要請
「………?」
予想した衝撃に襲われず、シャイードは薄目を開いた。
持ち上げた両手が、いつの間にか自由になっていた。続いて足も。
「ぶふっ、はははっ……! いい反応だったぜ!」
男はこらえきれずに吹き出しながら短刀を腰に戻した。
シャイードの頬を、からかうように片手でぺちぺちと叩く。
「だがな、年上として教えておいてやるよ。――ピンチの時ほど、目を瞑るんじゃねぇ」
「おッ……、大人げねぇぞ!」
先ほど男を笑ったことへの仕返しだと気づき、シャイードは抗議した。解放された後も、まだ心臓がばくばくとしている。
シャイードは自由になった手を引き寄せ、服の上からそっとさすった。
初めは硬い感触が返る。
さらに目を閉じて幾度か息を吐き出していると、その感触は元に戻っていった。
「大体なぁ、殺すならテントの中ってことはないだろ。汚れたら、誰が掃除すんだよ。血ってのはなかなか落ちないんだぜぇ?」
男は憎たらしい顔で覗き込んでくる。
シャイードは自由になった右手を、間髪入れずにその横っ面に拳をたたき込んだ。
が、片手で遮られてしまう。
男はまだ笑っていたが、捕まえた彼の右手を上下に振り、
「フォレウスだ」
名乗った。お前はと問うように、フォレウスは無言で顎をしゃくる。
「……シャイード」
シャイードはふてくされて答えた。勝手に握手された右手を、引きちぎるように離す。
手元に引き寄せて、長時間の緊縛で手首に刻まれた縄目を撫でた。
痺れていたせいで、男の頬に一撃も浴びせられずに悔しい。
「で、だ。シャイード」
フォレウスはシャイードの向かいに、直接腰を下ろしてあぐらをかく。
本当に腹を割って話してくれる気になったようだ。
「どうやら調査隊に、不測の事態が起きたらしい。だが連絡手段がない」
「そのようだな」
フォレウスは片手を伸ばし、シャイードの肩をぽんぽんと叩く。
「おじさんはこれから、遺跡に潜ってみようと思うんだ。お前さんも一緒にどうだ?」
「はぁっ?」
一杯飲みに行かないか、くらいの軽さだ。
提案自体は想定内だったが、にも関わらずシャイードはあっけにとられた。
フォレウスは構わず、シャイードの肩に添えた手を前後に揺する。
「願ったり叶ったりだろぉ? お前さんは迷子のお嬢ちゃんを探せる。おじさんは、調査隊の様子を見に行ける」
いいじゃんいいじゃーん、と言い方はどこまでも軽い。目抜き通りで強引なナンパをする若者のようだ。
「揺らすな!」
がくがくと前後に揺らされながらシャイードは抗議した。遅れて片手を振り払う。
フォレウスは急に真面目な顔になった。
「冗談はさておき、シャイード。お前さん、引き上げ屋ってことは、遺跡の構造や罠には詳しいんだろ。ちっと案内しろ」
「………」
「今ここに残ってる調査員は、戦闘経験はあっても盗掘の専門家じゃない。新たな任務を成功させるには案内人が必要なんだよ」
態度を改めたフォレウスは、軍人らしくもある。言葉は端的で、説得力があった。
その落差に、どうにも調子が狂う。
揺らされたせいで、頭に巻いていたターバンがずり落ちてきたので、両手で直しながら考えた。
アイシャのことがある以上、答えはイエスしかあり得ないのだが、素直に従いたくない気持ちでいっぱいだ。
「基本的には協力しよう。だが、条件が2つある」
ようやくシャイードが重い口を開くと、フォレウスは面白そうに片眉を上げた。だが、何も言わない。
少なくとも聞く気はあるのだと受け取り、シャイードは言葉を続ける。
「一つ目はポータルストーンの起動方法を教えること。内部で必要になるかも知れない」
「なるほど。……まあ、もっともだな」
フォレウスは顎に手を添えて頷く。
「遺跡に入った時点で、お前さんに伝える」
「それでいい。もう一つは……」
シャイードは言葉を止め、フォレウスをじっと見つめた。
「……アンタたちがここで何をするつもりだったか教えろ」
フォレウスはしばらく無言だった。無精ひげを手で撫でさすりながら考え込んでいる。
シャイードは彼を見つめながら待っていた。
やがてフォレウスはため息をつく。腕を組み、床を見つめた。
「いいか、シャイード。お前さんは拒否できない立場なんだぞ?」
シャイードが口を開こうとするのを、フォレウスは見もせず片手で制す。
そして小声になった。
「……だがまあ、教えてやる。ただし、軍事機密ってやつでな。知った以上、お前さんにはしばらくの間、我々の管理下に入って貰わねばならん。それでも聞きたいか?」
フォレウスは言葉を止め、ゆっくりとシャイードを見た。
「何も知らずにこの場だけ協力して、解放された方がお前さんにとって得なんじゃないか?」
今度はシャイードが考える番だった。
だがその前にふと気づく。
「なあ。俺が今、アンタから何も聞かずに遺跡に潜ったとする。でもそこで、アンタたちが何をしようとしているか、何をしているか、目撃したことから理解できてしまったとしたら、そのまま自由にしてもらえるのか?」
シャイードもまた、小声でフォレウスに確認した。軍人は喉奥で笑う。
「そら無理だなぁ。軍は機密漏洩を恐れる。お前さんにはやはり、ちょーっとだけ、おじさんたちにつきあってもらわなくてはならないなぁ。或いは、」
「口封じするか」
シャイードは片手で自らの首をカットする仕草をした。
フォレウスはまた芝居がかって首を振り、両手を広げる。
「そんな物騒なことはしないよ? おじさんたち、こう見えて学者だからね!」
「いやそれ、さっき聞いた。そもそもそれだって嘘だろうが」
「ちょーっと、記憶をいじるくらいだよ、やったとしても」
シャイードは目を丸くする。
「……嫌なんだが」
「嫌と言われてもなぁ。じゃあ、遺跡に潜るのやめる? やめちゃう?」
フォレウスはシャイードを覗き込むように、上体ごと傾げた。
(こいつは……、ちゃらけずに話せないのか……)
シャイードは頭痛を感じ、こめかみに手を添えた。
「やめない。……結局同じことなら、教えろ。その方がすっきりする」
「そうかぁ……。じゃ、まあ」
フォレウスは姿勢を戻し、また手を組んだ。
音量はまた、差し向かいに座る彼にだけ届くほどのそれ。
「教えよう。俺たちはここに、――盗まれた国宝を回収に来たんだ」




