表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】竜と魔導書  作者: わーむうっど
第三部 竜と帝国
118/350

眠る男

 無と暗黒の食事を腹に詰め込み終わると、メリザンヌはランプを手に二人を三階に案内した。

 廊下をぐるりと巡り、一つの扉の前で立ち止まる。シャイードたちに与えられた部屋の、中庭を挟んだ向かいの区画にあたる。


「俺らが入っても大丈夫なのか?」

「構わないわ。もしかしたら、起きているかも知れないし」


 メリザンヌはノックをせずにそっとドアを開いた。中は暗い。


「あなた?」


 小さな声で問いかけるが、返事はなかった。寝息が聞こえる。


「あら、残念ね。二人を紹介したかったのに」


 それでもメリザンヌは、構わずに部屋に入っていく。彼女はベッドとドアの中間辺りで一度腰を折り、床に落ちていた羊皮紙を何枚か拾い上げた。

 シャイードはためらったが、アルマは構わずに部屋に入っていき、周囲を見回した。


 ここは夫婦の寝室のようだ。大きめのベッドの他に、衣装ダンスや姿見が置かれている。そしてベッドの傍には引き出しつきの書台ライティングビューローがあった。フラップ式の扉は手前に倒されて机の形になっており、その上にペン立てやインク壺、シーリングスタンプなどがある。彼女は拾った羊皮紙を揃え、ランプと並べて書台に置いた。

 遅れて部屋に入ったシャイードも、入口の壁際に落ちていた羊皮紙を拾い上げた。

 癖のある筆致で文章が綴られているが、ところどころ文字を書き足したり、二重線で消されたりしている。


(手紙……? ではないな)

「リモード……、旦那様は、劇作家なの」

「劇……作家?」


 シャイードは羊皮紙から顔を上げ、メリザンヌの言葉を繰り返した。劇場の前を馬車で通りがかった際、魔女の表情が曇ったことをふと思い出す。

 魔女は頷いた。


「このところ、新作のことでずっと悩んでいるようだったわ。しばらく劇場に泊まり込んでいたのだけれど、ある日、帰ってきたと思ったら横になってしまって。最初は寝不足が続いたせいだと余り気にしなかったのだけど、何というか……」


 メリザンヌは口元に手を当て、眉尻を下げて眠る夫を振り返る。


「起きている時も、余り元気がないの。創作が上手く行かずにふさぎ込むことはこれまでもあったけれど、今回はそれだけじゃなさそう。何か、”違う”の。話しかけても上の空だったり、ぼんやりしていることが多くなって」

「アンタ、さっき今までにも二人、伴侶を亡くしてるって言ってたな。それも、これと同じ病気だったのか?」

「それは違うわ! 絶対に違う」


 メリザンヌはきっぱりと言った。片腕を抱き、苦しげに唇を噛む。


「………。ごめんなさい、説明は出来ない。でも、違うのは確かよ」


 シャイードは魔女を探るように見つめる。彼女は自らの身を抱き、沈痛な表情を浮かべていた。何か隠している。だが、その言葉に嘘は見つからない。


「……そうか」


 言って、シャイードは拾ったものを彼女に手渡した。その隣をすり抜けてベッドに近づく。

 男の歳は五十前後に見えた。目の周りが落ちくぼんで、皮膚もかさついているため、そう見えるのかも知れない。実際はもっと若い可能性もある。

 艶のないダークブロンドは白髪交じりだ。額は秀でていて、眉が濃い。病人の割に髭がきちんと切りそろえられているのが不思議だ。見れば寝間着も布団も、汗染みなどもなく綺麗なものだ。

 メリザンヌの献身的な介護をうかがわせる。

 顔を上げたシャイードは、先に男を観察していたアルマが、もの言いたげな瞳でこちらを見ていることに気づいた。


「何だ?」


 アルマはメリザンヌを肩越しに見遣った後、再びシャイードに目を向けて口を開く。


「こやつからビヨンドの気配がする」


 シャイードは目を見開いた。すぐに男に視線を落とす。無意識に腰に手が伸びたが、剣はマントとともに部屋だ。


「………、どういうことだ? こいつがウツシだとでも言うのか?」


 声を潜めてアルマに聞き返す。アルマはゆっくり過ぎるほどの瞬きを一つした。


「そうでもあるし、そうではない」

「どうかしたの、シャイード?」


 メリザンヌが二人の背後から声を掛けてきた。シャイードとアルマは、向かい合わせる形でメリザンヌを振り返り、それからお互いに視線を交わした。


「どうすんだよ」と潜めた声で鋭くシャイード。アルマはふむ、と顎に手を添えた。

「我はこのビヨンドを”知っている”。対処可能だ」

「何よ。二人でこそこそしてないで、彼の病気について知ってるなら教えて!」


 魔女の声に必死さが滲んだ。彼女は手を延ばし、アルマのローブの袖をつかむ。


「お願い。彼が治るなら、何でもするわ」

「汝に出来ることはない」


 アルマは冷ややかに言い放ち、シャイードに視線を向けた。


「シャイード、やるか?」

「え? ……ま、まあ……、ビヨンドだっつーんなら、やらないわけにいかない。だろ?」

「うむ」

「ビヨンド?」


 メリザンヌが不思議そうに口を挟む。


「二人は何の話をしているの? やるって、何を? リモードに危害を加えたら、いくら可愛い貴方たちでも許さないわよ」

「案ずるな。危ないとしたら……」


 アルマはシャイードの肩に手を置く。


「シャイードの方であるから」

「!?」


 そのままアルマはシャイードの肩を強く押し、ベッドに倒した。

 眠る男の胸に後頭部が当たり、シャイードは慌てて上体を持ち上げようとする。


「おいっ、なにす……」


 それをさらに片手で制してから、アルマはシャイードの両足を持ち上げてベッドの上に載せた。反動で身体が90度回転し、病人の隣に横たえた形だ。


「とりあえず、汝は眠るのだ」

「ここでか!?」

「うむ。………。どうした早く眠れ。得意であろう?」

「んなこと言ったって……、ここで?」


 二人用の広いベッドとはいえ、リモードは中央に寝ている。シャイードは空きスペースに窮屈そうに横たわり、アルマを見上げ、それからアルマの隣に進み出てきたメリザンヌを見上げた。


「どうするつもりなの、アルマ」

「シャイードを幻夢界に送り込む。そこから病の原因、ビヨンドに接触させる」

「治せるの?」

「うまく行けばな? 駄目ならシャイードも、こやつと同じようになってしまうだけだ」


 メリザンヌは心配そうに胸の前で手を組んでいた。


「大丈夫なの、可愛い子。わたし、貴方のことも心配だわ」


 シャイードは寝転んだまま、鼻を鳴らした。


「俺を誰だと思ってるんだ? よく分からんが、まあ、何とかするさ。眠りゃあいいんだな、アルマ」

「うむ。その後は我がナビゲートする。案ずるな、我は敵を知っている」

「ふん。ちゃんとサポートしろよ?」


 シャイードは頭の後ろに手を組み、目をつぶった。だがすぐに目蓋を開いて身を起こす。


「そうだ、武器は? 部屋から持」

「必要ない。幻夢界では想像力イマジネーションが武器だ。いいから早く寝ろ」


 今度もアルマに胸の中央を押さえられ、シーツの上に縫い付けられた。シャイードは再び鼻を鳴らし、目を閉じる。

 とはいえ。

 肌に二人分の視線を感じ、シャイードはもぞもぞする。

 落ち着かない。

 薄く目蓋を開くと、思った通り、神妙な顔でこちらを見下ろす二人の顔があった。

 彼らに背を向け、横臥の姿勢になる。

 そもそも人の気配の傍で眠るのは難しい。慣れない経験に、身体が勝手に緊張してしまう。

 リラックスしようとすればするほど、焦って逆に頭が冴えた。


(参ったな……。さっきまで寝てたし、あんまり眠くないぞ。とりあえず)


 眠るときの呼吸を心がけてみる。

 長く吸って、長く吐いて、長く吸って、長く……


「………。眠ったか?」

「今、眠れそうだったのに!」


 シャイードは一挙に意識を引き戻され、仰向けに戻って猛抗議した。


「魔法で眠らせましょうか?」


 メリザンヌが申し出る。

 しかしアルマは首を振った。


「いや、眠った後のシャイードに、一つ魔法を掛ける必要がある。しかも、向こうで何があるか分からない。速やかな帰還のためにも、自然な眠りの方が好ましい」

「困ったわね……」


 魔女は片手を頬に添え、重い胸を持ち上げるように腕を組んだ。


「子守歌でも歌いましょうか?」

「歌か。……あ!」


 シャイードは名案を思いつく。


「アルマ。お前、何か詩を読め。あれ、凄く眠くなる」

「詩か。……いいだろう」

「あら、詩集ならこの部屋にも多分あるわ。リモードが歌劇を作るときに参考にするから。ちょっと待っててね」


 メリザンヌが書台の引き出しを漁り、すぐに一冊の本を見つけてアルマに渡した。

 それを開き、アルマは抑揚の乏しい声で読み始める。

 シャイードは目を閉じた。

 あっという間に、心地よい眠りに導かれていく―――

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ