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【完結】竜と魔導書  作者: わーむうっど
第三部 竜と帝国
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作戦会議

 シャイードとアルマが家にたどり着いたときは、夜の十時くらいになっていた。まっすぐに部屋に行き、扉をきっちりと閉めてから、シャイードはベッドに腰掛ける。

 アルマはその向かいに立った。フォスはシャイードのすぐ隣に浮いている。

 帰り道、とある懸念についてアルマと話したのだが、その話の続きだ。


「……確かにお前の言う通り、親蜘蛛から寄生元を切り離したとしても、奴に幻夢界の深部に閉じこもられてはやっかいだ」

「うむ。我も幻夢界には干渉する術を持つが、あちらは幻夢界の生き物であるからな。息を潜められると探索が困難になる」

「やはり奴の方から出てくるように仕向ける必要があるな」

「どうするのだ?」


 シャイードは腕組みをする。


「動物をおびき寄せるのには、餌を撒くしかないだろ」

「餌。つまり”夢”をか?」

「ああ。……リモードを説得して、すぐにでも劇を上演して貰おう。もともと、その餌を目当てに、親蜘蛛は劇場を根城にしたんだろうし」

「なるほど」


 アルマは口元に手を添えた。


「だが、新しい歌劇はまだ書き終えていないのではなかったか? 歌劇が出来上がるのを待ち、役者が練習するのを待っていたら、かなりの時間を要すると思うが」

「いや」と、シャイードは首を振る。

「歌劇は既に出来ているし、練習時間もそれほどはいらないだろ。既に、練習をしていたんだから」

「む? どういうことだ?」

「そうか。お前はリモードの書いた歌劇を見ていなかったな。――さっき、舞台の上で行われていた練習は、リモードが無気力病に陥る前に完成させていた歌劇だ。俺はリモードの夢の中で、床に散らばっていた原稿を見たんだ」

「だがその歌劇は、役者が見つからずに蔵入りになったのではなかったか?」


 腕を組んだまま、シャイードは深々と頷く。


「これは推測だが……。神の役とやらにそこまでこだわっていたのは、リモードだけだったんじゃないか? だから前の歌劇が中止になってしまったあとも、残った者たちは次の歌劇に向けて、自主的に練習を重ねていたのだろうと思う。いつでも劇場を再開できるように」

「公開できるか、分からぬのにか?」

「劇作家自身が不治の病に倒れてしまったんだ。後はどうなるにせよ、現場の判断で進めておくしかないだろうが。幸い、脚本は出来上がっていたわけだしな。望みがあるのなら、それに対して準備をしておくものだろ。まして、歌劇などは一朝一夕に出来るものではないだろうし」

「ふむ。そういうものか」


 シャイードは組んでいた手をとくと、両膝に置いた。大きく吐き出す。


「ここまで言えば、分かるだろ」

「何がだ?」


 シャイードは魔導書の顔を見上げた。じっと見つめてみるが、本当に察していない様子に、もう一度、大きく息を吐き出す。

 出来れば、この方法は避けたかったところだが、背に腹は代えられない。


「アルマ。お前はリモードの歌劇に出ろ」

「……我が?」


 アルマは無表情だったが、応えるまでに僅かな間があった。意外な命令だったのだろう。シャイードは頷く。


「リモードが倒れる前に書き上げた歌劇は、あとは彼のイメージに合う”神の役”とやらがいれば公開できる状態だろ。だったらお前がそれを引き受けるのが、リモードを説得する一番簡単な方法だ。新しい歌劇なら、劇場に人も集まる。それもできる限り早く……、さっきの役者達が無気力病を発症する前にやる必要があるんだ」

「なるほど。確かにそれが一番合理的だ」

「お前は台本を一度読めば、セリフは全部頭に入るだろ。後はそれを、なんかこう……、上手いこと演技すればいいだけだ」

「わかった」


 あっさりとアルマは同意する。シャイードは逆に不安になった。

 正直シャイードも、アルマに演技が出来るとは思っていない。そのうえ彼の歌は、絡繰りが人の声で音階をなぞっているような有様だ。

 だが、アルマには人外の美貌がある。それで人々を魅了できれば――今までの経験から、できることはほぼ確実だ――なんとかごまかせるかもしれない。

 懸念は大いにあるが、今は考えないことにした。


「よし。作戦を整理するぞ。まず、親蜘蛛の寄生元のニンゲンを何とかする。リモードにやったみたいに、そいつの夢に直接乗り込んで、親蜘蛛に繋がる糸をぶった切ろう」

「うむ」

「次に、幻夢界の深層領域に引っ込んじまうであろう親蜘蛛を、”夢”をたっぷりと用意した劇場におびき寄せる。顔を覗かせたところを、すかさずぶっ叩く!!」


 シャイードは左の掌に、右の拳を打ち付けた。


「汝はとにかく”ぶった”するのだな」

「なんだって最後は力がものをいうだろ。力こそパワーだ!」

「汝の語彙力も、たったいまお亡くなりになったようだぞ」


 ◇


 アルマを早速、リモードの元に連れて行き、劇の役を引き受けることを伝える。リモードはベッドから転がり降りて、アルマの手を取って感激した。

 そこまでを確認した後に、シャイードは部屋を後にして風呂に向かった。フォスはマントと共に、部屋で留守番だ。

 途中でメリザンヌに会ったので、遅ればせながらの帰宅と、これから風呂に入ることを告げる。


「お帰りなさい。約束通り、お風呂上がりに薬草茶を淹れてあげるわ。部屋に戻る前に、必ずキッチンに寄って頂戴ね」


 了承の証に片手を挙げ、シャイードは脱衣所へのドアを開いた。


 入浴後。

 バスローブを身につけたところで、着替えが載っていた棚の奥にアイシャのサシェが置かれていることに気づいた。


「あっ、ヤバ」


 帝都に到着した日、門で荷物検査を受けた際にポケットに突っ込んだままだった。そしてそれを忘れて、メリザンヌに洗濯を頼んでしまったのだ。

 手にとって匂いを嗅ぐ。香りは取れていなかった。メリザンヌが洗濯前に気づいて、別にしておいてくれたのだろう。

 シャイードはほっと息をつく。


「良かった。……にしてもこれ、中に何が入ってるんだ?」


 気になる。袋を開きたい誘惑としばし戦った後、バスローブのポケットに突っ込んだ。

 今度は忘れないようにしよう、とポケットをぽんぽんと叩く。

 そしてキッチンに向かった。


 廊下からキッチンの入口が見えたが、明かりが付いていない。


「ん? キッチンって言ってたよな?」


 訝しみながら扉を潜る。やはりキッチンは暗いままだったが、床板の一部が開いており、そこから明かりが漏れていた。

 シャイードはなんの気なしに近づき、覗き込む。木製の急な階段が地下へと続いている。内部は貯蔵庫になっていた。


「メリザンヌ……?」

「来てくれたのね。お茶の前に、ちょっと手伝って欲しいことがあるのだけれど」


 下から声が聞こえた。シャイードは瞬いた後、髪を掻きながら階段を下った。

 地下は上よりも、空気がひんやりとしていて湿っぽい。しかし埃っぽくはなかった。日常的に出入りしているようだ。


 部屋には作業台が一つあり、火の付いた燭台が置かれていた。周囲の石壁に沿って棚が並び、酒瓶や小瓶が置かれている。隅には木箱や樽も積まれていた。だが、部屋はそこだけではないようで、棚の間には右手と左手、二カ所に隙間があり、さらに先へと続いていた。思ったより広い。

 魔女の姿が見当たらず、シャイードは階段から近い、左手の隙間を覗き込んだ。


「手伝いって?」


 不意に、背後からパタンと音がした。同時に項に風を感じて、目の前が真っ暗になる。

 咄嗟に振り返るが、もはや何も見えない。消えた蝋燭から気化した燃焼物質が、行き場をなくして漂う微かな匂いが鼻腔をついた。


(閉じ込められた……!?)


 シャイードは階段に向けて踵を返し、暗闇に両手を突き出しながら歩く。

 直後、シュルシュル、と石床に何かがこすれる奇妙な音が背後から聞こえてきた。


「メリザンヌ……?」


 足を止め、首だけを巡らせた。その背中に、大きな影が覆い被さった。


「!?」


 咄嗟に振り払おうとするが、両腕ごと胸を抱え込まれてがっちりと押さえ込まれている。凄い力だ。背中には、弾力のある塊が押しつけられていた。耳の後ろに温かい、甘い息が吹き掛かる。


「う………」


 身体から力が抜けていく。四肢が痺れたようにままならない。瞼がとろんと、半ば程まで落ちた。


「ふふ。私の可愛い子。良い子にしていてね……?」


 シャイードの首筋を、冷たい、湿ったものがなぞった。


「……ぅあ」


 背筋を、感じたことのない奇妙な感覚が走り抜ける。今、自分を縛めているのは、その声からメリザンヌであることは分かった。だが、何かが違う。いつもの彼女よりも身体が大きく感じるし、締め付けは人間離れした力だ。抱きつかれたまま持ち上げられ、両足が空に浮いている。

 彼女を蹴りつけたいが、自分の足ではないかのように思いどおりにならない。僅かに動かすことは出来たが、室内履きが脱げただけだ。なんのダメージも与えられていないだろう。


「あら、驚きだわ。まだ動けるの? ……ドラゴンの生命力って、やっぱり凄いのねぇ」

「な、に……、す……」


 舌も上手く回らない。


「………。そうね。貴方のことは本当に大好きなのよ、私。だからコトをなす前にちゃんと、教えてあげる」


 耳の後ろで、濡れた音がした。耳朶を舐められたようだ、と遅れて理解する。シャイードの肌が、ぞわりと粟立った。それが未知への恐怖からなのか、快感からなのかは分からないし、考えたくもなかった。


「貴方には、私の娘の父親になって欲しいの……」


 濡れた耳に息を吹きかけながら、メリザンヌは艶めいて呟いた。

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