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【完結】竜と魔導書  作者: わーむうっど
第一部 遺跡の町
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進入

「国宝……?」

「ああ、そうだ。盗まれたこと自体が大失態でな。伏せられている。調査隊のほとんどのメンバーも、探索の目的が盗まれた国宝とは知らない」


 一番重要な点を話してしまうと、フォレウスも覚悟を決めたようだ。あとはリラックスしたように、すらすらと言葉を紡ぎ始めた。


「今から、……かれこれ30年くらいは昔か。宮廷魔術師長が離反した。理由は知らん。そのときにそいつは、管理下にあった国宝を奪って逃げたんだ。長い間、帝国はそいつの行方を捜した。そんで、ようやく追い詰めたんだが、そこでなにやら事故が起きたらしいんだな……」

「話が要領を得ないな」

「仕方ねぇだろ。俺だってすべてを知る立場じゃない」


 フォレウスはむすっと口を引き結ぶ。

 が、気を取り直してまた一つ一つ話し始めた。


「回収部隊は全滅。魔術師も死んでいた。が、後続隊が付近をくまなく探しても、盗まれた国宝はどこにも見当たらなかったそうだ。そこで一度、手がかりは途切れる」

「………」


 シャイードは唇に指を添え、目を閉じた。


「そんな折、この遺跡の噂が届いた。干上がった湖で見つかった1000年前の遺跡。だが湖底に置かれた機能しないポータルストーンはたかだが数十年前に作られたものだ……と。帝国にはその謎がすぐに分かったんだ」


 フォレウスは一旦言葉を切る。口元をにやりと引き上げ、試すようにシャイードを見た。

 シャイードは目を見開く。


「それはまさか……」

「そう! 察しの通り。”魔術師は彼だけが存在を知る1000年前の遺跡に、国宝を隠したんだ”とね。奴が残した研究資料から、ポータルストーンの起動方法も帝国には分かっていた。だとすれば、一刻も早く、誰にも知られずに、国宝を回収しなくてはならない。歴史の浅い、当地のギルドをだましてでもな」

「なるほど……」


 シャイードは頭のもやが晴れたような心持ちになる。

 ギルドの急な要請や給付金、奇妙な調査隊の振る舞い。……他、様々な疑問が氷解した。


「いろいろ合点がいった。それで? 国宝ってのはなんなんだ? 捕獲って?」

「それは……」


 フォレウスは迷った。視線が泳いでいる。


「なんだ、言えないのか?」

「いや、話はここまでだ。お前さんの説得に時間を掛けすぎたと思ってな。気になるなら、その目で見れば良い」


 ◇


 それから、慌ただしく準備が進められた。

 シャイードの準備は既に完了していたので、テントの隅に座り、フォレウスが調査隊のメンバーに指示を与えているのを待っていただけだ。


「明日の日没までに誰も戻らないようなら撤収して、本国に経緯を報告してくれ。収容の手が回らないテントは売却して構わない」


 指示を受けた兵たちは、一様に頷く。


「ユークリス」

「はい、副長」


 名を呼ばれた兵士が、一歩前へ踏み出す。手を挙げかけて、シャイードに気づき、やめた。

 おおかた、敬礼でもしようとしたのだろう。


(あいつ、……門にいた奴だな)


 シャイードが門にたどり着いたときに見張っていた2人組の、本を読んでいた方だ。


「俺かボスが戻るまで、お前さんが指揮してくれ」

「分かりました」


 残っていたメンバーは多くはないようで、門の見張りや交代要員、その他もろもろの人員を考慮すると、探索に割ける余剰は2人だけだった。

 どちらもがたいが良く、引き締まった筋肉をしている。

 彼らがついてくるようだ。シャイードは密かに舌打ちする。


「おい。ショートソードかダガーを貰えないか」


 話が一段落したところで、シャイードは座ったままフォレウスに要請した。

 フォレウスは荷物をまとめる手を休めぬまま、


「お前さんにはクロスボウがあんだろ。そもそも必要ならなんで持ってこなかった」


 言ってバックパックの口紐を引っ張り、背に負う。


「手元になかった。あと、急いでいた」

「なんだそりゃ」


 フォレウスは鼻で笑う。しかし、腰につけていた短刀を鞘ごと放ってよこした。

 先ほど、手の縄を切るのに使われたものだ。切れ味はよく知っている。


「あとで返せよ? いいやつなんだから」

「アンタは……?」

「おじさんには他にもちゃーんと武器があるのさ。おかしなことを考えても無駄だぞ」


 見ればフォレウスは両腿に革製の小型ケースを身につけていた。見慣れない形の湾曲した柄が飛び出している。

 ならいいか、とシャイードは遠慮無く短刀を使わせて貰うことにした。


 もとより、武器で彼らをどうこうする気はない。

 アイシャを確保したら、隙を見ておさらばする気だった。帝国軍に拘束されるなど、二度もしたい経験ではない。


 シャイードは鞘から短刀を引き抜き、手を伸ばして掲げ、重心を確認する。

 手首や肘を動かしながら、間合いを感覚でつかんだ。

 フォレウスの言葉通り、かなりの業物に思える。

 残る2人も、順次支度を終えた様子だ。

 シャイードはボディバッグを背負い、クロスボウを左手に持つ。短刀は右腰に、ベルト付属の革紐で固定した。


 フォレウスに続いてテントを出て、シャイードは空を仰ぎ見る。星が輝いていた。月は太陽より先に沈んでいる。


(だいぶ無駄な時間を過ごしてしまった。店主はやきもきしてるだろうな)


 なにより彼は、アイシャの身を心配した。


「何ぼやっとしてる。いくぞ」


 ランタンを掲げたフォレウスに促され、前を向いた。

 陽のあるうちは気づかなかったが、ポータルストーンがぼんやりとした青白い光で縁取られている。

 起動しているのは確かなようだ。

 シャイードの後に2人の兵士が無言で続き、石碑の前までやってきた。


「お前さんから、行ってくれ」


 フォレウスが顎をしゃくる。

 シャイードには是も非も無い。差し出されたランタンは首を振って断り、右手を肩の高さに持ち上げた。

 そのままポータルストーンに歩み寄って石の表面に触れる。


 見当識の消失。


 めまいから覚めたときには、嗅ぎ慣れた遺跡内部の空気に触れている。独特の、かび臭いような泥臭いような古い空気だ。

 辺りは暗く、静か。

 シャイードは念のため、出現場所から3歩ほど離れておく。

 ポータルストーンの出口が厳密な場合、後続が到着するとはじき飛ばされるからだ。

 靴音の反響から、それほど大きくない空間にいることは分かった。


「フォス」

 光精霊を呼ぶ。フォスは待ってましたとばかり、マントの裾を跳ね上げて勢いよく外に飛び出した。

 フォスの輝きに照らされ、辺りの様子が明らかになる。


 8メートル四方くらいの、正方形の小部屋だ。天井の高さは3メートルほど。

 どの壁にも扉があり、壁には隙間なく文字にも模様にも見える装飾がある。

 彼はその場にクロスボウを置いた。

 続いて両手両膝をつき、床に左頬を近づけて右目を瞑る。四方をくまなく目視した後、立ち上がった。

 さらにポケットからコンパスを取り出し、方角を確認する。

 針は変にぶれたり回ったりせず、正常に動いているようだ。それだけで、幾分安堵する。

 コンパスをしまい、クロスボウを拾うと壁の一辺へと近づく。


「ずいぶん状態が良いな」


 シャイードが壁の装飾を指でなぞっていると帝国兵たちが続々と到着した。

 そちらを振り返る。


「おっ、明るい」


 フォレウスが予想外の明るさに驚き、光源を仰いだ。

 フォスは彼らに触れられない高さをふよふよと漂っている。


「光精霊か。シャイード、お前さん精霊使いだったのか」

「いや、違うけど」


 シャイードは首を振る。フォレウスが瞬き、上を指した。


「アレ、お前さんのじゃないのか? 野良?」

「あいつはただの昔なじみ。勝手についてきてるだけだ」


 モノじゃない、とシャイードが不機嫌そうに答えると、フォレウスは、その答え自体が精霊使いっぽい、と肩を揺らして突っ込んだ。

 シャイードは突っ込みを無視して、調査を進めた。

 扉を一枚ずつ確認しながら、ゆっくりと部屋を一周している。

 途中、一枚の扉の前で片眉を上げたが、何事もなかったかのように次へ移る。

 やがてすべての扉を確認し終え、フォレウスの傍へと戻った。


「ほれ」


 フォレウスがシャイードに、折りたたんだ紙片を差し出した。

 一瞬怪訝そうな顔をしたあと、シャイードは紙片を開いて納得する。ポータルの起動手順だ。

 彼はそれを胸ポケットにしまった。


「出現地点にポータルストーンがないってことは、広場のは片道のポータルだな。帰還用のポータルか出口を探さない限り、ここからは出られない」


 あるのかも分からんが、とシャイードは厳しい現状を告げる。

 お供の兵士たちが動揺し、互いに顔を見合わせた。

 一方、フォレウスは大して驚いた風でもない。


「ま、そうなるだろうな。脱出口の確保は敵地において第一に行うことだ。双方ポータルなら、ボスは入ったあと、すぐに一度戻っているはずだろう」

「なるほど。それでか」


 想定済みらしき言葉に、シャイードは頷く。

 ポータルストーンの起動手順をねだった際、彼がすぐに許可した理由はこれだ。

 もう一つのポータルが帰還用として存在するならば、いざという事態に備えて、シャイードにも起動方法を教えておいた方が良い。

 シャイードは部屋全体を示した。


「扉は見ての通り、4枚ある。見たところ鍵も物理罠もなさそうだ。魔法的な罠は管轄外だが、床に何ら痕跡がないところを見るとおそらく何もないだろう」

「血痕とか死体とか、だな」

「まあ有り体に言って、そうだ」


 シャイードは頷いた。

 罠が仕掛けてあれば、既に何かの痕跡があるだろうという予想だ。

 扉に仕掛ける魔法罠があるとすれば、第一に先に進ませないことが目的だ。第二には侵入者の存在を主に知らせること。

 前者ならこの部屋に”痕跡”が残っているし、後者なら先に入った調査隊の存在が既に侵入者を警戒させているので、心配しても意味がない。


「分かった。……調査隊が進んだとおぼしき扉は分かるか?」

「既に確認した。結論から言えば、分からない。人数が多すぎるし、あちこち歩き回ったようだ」


 シャイードは床を示す。

 先ほど彼が床に這っていたのは、足跡の確認のためだった。

 遺跡内部は加工された石で平らに舗装されていたが、ほこりが積もっている場所ならそうすることで、足跡を追跡できる場合がある。

 シャイードが最も神経を注いで探そうとしたのは、アイシャの足跡だ。

 しかし彼女の足跡も、沢山の足跡に紛れて判別がつかなかった。


「だが一点だけ、奇妙なことがある」

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