍らに置いてボディバックから革の巻物ケースを取り出す。革紐を解いて開くと、ピッキングツールが綺麗に並んでいた。

 その中の二本を手に取り、片膝をついた姿勢で鍵穴を覗き込む。まず、左手で片方を鍵穴に差し込んだ。それを固定したまま、右手のツールを耳かきをするように前後に動かす。

 指先の感覚に集中すると、一分足らずで錠のU字部分が飛び跳ねた。鎖の輪が解ける。

 シャイードは小さく息を吐き、ツールをしまってクロスボウを手に立ち上がった。


「すごいな! こんなにあっさりと」

「え? あ、ああ。まあ……」


 セティアスの賞賛に、シャイードは驚いて言葉に詰まった。こめかみを掻きながら、照れくさそうに視線を逸らす。

 クルルカンでは長いこと一人で行動していたから、鍵開けごときで褒められるとは思わなかったのだ。


「君に頼んで良かった。この先もよろしく頼むよ」


 セティアスはシャイードの背中を軽く叩き、ねぎらった。その頃にはシャイードも、得意げな顔になっている。

 吟遊詩人は巻き付いていた鎖を外し、自由になった扉に手をかけた。


「さあ、序曲プレリュードはここまで。いよいよ逃亡劇の第一幕だ!」


 両開き扉が、錆び付いた高音を響かせて開かれる。

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