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【完結】竜と魔導書  作者: わーむうっど
第三部 竜と帝国
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ひらめきと検証 1

 シャイードは目を見開いて顔を上げた。


「そうだ、アルマ。簡単なことだ。夢を喰う魔物の狙いは、”夢”だ。夜に見る夢じゃなく、人が生きる希望としての”夢”の方。スティグマータは生きることに絶望していた。彼らには”夢”がなかったから、蜘蛛に狙われることもなくて……」

「なるほど。よく調べたな、シャイードよ」


 アルマの落ち着いた声が言葉を遮った。シャイードは誇らしさと喜びで、遮られたことに違和感を覚えなかった。


(どうだ、アルマ。俺は足手まといなんかじゃないぜ! お前が調べられなかったことを、俺は調べてきた!)


 笑みがこぼれそうになる口元を必死で引き結び、すまし顔の相手を見つめる。アルマは席についてもまだ帽子を被ったままだ。


 そこに注文していた料理が次々と届けられた。

 目の前に所狭しと並んだ料理の皿。血も滴るレア焼きの分厚いステーキや、こってりとした牛肉の煮込み、香辛料の香りが食欲をそそる揚げ肉、燻製肉とチーズの盛り合わせ、あつあつのミートパイ、などなど。

 シャイードはいい気分で喉を鳴らし、皿に次々と手をつけた。

 美味そうに料理を頬張る主を静かに見つめながら、アルマはテーブルの上で両手を組んだ。


「アラーニェの蜘蛛は、人の精神活動を糧にする。我はクルルカンの遺跡で、その性質を使って兵士たちを眠らせたのだ。なんらかの”夢”を持つニンゲンの方が、精神活動が活発だということであろうな」

「余り驚かないな、お前。狙われやすいニンゲンが分かっていたのか?」


 骨付き肉を持ったままシャイードは手を止め、アルマに顔を向ける。


「言ったであろう。蜘蛛については知っている、と。我が知りたいのは、何故その蜘蛛が、こうまで大量に帝都にはびこっているのかという原因の方だ。そちらについてはどうだ?」

「……え……」

「なんだ、調べてないのか?」

「だってお前、……蜘蛛の性質について、俺に何も説明を……。俺はてっきり……」

「そうであったか? 我は問われれば答えていたはずだが」


 シャイードは怒りで頬を染めた。


「じゃあなにか!? 俺のしたことは、無駄だったのか? お前は俺に、無駄な作業をさせていたのか!?」

「そうは言っておらぬ。汝は何を怒っておるのだ。まだ腹が”立って”いるのか。食べているのに」


 シャイードは怒りのままに、肉を引きちぎった。喰っていなければやってられない! そのまま無言で、食事を進める。

 内心ははらわたが煮えくりかえっていた。いつも肝心なことを言わないアルマに。ちゃんと確認しなかった自分に。


 料理はとても美味だった。シンプルに見える品でも奥深い味がして、手間の掛かる下ごしらえがされていることが分かる。

 満たされない自尊心を別のもので満たしながら、シャイードは次第に冷静になっていった。

 自分は何を怒っているのだろう。どうしてこんなに腹が立つのか。

 最初の動機を、彼は思い出した。


(俺だって調査くらい出来る。アルマが出来ないような調査が出来る。アルマが文献を調査している間に、俺もちゃんと調べて、アイツが発見出来ないような凄い事実を見つけて、驚かせてやりたい。いつも上から語りかけてくるアルマに、俺を)


 そこまで考えて、怒りの原因を理解した。

 とたんに、別の意味で赤面する。


「うおーーー!!」


 ゆで卵に囲まれた鶏の唐揚げにフォークを突き立てる。


「断じて、そんなんじゃねえーー!! 誰がどう思おうと、俺には関係ねえ!」

「シャイードが壊れた」


 アルマが不思議そうに瞬く。

 シャイードの故障の原因に思い至らぬまま、アルマは並んだ料理の皿を観察する。


「我にも少しくれ」


 アルマは自分の前のフォークを手に握り込み、シャイードの許可を得ずに櫛形にカットされたゆで卵に突き刺した。それを口に運んで咀嚼する。


「俺のゆで卵……」


 唐揚げを囓りながら、恨みがましくアルマを睨む。


「ふむ……。この料理はなかなか皮肉が効いているな」

「なにが!」

「親子で同じ皿に載っているであろう? 真ん中の鶏肉は、どんな気分であろう……。折角産んだ卵ともども、調理されてしまって」

「おい、嫌なこと言うな。飯が不味くなるだろうが!」

「シャイードよ。我は他者の気持ちを理解しようと努力しておるだけだぞ」

「鶏肉の気持ちを理解して何するつもりだお前!? そもそもこの肉は雄鶏の可能性の方が高いだろ、普通に考えて。雌鳥は卵を産むように生かしておくだろうし! 雄鶏は卵、産んでねえだろ」


 眉根を寄せて大きな口を開け、唐揚げを放り込もうとしたときである。

 シャイードは気づいた。


「……そうか、親子か」

「うむ?」


 肉の刺さったフォークを下ろし、アルマを見上げた。


「親子だよ、アルマ。アラーニェの蜘蛛が増えたのは、この町にアラーニェの親蜘蛛? がいるからじゃねえの?」

「………」


 アルマはゆっくりと顔を上げ、シャイードを見つめる。シャイードは眉根を寄せ、唇をとがらせた。


「なんだよ。それもわかっていたのか? まあ、当たり前すぎる話だし、俺も」

「シャイードよ。我は蜘蛛に親がいる可能性を、全く考慮しておらなかった」

「……え?」

「ビヨンドは親から発生するわけではないのでな。だが、そうか。うむ。その言葉にヒントを得たぞ。厳密な意味での親子でなくとも、これはアレかもしれぬ。そういうことが出来るビヨンドがいてもおかしくはない……、だとすれば」

「……だとすれば?」


 一人で勝手に納得し、訳知り顔に呟くアルマに、シャイードは説明を求めた。


「親蜘蛛を倒せば、蜘蛛――子蜘蛛を消滅させられるかもしれぬ。親子、といっても現世界の生物のように独立しているわけではなく、おそらく……親だけが本体で、子は分体。繋がっている可能性が高い」

「じゃあ、親蜘蛛を見つけてぶん殴れば、無数の子蜘蛛を一つずつ潰さなくてもいいんだな。よし!」


 アルマは顎に指を添え、ふむふむ、と頷く。


「汝のひらめきは結構すごい。我は時々、びっくりなのだ」


 言葉とは裏腹に、少しも驚いた様子のない完全な無表情で、彼はシャイードを賞賛した。シャイードの目が、大きく開かれる。頬が喜びに上気し、口元がほころびそうになるが、途中でそのことに気づいて不機嫌そうな顔を作った。


「ったく! お前は、その突然死する語彙力を何とかしろよな!」

「なぜ、褒めたのに不機嫌になる……? 汝は難しいやつだな」

「はっ! お前なんかに、簡単にわかられてたまるかよ!」


 照れ隠しに唸り、忘れていたチキンに奥歯で八つ当たりした。

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