遺跡探索 1
シャイードは北の扉を指さした。
「あの扉の取っ手だけ、水滴が付いている」
「水滴?」
指摘を受けたフォレウスが、北扉に近づく。取っ手に手を伸ばしてためらい、代わりに顔を近づけた。
「……本当だ。それにこの辺りだけ空気が冷たいような?」
「扉の向こうに何か異変がある、と見て間違いないだろう」
シャイードはフォレウスに向けて言ったあと、お供の2人の方を振り返った。
「或いは、何かがいる、かもしれないが」
彼らは無意識に、それぞれの武器に手を触れ、居心地悪そうに身じろぎする。
シャイードは口端を引き上げて、片手を水平に広げた。
「まあ、そんときは頼みますよ。俺はあくまで案内人なんで」
「馬鹿いえ。お前さんにも武器を貸してやったろ」
「あれはあくまで護身用。それに承ったのは水先案内だけだぜ? いざとなれば俺は俺の目的を優先する」
「はぁー……、おじさんは悲しいよ」
フォレウスは上半身を脱力させ、しょんぼりした顔を作ってみせる。
肩になれなれしく手を掛けようとするのを、シャイードは難なく避けた。
「で、どうするんだ? 俺はどこから行こうが構わないが」
「そうねぇ」
フォレウスは間近の取っ手に触れる。
見た目通りの、ひんやりと冷たい感触が彼の手のひらに伝わった。
扉を押す。扉を引く。
「ん……っ、あれっ?」
何度か力を入れて押し引きするが、扉は動かない。
「おい、シャイードぉ? 鍵ぃかかってんぞ?」
「いや、そんなはずは……」
シャイードはフォレウスに替わって扉の取っ手に触れて押し引きする。
確かに動かない。
だが、扉と枠の間に開閉を妨げる閂のたぐいは見当たらない。
「魔力錠? いや、……」
フォレウスを振り返る。扉の表面を手の甲で軽く叩いてみせた。
「単に凍り付いているみたいだ」
「えっ、氷!? 何で氷!?」
「俺に聞くな」
「シャイード。お前さん、火精霊喚べねぇの? 炎でゴーッと炙って貰えば一発じゃなーい?」
「だから! 俺は精霊使いじゃねぇ! というか、魔法は使えない」
「なんだよ、本当にかよ」
フォレウスのつぶやきを拾い、シャイードはため息をついた。
「この期に及んで隠してどうなる。アンタらこそ、魔法の一つくらい使えねえのか。魔法学校の学術調査隊って名目でギルドの審査を通ったんだろ」
「ああー。ありゃボスがな」
お供の2人も、後ろで肩をすくめている。
「仕方ねぇ。こうなったら力尽くだ。2人とも、ちょっと手を貸せ」
フォレウスは兵士らに声を掛け、扉へと体当たりを始めた。
シャイードは右手を腰に添え、その様子を眺めている。
引き上げ屋なら――、というかシャイードならば、開かない扉は後回しにして迂回路を探す。
立ちはだかる障害を力で排除する、という考え方は軍人ならではだろうか、とシャイードはぼんやり考えた。
フォレウスの第一の目的は調査隊の救出にあろうから、なるべく最短ルートで彼らにたどり着きたい思いもあるのだろうが。
(それにしても、この音。近くに魔物がいたら、確実に呼び寄せちまうな……)
シャイードの遺跡探索は、隠密行動が主体だ。
当然、力業で扉を突破したことはなく、なんとなく新鮮でありつつも、不安と居心地の悪さを覚える。
(この区画が真の意味で独立区画なら……、棲んでいる魔物なんて絶対ろくなもんじゃねぇ)
逃げ道か避難場所でも確保しておくか、と彼が東側の扉に手を掛けたとき、フォレウスたちから声が上がった。
何度目かの体当たりの後、バリバリと氷のはがれる音をさせながら扉は向こう側へ少しだけ開いたのだ。
「うおっ。なんだこりゃ……」
隙間から向こうを覗いたフォレウスが、あっけにとられている。
代わる代わる向こうを覗いた兵士たちも驚き、戸惑っていた。
シャイードも戻ってきて、彼らと入れ替わりに覗く。
扉の向こうはまっすぐ北に向けて廊下が延びていた。
その廊下が、全面凍り付いていた。
渦巻く水流が、そのまま時を止めたような凍り方だ。
扉の向こうに氷の塊があり、それ以上は押せない。
「……てぇことは、だ。どういうことだ?」
扉を閉じて床に座り込み、フォレウスは頭を抱えた。
「捕獲とやらに失敗したんじゃないのか?」
なんの捕獲かは知らないが、頭に浮かんだことをシャイードは述べる。
フォレウスは頭を抱えたままいやいや、と首を振り、
「それはないだろう。いや、ないはずだ……。そもそもいつから凍り付いていたのか」
「それは分かる」
シャイードが答えると、フォレウスが顔を跳ね上げた。
シャイードは扉の取っ手を指さす。
「ここ、水滴がついていただろ。凍ってはいなかった。床に水も垂れていなかった。何日も変化なく、ほどよく水滴がついたままという状態は考えづらい。凍るか、結露が増えて下に水が垂れるか。そのどちらでもなかった」
「つまり、それほど時間は経ってないのか」
シャイードは頷く。
「厳密な時間は分からないが、調査隊が入る前からってことは、状況的にないだろう」
「じゃあ、調査隊はこの先か」
「かもな。でもその前に、他の扉の先を調べることを進言する。行けるところからつぶして全体像を把握するのが、探索の基本だ」
シャイードの提案に、フォレウスは残る三枚の扉を見比べる。
「確かに。背後の安全を確認してから前に進むほうがいいだろうな」
よし、とフォレウスは膝を叩き、勢いをつけて立ち上がった。
「向かいの扉を見てみよう」
シャイードは南の扉の前に一足先に移動し、3人を片手で制す。目を瞑り、聞き耳を立てた。
「……。物音は聞こえない。開けてみるか?」
フォレウスに確認し、頷くのを見てそっと扉を開いた。ここも押して開くようだ。
半ばまで扉を開いたときに、フォスが部屋に入った。続けてシャイードが警戒しつつ続く。
まず視界に飛び込んだのは、部屋の半ばまで埋め尽くす瓦礫と土砂だ。
部屋の広さは前の部屋と同程度だったようだが、方角にすると南東側から半分ほどが埋まってしまっている。
「こいつは……、天井が崩落しているな」
湖の水を抜いた大地震の影響か、遺跡内には時々こういった部屋がある。
フォレウスと兵士2人も部屋に入ってきた。フォスの明かりで室内を見渡す。
その頃にはシャイードは、部屋の中央辺りで瓦礫の上に立っていた。
「めぼしいものはなさそうな……、……っ!!」
彼は瓦礫から飛び降り、かがみ込んだ。
今まで自身が立っていた石塊に触れる。
それから、鋭い声でフォレウスを呼んだ。
「なんだ、どうした?」
「これ……」
「これは……!」
フォレウスにも事態の深刻さはすぐに飲み込めた。
石塊は、粉々に砕けたポータルストーンの一部だった。




