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【完結】竜と魔導書  作者: わーむうっど
第三部 竜と帝国
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情報交換

「あら? アルマは?」


 戻っていくと、メリザンヌが吹き抜けのホールで待っていた。シャイードは右手に持っていたアルマの木札を、さりげなく背中に隠す。


「あんなやつ、もう知らね」


 シャイードが目も合わせずに鼻を鳴らすと、メリザンヌは口元に手を当て、彼らのいた書架の方を見遣った。


「喧嘩でも、しちゃったのかしら?」

「ほっといて構わねぇよ。飽きたら勝手に帰ってくんだろ」


 そっぽを向いたまま告げる。


「そう? ……まあ、そうよね。大人ですものね」

(何で俺が子ども扱いで、アルマは大人扱いなんだ? ただの非常識の変態なのに)


 シャイードのもやもやは、胸の内でますます大きく育った。


「久しぶりだし、私はしばらくここにいるつもりだけれど、貴方はどうするの?」

「俺ももう少し……、ちょっと見て、飽きたら帰る」


 シャイードは大扉の方を見遣った。今は周囲に誰もいない。気づかれずに札を返すには、カウンター係の気を逸らす必要があり、別の退館者と話している隙をつくのが良さそうに思えた。チャンスをうかがうつもりだ。


「分かったわ。じゃあね」


 メリザンヌは頷き、片手をひらひらさせて立ち去っていく。

 一人残されたシャイードは、肩で息をついた。


(ともあれ、どこか大扉が見える場所で少し……)


 適当な場所を求め、シャイードは書見台に近づく。するとそのタイミングで、背中を向けていた人物が、本を閉じて振り返った。

 シャイードは何気なくそちらを見て、動きを止める。


(ん……。アイツ、どこかで見た覚えが)


 記憶を探る。すぐに思い至った。


(クルルカンの遺跡にいた奴だ。帝国兵の見張りの。後で名前を聞いた気がするが、何だったか)


 若い男は浮かない顔をして、大型の本を胸に抱えて歩いてくる。

 こめかみに指を当てて考え始めたところ、相手もこちらの視線に気づいたようだ。

 そのまま、まっすぐにこちらへ近づいてくる。


「やはり貴方か、引き上げ屋のシャイード君。おはよう」

「!? 何で俺の名前……、あ、名乗ってたか?」

「うん。まさかこのようなところで再会するとは、驚きだ」

「お、おう?」


 相手の意外なフレンドリーさにたじろぎ、シャイードはやや警戒して身を硬くする。何気なく彼の持っている大判の本に視線を向けた。医学書のようだ。


(コイツは治癒術士か何かか?)


 彼は気づいたそぶりを見せずに一礼した。


「その節は、部隊が大変お世話になったようで。ありがとう」

「別に。ただのついでっつーか……」


 シャイードは後ろ髪を掻いて視線を泳がせた。


(待てよ……。コイツ、帝国兵なら、あの病について何か知ってるかも知れねぇな)


 本に載っていない知識なら、アルマを見返せるかも知れないと気づく。


「引き留めて悪かったね。直接礼を言いたかっただけなんだ。それでは」

「あ、ちょ、待ってくれ」


 きびすを返し、立ち去ろうとした青年を、シャイードは引き留める。

 彼は足を止め、怪訝そうに眉を上げた。その瞳が、一度斜めに下がってすぐ戻る。


「アンタ、なに調べてたんだ? ここで」

「ユークリス」

「へ?」

「私の名前だよ。ユークと呼んでくれ、シャイード君」

「……まあ、別にいいけど……」

「少し待っていてくれないか。本を返却してくる。会話なら、外の方が良いだろう」


 口元に人差し指を立てた後、ユークリスは書架へと向かっていった。

 しばらくして、手ぶらの彼が戻ってくる。


「お待たせ。行こうか」


 足を止めずに大扉へ向かうユークリスを、シャイードは追った。


 先ほどの回廊に出ると、彼は周囲を見回し、柱と柱の間にあるソファに空きを見つける。


「あそこでいいかな」


 シャイードは無言で頷き、二人でそちらに向かった。

 90度に向かい合う肘掛けつきのソファに腰掛ける。座面は柔らかく、座ると丁度良く沈み込んだ。落ち着く。


「さて先ほどの質問だけれど。私は軍の仕事で、とある調査に来ていたんだ」

「うん」


 やけにすんなり語り始めた彼に、内心少し驚きつつもシャイードは耳を傾ける。


「シャイード君のゲストパスは、リュジーニ伯が後見なんだね」


 唐突に話を切り替え、ユークリスがシャイードの胸元を指さす。


「え、何で知って……」

「簡単な推理だよ。ご存じの通り、この図書館は基本的に術士や学者、貴族にしか門戸を開いていない。クルルカンで貴方に関わった者のうち、後見の権限があるシルバーパス以上を持つのは隊長と副長だけだが、副長は怪我でクルルカンに残ったそうだから」


 ユークリスは両手を組み合わせ、口元に置いた。


「でもひとつ分からない。貴方が手にしているもう一つのゲストパスは、一体誰のものでなぜ持っているのか」

「え? ……あっ」


 シャイードはいつの間にか、隠すことも忘れていた木札に気づいた。

 ユークリスは口元を両手で隠したまま、両目を笑みの形にした。


「そういうことが、どうしても気になってしまうんだ。シャイード君が私と話したい様子なのは幸いだったな」

「これは、その……、預かった」

「誰に、何の目的でだろう。ゲストパスを預かっても、貴方にももう一人にも、何のメリットもないと思うけど。そうだな……、例えばシャイード君が何らかの方法で、そのパスをカウンターに戻せれば、退館人数をごまかせるってくらいかな?」

(バレてる……!)


 シャイードは表情こそ変えなかったが、内心冷や汗をかく気分だった。


「それにしたって、閉館前には館内をすみずみまで確認するからね。人が残っていればすぐにばれるからオススメしないよ」

(人ならな)


 シャイードが沈黙を守っている間も、ユークリスはじっと観察していたが、やがて小さく息をつく。


「まあ、私には関係ないかな。どうやら悪事を企んでいるわけでもなさそうだ」

「わかるのか? そんなことが」

「まあね。仕事柄、悪人を相手にすることも多いから。……貴方が気にしているのは、私が何を調べていたか、だったね。おおよそ見当が付いているから聞いたのでは?」


 ユークリスは、今度は試すように目を細めた。

 シャイードは一度視線を落とし、それから彼を見る。


「アンタは察しが良いようだから、隠しても仕方ないか。実は、この都で流行している病について興味がある」

「ほう? それがシャイード君が帝都に来た理由?」


 シャイードは首を振った。


「病についてはここに来て知った。俺たちの旅の目的の、手がかりではある。アンタも、それについて調べに来たんだろ」

「ユークって呼んで欲しいな。シャイード君の推理は、当たっている」


 ユークリスは頷いた。


「あれは普通の病ではないからね。性質は魔法的だが魔術の痕跡はなく、神性魔法による回復も効かない。前例はないか、対処法はないか、歴史書や古い医学書を確認していたんだ。ところで貴方たち(・・)は既に何かをつかんでいるよね?」

「その通りだ。俺たちは、あの病を癒やす方法を知っている」


 ユークリスが瞠目した。シャイードは少し良い気分になる。


「それが本当なら、是非……」

「俺は別のことが知りたい。あの病はいつから、どうやって広まった? 病人に共通点はあるのか?」

「……なるほど。交換条件か」


 ユークリスはゆっくりと目を閉じた。彼はしばらく黙考した後、組んでいた手を下ろし、目を開けた。


「いつから、については明確な答えを持たない。貴方も知っているかも知れないが、あの病は初め、何となくだるい、やる気がない、という誰にでもありがちな症状から始まり、他の病と区別がつかない。明らかな病態を示すのは、何日か経過してからだ。それも、人によって差がある。私たちが事態を把握したのは、ここ一ヶ月以内のことだ。次にどうやって広まったか、についてだが……。今、手元にはないが、私は発症者の住所を報告のあった日にちごとに整理している」

「うん」


 ユークリスは右手と左手をそれぞれカップの形にし、空中に一つずつ置いていく。


「通常の疫病であれば、どこかに感染源があって、最初はそこから輪が広がるように病が広がる。移動する者もいるから、飛び地も出来て、そこからも輪が広がる。時間を追う事にその輪は混じり合い、分からなくなってしまう」


 ユークリスは一度言葉を切り、手を開いて下ろした。


「しかし、だ。この病にそのような輪は出来なかった。発症者の住所は初めから町中に点在していたんだ。強いて言えば、旧市街の住民に発症者がやや多く、新市街は少なめだ。また、時間を追う事に発症者の総数は増えているが、新規発症者は日によって多かったりゼロに近かったり、まちまちだった」

「………。つまり、そこから導き出せる結論は」


 ユークリスは頷く。


「察しの通り。これは”感染症ではない”可能性が高い。とはいえ、家族が丸ごと発症する例も複数あって、まだ完全には否定できないけどね」

「いや。感染症ではない、というアン……、ユークの判断は合っている。その線は排除していい」

「そうか」


 ユークリスは口元をほころばせた。


「次に共通点だけど。私たちも今、最も注目している。感染症でない以上、発症者には何らかの共通点があるはずだ。今のところ、年齢や性別、人種、身分、職業などに大きな偏りは見られない。もっと他の要因なんだろう。精神的な何か、なのかも知れない」

「精神的な。ああ、そうだ。それが一番可能性が高い」

「確信がありそうだね」


 シャイードは頷いた。


「あれは夢を喰らう魔物による病なんだ」

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