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【完結】竜と魔導書  作者: わーむうっど
第三部 竜と帝国
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運命の神

 シャイードは目を覚ました。

 間近で見守っていたメリザンヌの表情が、ほっとしたものに変わる。


「無事だったのね、私の可愛い子」


 魔女はまだぼんやりしているシャイードの頬を両手で包み、その後、頭を優しく撫でた。シャイードはその心地よい感触に少しのあいだ身を委ねていたが、意識がはっきりしてくると「止めろって!」と乱暴に言って身を起こした。顔が赤い。

 ベッドから立ち上がろうとした際、蹈鞴を踏む。


「っとと……? おぉ、なんだか足に来てる」

「疲労であろう。なにせ他人の夢に入ったからな」


 アルマの言葉で、遅れて幻夢界でのことを思い出してきた。既に記憶が断片化している。覚えている断片を手がかりに、丁寧に言語化していけば、つなぎ合わせられそうだけれども。


「蜘蛛と戦ったっけ? うわ、なんかネバネバしてんだけど、俺」


 シャイードは服についたゲル状のネバネバを、嫌そうに指で払った。


「リモードと汝の夢を繋げるのに、我も蜘蛛を召喚した」

「何だと?」


 寝ている間に行われた魔法が不安で、シャイードは顔をしかめて服を見下ろす。そしてふと気づいた。


「これ、見覚えがあるぞ! ……そうだ。クルルカンの遺跡で、兵士たちが」


 そこまで口にした後、メリザンヌの視線に気づいた。

 魔女は微笑みを浮かべている。しかし、その瞳は笑っていない。

 シャイードはぞくっとした。


「遺跡のに取り憑かれたアイシャちゃんが使った魔法よね? 小さな魔物を喚びだして、兵士たちを昏睡させたとか聞いたわ」


 メリザンヌはアルマを振り返った。


「やっぱり、あのアルマはこのアルマなのね。貴方も取り憑かれているの? それとも、貴方が本体だったのかしら?」


 メリザンヌはアルマにしなだれかかる。魔導書は無言で主を見た。

 シャイードは眉根を寄せて目をつぶる。

 そしてため息をついた。


「その通りだ。あのアルマがこのアルマ」

「本体かどうかは、まだ秘密? 秘密にすることが、示していそうね。”まだ隠していることがある”って」

「アンタには関係ない」


 シャイードは強い口調で言った。メリザンヌはアルマの顔を見上げる。相変わらず無表情で、何も読み取れそうにない。


「そう。まだ駄目なのね」


 魔女は残念そうにアルマから離れた。

 そのタイミングで、リモードが喉奥で唸って動いた。全員の視線が眠る男に集中する。


「成功したのよね?」


 メリザンヌがどちらにともなく問いかける。


「うむ」


 アルマが答えた。リモードが目を開く。


「おお、メリザンヌ! 我が命の光。愛しき妻よ!」


 両手を挙げ、大げさに伴侶を讃えた。

 メリザンヌはベッドに膝で乗り上げ、リモードを抱きしめる。


「ああ、旦那様! やっと本当にお目覚めね。私、寂しかったんだから!」


 人目もはばからず、二人は熱烈にキスを交わし始めた。

 シャイードは目を丸くした後、居心地悪そうに視線を逸らす。アルマは、「ほう」と興味深そうに身を乗り出して観察した。


 ◇


「彼らが私の病を治してくれた、と?」


 ひとしきり喜びを噛みしめた後、メリザンヌが二人を紹介した。そこで初めて、リモードは部屋にいる見知らぬ者たちの存在に気づいたようだ。


「そうなの! この子がシャイード、こっちはアルマよ」

「お……おお……!!」


 リモードは驚愕する。一応、挨拶くらいはしてやろうかと考えていたシャイードだが、彼の表情を見てたじろいだ。

 痩けて落ちくぼんだ眼窩の内で、瞳だけが熱に浮かされたように輝いている。


「あっ……!」


 シャイードはアルマを振り返った。今、アルマは帽子を被っていない。食事の時に脱いで、そのままだ。

 リモードは片腕を持ち上げてアルマを指さした。指先が震えている。


「見つけた……。ついに見つけたぞ、我が運命の神よ!!」

「!?」


 予想と少し違う反応に、シャイードは眉を跳ね上げ、アルマは小さく首を傾げた。


「何の話だ?」


 メリザンヌが夫の額に片手を当てる。


「まだ意識がはっきりしないのかしら……」

「いいや、愛しき妻よ。最愛の魔女よ。私は今、これ以上ないくらい、起きているぞ!」


 リモードは額に置かれた妻の手を捕まえ、両手で包み込んだ。


「見よ! その……アルマ君と言ったか? 月光を紡いだような髪色のその男! 彼こそ、私が長い間ずっと探し求めていた者なのだ」

「あら。そうだったの、あなた」

「いや、何でだよ! 存在すら知らなかっただろーが!」


 思わず裏拳で空を切ってから、シャイードは大きく息を吐き出した。片耳を手で塞ぐ真似をする。


「おっさんも、いちいち表現が大仰だな。声もでけーし。まあ、アルマの顔をまともに見たニンゲンは割と変になるから、もう俺的には慣れたアレなんだが、こいつ多分、そういうんじゃねーから」

「シャイード。我は汝の言わんとすることもよく分からぬ」

「いや、命の恩人の少年よ。私は彼の姿を一目見て、はっきりと分かった。間違いない。これぞ天啓というもの。そう、彼こそ、私が探し求めていた神!」


 リモードは握り拳を空に翳す。それからその手を開いて、指先をアルマへと向けた。


「つまり、こういうことだ。私の芝居に出てくれ、アルマ君! 運命の神の役者として!」

「まあ!」


 これにはメリザンヌも驚き、口元に手を当てる。シャイードは言葉を失った。顎が落ちている。

 しばし沈黙が流れた。


「……それはつまり」と、アルマが漸く口を開く。「出演料が貰える方ということか? 払う方ではなく」

「それ、このタイミングで確認するのかよ!?」


 今度の裏拳はアルマに命中した。



 病み上がりで急に興奮したリモードが少し疲れた様子を見せたため、メリザンヌは階下にお茶を淹れに行った。

 その間、シャイードは書台の前の椅子に腰掛け、アルマは立ったまま詩集を開き、視線を走らせていた。

 リモードは枕を背に挟み、ヘッドボードにもたれていたが、漸く落ち着いたのか顔を持ち上げて二人を見る。


「礼が遅れて申し訳ない。シャイード君、アルマ君。改めて、治療をありがとう。……ところで、私は一体、どういう状態だったんだね?」


 アルマは詩集を閉じた。シャイードと視線を交わし合う。主が顎をしゃくったので、アルマが口を開いた。


「汝はとある魔物に、夢を喰われておったのだ。そのため無気力となり、深い眠りに落ちていた。おそらく、合間に目を覚ましても、意識ははっきりしていなかったことだろう。我は幸い、その魔物の対処法を知っていた。そこでシャイードに眠って貰い、汝の夢へと導き、直接干渉して魔物を倒した、という訳だ」

「何と、そんなことが出来るのか、君たちは。一体何者なんだね? 妻とはどこで知り合った?」

「何者かという問いに答える権限を、我は持ち合わせていないが、魔女とはクルルカンという町で会った」

「ああ、もしかして例の兵役期間の……。そんなところに行っていたのか、妻は」

「知らなかったのか?」


 と、これはシャイードだ。

 リモードは首を振る。


「私が聞いてしまったことは、妻には秘密にしておいてくれ。知らされなかったということは、私が知ってはいけないことだったのだろうから。私も忘れよう」

「我には特に異論はない」

「兵役ってのは?」


 リモードは僅かに首を傾げ、口元を緩めた。


「帝国は初めてかな、シャイード君。帝国貴族には兵役、もしくは戦費を負担する義務があるんだ。時にはその両方を課されることもある。私自身は貴族ではないが、妻は以前、貴族と結婚していたことがあってね。亡くなったご主人から爵位を受け継いでいるんだ」

「ああ、何とか伯夫人?」

「リュジーニ伯夫人」


 アルマが補完する。

 リモードは少し表情を陰らせた。


「本当なら爵位など、返上して貰いたいんだがね……。妻を危険な戦地へ赴かせるのは気が進まない」

「じゃあ、金を納めればいいんじゃねーの? アンタ、さっきそう言っただろうが」

「あー、うぅむ。それはそう、なんだが……」


 壮年の男は歯切れが悪い。そこにメリザンヌが戻ってきた。手に銀のトレイを持っている。


「お待たせしたわね。何なに? 何の話をしていたの?」

「いや、たいした話ではないよ。愛しい人」


 メリザンヌは「そう?」とにっこり微笑み、トレイを書台に置いた。重ねていたカップにポットからお茶を注ぎ、シャイード、アルマと順に手渡していく。

 クッキーの載った籠を下ろした後は、トレイにカップを一つ載せたまま、リモードに渡した。リモードはそれを膝の上に置いて、カップを手にする。

 シャイードは湯気を立てる液体をじっくりと眺めた後、恐る恐る口をつけた。


「あれ?」


 紅茶は、ちゃんと美味しかった。


(煮出すだけなら出来るって事か? 夕食のアレは、ただの失敗作だったって事かも知れないな)


 温かい液体を一口ずつ飲み干していくのは、気持ちの落ち着く作業だった。



「それで、やはり役を引き受けては貰えないものだろうか」


 紅茶を飲み干して落ち着いたリモードが、改めてアルマに問うた。

 アルマは脇に詩集を挟み、左手にカップ、右手にクッキーを持っている。口の周りを粉だらけにしたまま、頷いた。紅茶を飲み込み、口内のぱさぱさを解消してから返事をする。


「我は我以外の者になりたくはない」それに、と魔導書は続ける。「我らにはここでやらねばならぬ事があるのでな。図書館に行かねば」

「それは明日にでも案内できるわ」

「そうでなくても、劇になんて関わってる暇はねーんだよ」


 リモードはあからさまに消沈した。メリザンヌがベッドに腰掛け、彼の肩に手を添える。


「ただでさえ、人手が減ってしまって、これでは上演など……」

「他に何人か、あなたより先に病に倒れた人がいるって話だったわね」

「それって、同じ無気力になる病か? まさか、感染するわけじゃないよな!?」


 シャイードは驚き、アルマを振り返る。


「どうであろう。もしそうであるなら、逆に興味深いぞ。どういう感染経路なのだ? 一緒に昼寝をしたとかか?」

「俺が聞いてるんだが」

「考察の余地はある。だがまあ、一つ分かったことがあるぞ」


 アルマは目を閉じ、顎に手を添えた。


あの(・・)時、雲の中に足を踏み入れたように感じたのは、そのせいであろう」


 アルマはシャイードだけに伝わるようにぼかして言う。


「つまり……」シャイードはごくりと唾を飲み込んだ。「あいつ一体だけじゃなく」

「おそらく。無数にいる(・・・・・)

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― 新着の感想 ―
[良い点] しばらくなろう離れてたので、気付くのが遅くなりましたが、連載開始されたんですね!久しぶりに読めてうれしいですー!
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