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【完結】竜と魔導書  作者: わーむうっど
第三部 竜と帝国
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劇場

 シャイードとアルマは劇場に到着していた。リモードに教えられた通り、裏口から入っていくと、警備員らしき強面の男に誰何される。

 だが、リモードから渡された書面のお陰で、あっさりと通して貰えた。


 劇場の内部は薄暗く、舞台とその周辺だけに明かりが灯っていた。舞台上では数人の男女が歌いながら踊っている。途中まで歌ってみては、最前列の客席に座った年輩の女性の拍手で止められ、また同じ部分をやり直していた。

 シャイードはぐるりと劇場内を見回す。舞台の直下以外、多くの客席は陰に沈んでいる。左右の壁際にはボックス席が段に重なり、連なっていた。どちらの座席も、そして舞台の緞帳も、落ち着いた緋色で統一されている。

 円形の天井には絵が描かれているようだが、そこからぶら下がる巨大なシャンデリアも暗く、今はよく分からない。白い柱は金で装飾され、舞台の照明が当たっている場所だけは輝いていた。


「これが劇場か……」


 まるで巨大な洞窟のようだ、とシャイードは思う。深部まで明かりは届かず、声の反響が空間の巨大さを伝えてくる。

 外はそろそろ日没の刻限だけれど、ここに陽光の入る隙はなく、明かりが灯されぬかぎりはいつも闇だろう。

 ここは世界と切り離された空間なのだと感じた。


「アルマ、どうだ?」


 アルマは目を閉じ、何かに耳を澄ませる。


「いや、何も……、……む?」


 アルマは突然、舞台の方に向けて歩き始めた。シャイードが今いる観客席側と舞台の間には、楽隊が入る間隙(オーケストラ・ピット)があったが、突然、そこに飛び降りた。さらに彼は、舞台の上によじ登ろうとする。


「お、おい……!」

「なんなの、貴方たちは!!」


 鋭い拍手が空間を切り刻み、客席に座っていた女性が立ち上がった。練習中の役者達も、何事かと動きを止め、遅れて闖入者を発見する。

 アルマは構わずに、ピット内に置かれていた荷物を足場にして舞台によじ登ってしまった。シャイードは監督役の女性に駆け寄り、リモードの書類を見せた。

 灰色の髪を頭の後ろで丸くまとめた年輩の女性は、かけていた丸眼鏡を眉の上に持ち上げ、舞台の明かりに書類を翳して確認する。


「リモード氏の許可で、……劇場の安全性を調査?」


 疑いの口調で、女性が書面の一部を読み上げた。シャイードは頷く。


「怪しい者じゃない。アンタらの邪魔をするつもりもないから、俺たちのことはいないものとして続けてくれ」

「ふんっ! 既にじゅうぶん邪魔だね!」


 気むずかしげに鼻を鳴らした女性は、シャイードの胸に書類を突き返した。

 そして口の横に片手を立てる。


「一旦休憩にするよ! 各自、汗を拭いて、水分補給しな!」


 言葉を受け、役者達がくつろぎ始めた。その場で座り込んで肩で息を整えるものもあれば、舞台袖から水の入ったカラフェとグラスを持ってきて配る者もいる。

 シャイードは返された書類を畳んでマントの下にしまい、舞台の上に立つアルマを見遣った。魔導書は俯いたまま、微動だにしない。好奇心から役者の一人がアルマに近づいたとき、彼は不意に顔を上げた。近づいた者は、ぽかんと口を開いて棒立ちになってしまった。


「シャイード! 痕跡を見つけた」

「何っ!?」


 シャイードはオーケストラ・ピットの縁まで駆け寄る。


「いるのか?」

「……幻夢界の深いところに引っ込んでおる。ここに来るまで全く気配を感じさせなかった。だが間違いない。本体だ」

「当たりだな」


 シャイードは両手を胸の前で打ち合わせた。表情が得意げだ。


「どうするのだ?」

「やるしかないだろ。それで片付くんだから。そこで俺を眠らせて、幻夢界(あっちがわ)に送り込んでくれ」


 シャイードは責任者らしき女性を振り返った。


「アンタら。悪いが今日のところは帰ってくれ」


 片手で空を薙ぐ仕草をする。女性はカンカンになって腕を振り回した。


「邪魔をしないって言ったじゃないのさ」

「事情が変わったんだ。ここは危険だ! 今すぐ帰れ。仕事の邪魔だ!」

「危険? 一体何の危険が……」


 言いかけたところで、女性が急にふらつく。


「おいっ!」


 手を伸ばしたが間に合わなかった。が、運良く彼女は座席の上に倒れる。途端、シャイードも激しい目眩を感じた。

 空間がたわみ、縮み、引き延ばされる。

 ビヨンドが近づくと、いつも感じる奇妙な歪みだ。平衡感覚に腕を突っ込まれ、かき回されているような。


「シャイード。向こうも我らに気づいたぞ」

「らしいな!」


 吐き気を堪えながら、アルマを振り返る。舞台の上でも、役者達が次々に倒れていくところだ。

 突然、舞台の照明が一気に消えた。辺りが闇に包まれる。


「フォス!」


 フォスを呼ぶが、マントの内側から飛び出すはずの光精霊は、応えない。


「?」


 訝しんでいる内に、再び劇場内に明かりが灯る。

 いつの間にかシャイードは、舞台の上に立っていた。そしてそこにいたはずの役者達は客席に座っている。


「!?」


 隣に黒い影が立ったので、アルマかと振り返ったら馬だ。黒い馬。


「!!?」


 しかも自分の服装が、先ほどまでと違う。マントはなくなり、簡素な茶色のチュニックを身につけ、腰にハンドアクスを下げていた。頭にはフェルトの帽子を被っている。

 そして周囲には木々が……書き割りの木々が、並んでいる。


『第一幕 一場』


 どこからともなく声と、音楽が流れる。


『森の中を歩いていた木こりは、巨大な魔物の襲撃を受けて命を落とす。最初の犠牲者だ』

「なんの話だ……? おい、アルマ!」

「なんだ」


 すぐ傍から声がした。


「アルマ?」


 驚いて見回すがアルマの姿は見えない。黒馬が鼻面を肩に押しつけてきた。


「我はここだぞ」

「……!? おまっ、……お前、馬になってるぞ!」

「どうもそうらしい。馬になったのは初めてだぞ」


 しかも本物の馬ではなく、中に人が入っていそうな着ぐるみの馬だ。着ぐるみを脱がせようとして鼻面を両手で抱えて引っ張ってみたが、アルマが痛がっただけだ。


「なにをするのだ、シャイード」

「脱げねえのかよ」

「脱ぐ……とは……?」


 直後、ズズーン……という重い効果音が響く。シャイードはアルマ(?)から手を離し、振り返った。

 書き割りの木々の向こうに、幌馬車ほどの大きさの、巨大な蜘蛛が出現している。不気味に光る幾つもの赤い目。その下の口は内向きに生えた牙で縁取られ、粘つく唾液を垂らしていた。胴体を支える太い八本の脚には、鋭い爪と毛がびっしりと生えていた。この舞台にふさわしくない、とてもリアルな造形だ。

 それが、巨体とは思えぬ素早さで移動してきた。


「こいつか!」


 シャイードは腰の剣を無意識に探ったが、そこにはハンドアクスしかない。舌打ちしながら引き抜いたそれは、やけに軽かった。ただの張りぼてだ。

 間近に迫った巨大蜘蛛の脚が、シャイードに向かって振り下ろされる。


「うおっ!」


 シャイードは横様に、頭から飛び込むようにして転がって避けた。観客席から、「おおー」というどよめきが上がる。

 片膝をついた低い姿勢で顔を上げると、うつろな表情をした役者達がこちらを見つめていた。


「シャイード、平気か」


 アルマが駆けてくる。彼が動くと、舞台のどこかからパカラパカラと蹄の効果音が聞こえた。


「ど……、どうなってるんだ」

「ここは幻夢界だ。しかし我を……」

「俺たちは眠らされたってことか!?」

「おそらく。だが、奇妙だ。蜘蛛はどうやって現せ、」

「まずい! アルマ、逃げろ!」


 巨大蜘蛛は会話の間に、書き割りの木の上に移動していた。

 言葉と共にシャイードは、渾身の力を込めて黒馬の胴体を横から蹴り飛ばした。アルマは吹っ飛び、書き割りの木々を破壊して落下する。

 だがその行方を見る前に、シャイードの上に巨大蜘蛛が降った。重低音の効果音と共に、蜘蛛の腹が地面に着地し、シャイードを押しつぶしてしまう。

 観客席から「ああ……」という落胆が聞こえた。

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