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【完結】竜と魔導書  作者: わーむうっど
第三部 竜と帝国
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落ち着かない入浴

 シャイードは石造りの湯船に浸かって浴室の天井を仰いだ。熱めの湯温が、疲れと汚れを溶かしてくれる。


「ふーー……」


 心地よさそうに吐息をつくと、湯気がくるくると渦を巻いた。

 手足を伸ばし、頭を湯船の縁にのせて水に体重を預ける。思考は、先ほどまでの会話をたどった。


『病を癒やす方法を知っているなら、劇団員のことも助けて欲しい』


 リモードがそう乞うたのも当然だろう。シャイードとて相手がビヨンドである以上は、そうするべきであろうし、そうしなくてはならない、と思う。

 だがメリザンヌは、無気力に陥る病は、既に帝都全体に広がり始めているのではないかと懸念していた。

 リモードがこの病に陥った際、メリザンヌは真っ先に治療師や、神殿の奇跡にすがった。

 しかし病状を聞くやいなや、彼らから「打つ手がない」と宣告されたのだ。それは既に彼らが同じ症状を何度も看ていたからではないか、と。

 アルマが無数のビヨンドを検知した事実とも符合する。


「くそっ。楽勝だと思ったら、今までで一番やっかいだぞ。数で攻めてくるなんて」


 一体一体は何と言うこともない。他人の夢に入るという特殊な条件が必要であり、かなりの疲労を伴うけれど、勝てない相手でないことは分かった。

 だがそれを、何度繰り返せば終わるのか?

 いたずらに日数を費やして、ここ以外のビヨンドに世界膜を食い荒らされたら何の意味もない。

 シャイードは湯船の底に尻をつき、両手で湯を掬った。顔を洗う。


(考えろ。きっと何か、打開策があるはずだ)

「図書館……か」


 手を止め、顔を上げた。前髪から水滴がしたたり落ちて、水面に王冠を作る。


(ここの図書館になら、何かビヨンドに対する手がかりが残されているかも知れない。師匠もあの金髪の魔術師も帝国にいた。そしてどちらも、ビヨンドについて調べていた。1000年前の厄災の記録とか、弱点とか。……何でもいい)


 思い返せばアルマは、クルルカンで帝国行きの話をした際、すぐに図書館に行きたがった。


(アイツ、なんか心当たりでもあんのか?)


「あら、アルマ。どうしてこんなところにいるの?」


 脱衣所の方からメリザンヌの声が聞こえ、シャイードは物思いから引き戻される。身体を反転させ、そちらに耳を澄ませた。


「我は濡れるのを好まぬ」

「お風呂が嫌いなのかしら。でも、ザルツルードでは公衆浴場に……」


 アルマに話しかけながら、メリザンヌは浴室の扉をがらりと開いた。


「わーーーっ!」


 シャイードは驚き、湯船に肩まで沈む。


「な、な、何いきなり入って来てるんだよ!」

「お湯加減はどうかしら、と思って」


 メリザンヌはドレスの裾を持ち上げ、裸足で湯船へと歩いてくる。そしてしゃがみ、湯に片手を突っ込んだ。すぐに手を引っ込める。


「あっつ! 何これ、熱すぎじゃない? まさか置いてあった温熱石、全部入れたの?」

「熱い方が好きなんだよ! つーか、早く出てけ!」

「あらあ、恥ずかしがっているの、可愛い子」


 メリザンヌは手の甲を口元に添え、ころころと笑う。


「お姉さんが背中を流してあげるわ。髪もねばねばしているのではなくて? 洗いましょうか? 遠慮しないでいいのよ、貴方のカラダの事はもうよく分かっているんだから」

「やだよ。下手な変身を見られたくねぇ! おい、アルマ。ぼさっと見てないで、メリザンヌを連れてけ」

「ぼさっととは何だ。我はぼさっとなど……」

「いいから!」


 脱衣所で成り行きを見守っていたアルマは、反論しつつ浴室に入ってきた。


「んもう。もう少し、心を許してくれても良いと思うわ。私は貴方のこと、こんなに好きなのに」

「なに言ってるんだ、この既婚者」

「もちろん、旦那様への愛情とは別よ。勘違いしないで」


 メリザンヌはぴしゃりと言い、唇をとがらせて立ち上がった。アルマの手はやんわりと振り払う。そして両手を腰に当てて前屈みになった。


「私は! ……心配してるのよ、可愛い子。貴方、一人で問題を抱え込みすぎてない? どうして何でも秘密にするのよ。あの大きな秘密だけでも充分に重たいでしょ?」

「………」

「貴方はまだ子どもなんだから、私たちを頼ってよね?」

「子どもじゃねーけど!?」


 思わず、シャイードは湯船から立ち上がった。


「………」

「………。あっ!」


 メリザンヌの平坦な視線を下腹に感じ、慌てて湯船に沈む。彼女はどこか勝ち誇ったように目元を和らげて微笑んだ。


(なんか分からんけどくっそ腹立つ!)


 シャイードは真っ赤になった。


「んっんっ。変身も未熟・・だし、人としてはともかく、ドラゴンとしてはまだまだ子どもの年齢でしょ?」

「ぐっ……」


 変身のことを言われると反論が出ない。無表情のアルマにさえ、生暖かい視線を向けられているような被害妄想をした。


「ビヨンドっていうのが、貴方たちの敵?」

「………」

「帝都に現れることは知ってたのかしら?」

「……っ! 知らねぇ。俺たちだってここに来て、初めて知ったんだ」


 シャイードが言葉を絞り出すと、メリザンヌは片眉を上げた。彼女は姿勢を戻し、長い髪を指先でくるくると弄ぶ。

 少しの間をおいて、魔女はにっこりとして頷いた。


「ええ、信じるわ。貴方たちには三度も助けられたもの。クルルカンの氷の魔物と、海に出た銀色の魔物。あれもみんな、ビヨンドっていう魔物だったって事かしら?」


 シャイードは大きくため息をついた。浴槽の縁に頬杖をつく。


「そーだよ。そういやアンタ、全部に居合わせていたんだったな」


 観念してぶっきらぼうに答えた。メリザンヌはゆっくりと頷く。


「これで大分繋がってきたわ。そのビヨンドというのを倒すのが、貴方が亡くなった師匠さんから受け継いだ仕事なのね。分からないのはなぜ貴方がそれを隠すのかということと、アルマの存在だわ」

「………。言ったってどうせ信じて貰えないと思った。いや、今だって信じて貰えないと思っている」

「どうしてよ!? 私だって実際に目にしたし、見た以上は信じるに」

「そうじゃない! ……俺だってビヨンドについてはまだ確信が持てないんだ」


 メリザンヌは瞬いた。その表情に沢山の疑問が浮かんでいる。

 シャイードは彼女に背を向けた。


「悪ぃけど。もう独りにしてくれ」


 メリザンヌはそっと吐息して目をつぶった。腿の横で両手が握り拳を作っている。やがて諦めたように力を抜く。


「そう……。邪魔して悪かったわね。これ以上嫌われないうちに、立ち去ることにするわ」


 どこか固い声で言い、彼女はきびすを返した。

 最後に戸口で一度振り返ると、


「着替えとタオルはここに置いておくわね。ごゆっくり!」


 と言い捨てて立ち去った。


 その足音が遠くなるのを確認して、アルマが口を開く。


「そこまで頑なに秘密にしなくとも、聞かせてやれば良かったであろうに」

「ビヨンドのせいで世界が滅ぶって? 言ってどうなるってんだよ。アイツはビヨンドのことすら初耳だったようだし、興味本位の詮索に、いちいちつきあってられるか」


 シャイードは勢いよく湯船から上がった。

 頭から何度も湯を被ってべたべたを流すと、戸口を開き、脱衣所へと戻っていく。


「詮索……。果たしてそれだけであろうか」


 アルマは主を目で追い、独りごちた後に彼に続いた。


「とはいえ、あやつとて隠し事をしておるからな。汝が信じきれずとも仕方あるまい」

「メリザンヌが? 何を……、ああ。亡くなったとかいう元の旦那の話か?」


 タオルで身体を拭う手が止まる。彼女が言い淀んだことを思い出し、シャイードは鼻を鳴らした。


「んなこと、どーだっていいわ。言いたくないことくらい、誰にだってあるってことだろ」

「隠されるほど知りたくなる気持ちは、我にも理解できるぞ」

「お前が? 人の気持ちを?」

「うむ」

「それは……、だいぶ進歩したな」


 アルマは無言で両手を上げた。


「そこまでは褒めてねえ」


 両腕が下げられた。


「ところでカンラクガイには何があるのだ?」

「理解できたのはそれのせいか」

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