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【完結】竜と魔導書  作者: わーむうっど
第三部 竜と帝国
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即興歌

 セティアスに追いつき、隣に並ぶ。その間、彼は一度も振り返らなかった。

 それがまた腹立たしい。


「まだ引き受けるとは言ってねーのに」

「ははっ。知識神曰く、”見は知の一番手”だよ」

「四の五の言わずに、見てみろってことか」


 シャイードはため息をついてポケットに手を突っ込んだ。金貨は握ったままだ。周囲に油断無く視線を走らせる。


「おい、どこに行くつもりだ」

「まあまあ。少し遠いけれど、観光とでも思ってくれたまえ。おお、丁度良いところに辻馬車が!」


 セティアスは片手を上げて馬車を止めた。御者と二言三言話した後、シャイードを片手で招く。


「馬車で行くほど遠いのか?」

馬車で行けば(・・・・・・)すぐだから」


 シャイードは逡巡したが、結局は馬車に乗り込んだ。座席に着き、またため息をつく。

 セティアスは向かいに座り、そんなシャイードの様子を見て口元を緩めていた。


「………。なんだよ」

「いや別に? 君って案外、お人好しなんだなぁ、なんて思ってないよ」

「お人好しじゃねーし!」

(そもそもヒトじゃねえ!)


 心の中でも反論しつつ、そっぽを向いた。


「思ってないって言ったのだけれどね? ははっ」


 セティアスはリュートを構え、弦を爪弾く。感傷的な旋律を背景に、シャイードは流れゆく景色を眺めた。人々の平和な暮らしがそこにある。だが目をこらして良く見れば、自由を奪われ、使役される身となった人の姿がそこかしこに見えた。


(俺には関係ねーし。ニンゲン達が好きでやってることだろ。ニンゲン同士で解決すべき問題だ)


 腰に佩いた妖精王の証を無意識に触る。


(俺が責任を持つべきは師匠の願いと、妖精たちの未来だ。……ほんとにそうだ。こんなところで足踏みをしてる場合じゃない。何とかして厄災を倒す手がかりをつかんで、滅びを回避する。――アルマが何かをつかんでいれば良いが)


 そこまで考え、何とも言えない疲労に頭を垂れた。


(くそっ。まだあの蜘蛛のビヨンドのことさえ何も調べられてないぞ。これじゃ俺の方が足手まといだ。何のためにこんなとこまで来たんだよ)


 焦燥に胸を焦がされる。歯がゆい。


「……君の使命は、とても重いもののようだね」

「!!」


 シャイードは頭を跳ね上げた。心を読まれたかのようなタイミングだ。吟遊詩人は指の動きは止めぬまま、まっすぐにシャイードを見つめている。


「命を賭けて海に落ちた友を救い、遙か帝国まで手がかりを求めて旅をする。君の亡くなった師は、一体どんな責任を君に託したのかな」

「アンタには」

「関係ない、かい?」


 吟遊詩人は先回りで口にした。


「確かに、僕は君のことを大して知っているわけではないけれど、同じ世界に生きている以上、関係ないってことはないんじゃない?」

「どういう理屈だよ」

「行いはどこでどう関係してくるか、誰にも分からないってことさ。とある場所での蝶の羽ばたきが、別の場所に竜巻となって襲いかかることだってあるかもしれない」


 シャイードは無言で眉根を寄せた。


「僕にも夢があってね。それも身に余るほどの大きな夢が」

「なんだ唐突に」

「まあ聞いてくれたまえ。――けれど悲しいかな、僕には権力ちからもないし財力かねもない。知恵だってたかが知れてるさ。あるのは若さと健康と、こいつくらいなもので」


 彼はリュートを腿から少し浮かせた。


「だから僕には、君が必要だ。僕の足りない手の長さ分、君の手を借りる。別の方面で足りない場合は、他の人からも借りる。いろんな人に手を貸して貰って――たまには足や頭も貸して貰って――なんとか僕の望みを手元に引き寄せようって魂胆なのだよ」

「………。でもそんなの、あちこちに借りを作るみたいじゃないか? 自分が無能だって宣伝しているみたいで俺は」

「ははっ、そうかもね。そういう意味なら、僕は既に負債王の無能王かも知れないなぁ」


 ひとしきり笑った後、セティアスは手を止めてゆったりと息を吐き出した。


「これから僕が頼むことでも、僕は君に大層な借りを作ってしまうことになるだろうね。金貨で購えればいいけれど、出来れば君にも、進んで手伝って欲しいんだ。君の意志でね。これは正しいことだって思って欲しい。君を僕に、関係させたいってわけなんだ」

「正しいこと……」


 シャイードは鼻の下に拳を添え、一度目蓋を閉じた。それからゆっくりと開いて、吟遊詩人の瑠璃色の瞳をまっすぐに見る。


「アンタのやろうとしていることが、何となく分かった気がする。向かっているところも。俺に会わせたい奴ら(・・)がいるんだな?」


 セティアスは目を細めた。



 馬車は軽快な速度で道を走り、川に架かる橋を渡った。高炉が並び、鎚音の賑やかな鍛冶工房街を過ぎると、急に寂れた雰囲気の区画に出る。

 位置的には王城の北西側だ。二人はそこで辻馬車を降り、道を歩いて行く。

 間もなく、煉瓦の塀が立ちふさがった。


「この向こう側に、彼らが囚われている」

「スティグマータか」


 シャイードの言葉に、セティアスは無言で頷いた。この場所から中は見えない。

 ただ、敷地の中に高炉があるのは見て取れた。


「ここでも鉄を……?」

「いや、あれは別の用途に使われている。彼らの主な仕事だ」

「囚われているって、さっきは普通に外を歩いていたが」

「それも仕事のためにね。ついてきてくれ」


 塀にそって進むと、程なく門が見えた。門には兵士が二人立っている。

 セティアスはリラックスした歩調で門に近づいた。気づいた兵士が、視線を向けてくる。


「何か用か」

「ご依頼にて、弔いを届けに参りました」

「楽士か。よし、入れ」


 あっさりと開門され、セティアスは一礼して門を潜る。シャイードも続こうとしたところ、「待て」と至近距離から声を掛けられた。肩に兵士の片手が乗る。


「こっちのガキは?」

「ええ、彼が歌います。わたくしは楽器を弾く方で」

(えっ!?)


 平然と嘘をつくセティアスに、シャイードはぎょっとして視線を向けた。少し顔に出てしまったようで、兵士の一人が怪しむ。


「本当か? 何かちょっと歌ってみせろ」

(う、歌ーーーっ!?)

「もちろん。おやすいご用ですよ」


 セティアスは言い、リュートを構えた。シャイードをちらっと見る。


(待て待て待て、歌なんて何も知らん……!!)


 激しく瞬いて、意図を伝えようとするが、伝わったのか伝わらないのか、吟遊詩人は弦を爪弾き始めた。聞いたことのない旋律が流れる。


(ちょ……っ!!)

「どうした、早く歌え」

「……あ、あーー。んんっ」


 発声と咳払いのふりで僅かな時間を稼ぎ、シャイードは頭をフル回転させた。サヤックがいつも隣で歌っていたというのに、何も覚えていない。そもそも気まぐれな彼の歌は、即興が多かった。


(どうしよう、どうする、……ええいままよ!)


 とにかくこれ以上は引き延ばせない。覚悟を決め、腹に片手を当てて目をつぶった。


「曙にーー逍遙し、白樺のーー木立に入りぬ。朝霧のーーヴェールをーー」


 アルマが昨日読み上げていた詩を、サヤックの歌を思い出しつつ適当な抑揚をつけて歌ってみた。セティアスが目を伏せ、即興で合わせてくる。薄目を開けて確認すると、その肩が小刻みに震えていた。


(おのれぇ……!)


 必死に歌詞を紡ぎながら、笑みを堪える吟遊詩人に怒りをたぎらせる。


「あ、この詩は聞いたことがあるな」

「音、外れてないか? ん? 合ってる、のか……?」


 音の方が合わせてくる超絶技巧で、兵士たちが何となくだまされてくれた。


「よしいいぞ、入れ」

「どーも」


 シャイードは心臓をばくばくさせながら門を潜る。背後で門が閉じられた。

 二人とも神妙な顔をし、黙って広場の中央まで歩いたが、とうとうセティアスが耐えきれずにぶはっと吐き出した。

 目蓋に片手を当て、喉奥を引きつらせて笑っている。シャイードは屈辱で真っ赤だ。握り拳を震わせる。


「フーリティスの叙情詩とは。いやはや。渋いところをついてくるね、君は」

「知らねぇよ! アンタが無茶振りするからだろうが! 歌うのなんて生まれて初めてだ!」

「そうなのかい!? 思いもかけず、君の初めてを一つ貰ってしまったようだ。ふむ……、声質は良いセンいってるし、本格的に勉強してみない?」

「誰がするか!」

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