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【完結】竜と魔導書  作者: わーむうっど
第三部 竜と帝国
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スティグマータの答え

 午後、シャイードは念のために遺跡探索の準備をした。保存食やロープなどで、いつもより膨らんだボディバッグをマントの下に背負う。剣帯には流転の魔法剣(フラックス)短刀カルドを佩き、クロスボウと矢も準備した。クロスボウはリムを固定している部品を90度捻ってから手前に折り曲げて畳み、十字型だった形状を棒状にして、ボディバッグにぶら下げる。


「やれやれ。聞きたい話だけ聞いて、帰ってこられればいいが」


 正直、余り気は進まない。しかし厄災についての話は、どうしても聞いておかなくてはならなかった。選択肢はない。

 ふわふわと浮いているフォスに話しかけ、マントの前を開いて招き入れた。

 メリザンヌに借りた、町の地図を開いて確認する。

 スティグマータたちの居住地は、メリザンヌの家からは王城を挟んでほぼ正反対に位置している。前回訪れたとき、鍛冶工房街を通り抜けた先にあったが、そこは兵舎が建ち並ぶ区画の隣でもあった。

 王城を南から回りこめば鍛冶工房街から、北から回れば兵舎側から近づくことになる。


(北側からの方が若干近い気がするが、兵舎の周りをうろうろしていて余計なトラブルになるのは嫌だな……)


 旧市街の中央を東西に貫く川を遡ることが出来れば近いのだが、その川は王城を囲む城壁に設置された水門で区切られていて、中へは当然、許可なく入ることはできないということだ。

 シャイードは悩んだあげく、結局、前回と同じ南回りのルートで向かうことにした。


 途中、適当に入った酒場で腹ごなしをし、時間を潰して日暮れ頃にスティグマータの居住地へとたどり着く。

 前回と同様、見張りの兵士たちがいたが、片方が同じ人物でシャイードのことを覚えていた。


「今日も弔いか。珍しいな、こんなに続けてあるとは」

「知らねーよ。俺は依頼されたから来ただけだ」


 弔いの歌を捧げることが珍しいことを、シャイードは知らなかった。今日、ここに来るように依頼されたことも本当だ。何一つ嘘はついてない。兵士も、それ以上は特に何も言うことはなく、扉を開いてくれた。


 それにしてもチェックが甘いな、とシャイードは思う。前回と違って、マントの下は武器だらけだ。バッグにも、中身を改められれば説明に困るものが入っている。

 スティグマータに危害を加えれば、その者は同じ危害で罰せられる。顔をさらした上で入り込み、そんな愚かなことをするはずがないと高をくくっているのかも知れない。

 或いはもっと踏み込んで、例えスティグマータが害されても、別に構わないと思っているのかも。彼らの仕事は、スティグマータが逃げることがないように出入りを監視しているだけなのだろう。その上、従順なスティグマータには、初めから逃げるという発想がない。


(今まではな。さて、今日はどうなのだろう)


 開けた敷地内に歩み入りながら、シャイードは空を見上げる。

 西の方に陽は沈み、見えるものは今や残照のみ。上空には雲が広がっていた。天気が崩れるかも知れないな、とぼんやり考える。

 それでなくとも今宵は新月だ。闇が深い。


 高炉からは細く煙がたなびいていた。今日も普段通り、彼らは仕事をしていたらしい。

 長老がいた、集合住宅の方へと足を向ける。入口を潜ると、そこにずっと立っていたらしい痩せた小柄な女性が無言で一方を示した。


「あっちに? 行けばいいんだな?」


 確認すると彼女は小さく頷き、シャイードの後を少し離れて着いてくる。

 食堂らしき大きめの空間に出た。廃材を再利用して作られたつぎはぎだらけの大きなテーブルと、木箱をひっくり返しただけの椅子が並んでいる。


 セティアスは既に到着しており、奥に座る長老と額をつきあわせて何かを話していた。シャイードがやってきたことに気づき、顔と手を上げる。

 シャイードはそちらへと歩み寄った。

 そこで、セティアスの奥にビヤ樽のような体型の小男が座っていることに気づく。黒く縮れた髪と立派な髭を生やし、鱗鎧スケイルメイルを身につけている。ドワーフだ。


「約束を守ってくれたね、シャイードくん」

「勘違いするな。俺はただ、話の続きを聞きに来ただけだ」


 唇をとがらせ、セティアスの隣の木箱に腰掛ける。床が平らでないのか、座ると木箱が不安定にがたがた動くことがわかった。

 長老と吟遊詩人の間の机の上に、羊皮紙に描かれた地図が広げられていた。


(脱出経路の相談か?)


 覗き込もうと腰を少し浮かせたところに、グラスに入れられた水が運ばれてくる。無意識に手にとって流し込み、シャイードは顔をしかめた。生ぬるいし、とてもまずい。良く見れば、水の中になんだか分からない浮遊物が複数見える。

 運んできたスティグマータは穏やかな表情をしていたから、嫌がらせなどではないのだろう。彼らにしてみれば、精一杯のおもてなしの気持ちだ。

 シャイードは一息に水を煽り、黙礼してグラスを返した。改めて地図を覗き込む。


「なるほど。詳細はよく分かりました」


 長老が口を開いた。しわがれ声だが、聞き取れる。


「ですが、我々の答えは変わりません」

「ふん。とんだ無駄足だったわい。このわしに、あんな小芝居までさせおってからに」

「小芝居って……。台車で寝ていただけだろう、グリフ」


 ドワーフがぶつくさと文句をいい、セティアスが肩を揺らして反論した。


「小芝居……?」

「ああ、彼にね。”死体”の演技をして貰ったんだよ。ここに入るためにね? そんなものだから、ずっと機嫌が悪くて」

「化粧をしたのなんぞ、生まれて初めてじゃったわい。ええい、まだ顔が臭う気がするぞ。目に粉も入った。ほれみぃ、充血しておるじゃろうが」

「何ともなっていないよ」

「大体、おぬしの計画はハナから甘いんじゃ。こやつらが脱出しないことを選択した場合、どうやってわしを外に戻すつもりだったんじゃ」

「そうだなぁ。……ああ、骨壺にでも入って貰うとか?」


 部屋の隅に、何故か一つ転がっている白い壺に顎をしゃくった。


「あんな小さい壺、拳しか入らぬわ! 言っておくが、わしゃまだ白骨化する気はないぞ!!」


 セティアスは冗談めいた口調で言ったのだが、まともに受け止めてドワーフは顔を真っ赤にして手を振り上げた。


「このドワーフがもう一人の協力者なのか?」


 シャイードの問いに、ああ、とセティアスは頷く。そして手近のスティグマータの鉄輪を指した。


「彼に、みんなの鉄輪を外して貰う必要があったからね。それに、戦いの腕も立つ」

「だからわしは言ったんじゃ。ここには腰抜けしかおらん。おぬしの目論見は、うまくいかんじゃろう、とな」

「彼らは腰抜けではないよ、グリフ。優しすぎるだけなんだ、何度でも言うけれどね?」


 ドワーフは鼻を鳴らしてゆるゆると首を振った。反論はありそうだが、話しても無駄だと悟ったのだろう。


「さて、雑談も落ち着いたことだし。そろそろ本題に入ることにしよう」

「雑談……?」


 長老が、セティアスの言葉を呆然と繰り返す。彼は既に重大な結論を述べたつもりだったのだが、詩人が聞き流してしまったのかと危惧したのだ。

 セティアスは長老の凝視も気にせず立ち上がった。そして、遠巻きに様子を見守っていた子どもたちの内、一人の手を取って連れてくる。


「長老。この子が一番心の力が強い子、でしたね?」

「そうですが、何を」


 長老の眉が不安に曇る。手を取られた子どもは、無表情でセティアスを見上げていた。その腕に鉄の輪が填まっている。子ども用らしく、まだ小さく、細い。


「グリフ、やってくれ」


 ドワーフは鼻を鳴らし、ごつごつとした手を差し出した。セティアスはその上に、子どもの手を引き渡す。ドワーフは傍らの細長い鉄箱を漁り、大型のペンチを取り出した。交差した刃先を、子どもの鉄輪に当てる。

 長老が慌てて手を伸ばした。


「なにをなさるのです!」

「鉄輪を外してやるわい。なぁに、こんな細っこいもん、すぐに」

「お止め下され! 故意に壊したことがばれると、厳しいおしかりを受けます」


 セティアスの方は、長老を止めようとする。


「必要なことなんだ。心の力を使うには、鉄を身に帯びていては駄目なのでしょう?」

「それは……」


 シャイードはその場にいたスティグマータたちが、視線を交わし合ったことに気づいた。何かを隠している、と直感する。

 長老は言葉に詰まったあと、観念したように首を振った。


「貴方たちにはお話しいたします。ですがこのことはどうか、内密に。――先日、鉄輪を嵌めていれば心の力が使えない、と言いましたが、あれは嘘です」


 セティアスは驚いて声を上げた。両掌を天に向けて開く。


「しかし先日、長老は、自ら鉄輪を外して話を」

「鉄を身につけていれば、不思議な力を使えない、と思わせておきたかったのです。私たちの生まれ持つ心の力を、多くの人は恐れますし、恐怖は暴力の源泉です」


 そうか、とシャイードは悟った。

 鉄は魔力イーサ力の根源(パワーソース)とする魔物や呪性魔法を阻害するが、スティグマータたちの力の根源は共振力ウィルだ。そして共振力ウィルには呪文が必要ないのと同様に、鉄の影響も受けないのだろう。


 あのとき長老は、「しばらくまともに発声していなかった」と伝えてきた。直前まで鉄輪をしたまま子どもたちと遊んでいたはずなのにだ。それはつまり、”鉄輪を嵌めたまま、心の声で会話をしていた”ということだ。違和感を覚えても良かった。


共振力ウィルならば、ニンゲンは誰でも使えるとアルマは言っていたな。だとしたら、心話もニンゲンならば誰でも使えるのか? それとも、スティグマータは特別に共振力ウィルの力が強いニンゲンたちなのか?)


 なんとなく、後者という気がした。彼らの身体に生まれつき刻まれた、不思議な紋様が共振力ウィルを増幅していると予想する。神官達が神性魔法を使用するとき、呪文こそ必要としないものの、聖印を身につけていたり、それを握ったり、祈りの仕草を行うことと関係しているかも知れない。

 ドワーフのグリフは、ふん、と鼻を鳴らして子どもの手を離した。道具箱にペンチをしまう。


「なんじゃい。わしは要らんかったではないか」


 シャイードにはその口調が、どこか拗ねたものに聞こえた。セティアスもそう受け止めたのだろう。小柄だが筋肉質でがっちりとしたグリフの背中を、ぽんと叩いていた。ドワーフの眉間の皺がさらに深まった。


「では、そのままで。僕の手を握ってくれるかな?」


 セティアスがしゃがんで目線を合わせ、片手を差し出すと、子どもは素直に彼の手を握った。繋がった手を見つめている。

 ……特に何も起こらず、しばらくして子どもは困惑したように顔を上げる。いつまで握っていればいいのか、問いたげだ。セティアスは柔らかな笑みを口元に湛えたまま、逆の手の人差し指を唇の前に立てた。子どもはそれを見て再び視線を下げる。

 スティグマータたちの集まった食堂に、沈黙が落ちた。


 どこか遠くから、小さく鐘の音が聞こえてきた。時鐘だ。

 その時、子どもが唐突に口を開いた。


『……ますか。遠方にある我らが同胞よ。聞こえていますか?』


 スティグマータたちが、息をのむ気配がした。

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