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【完結】竜と魔導書  作者: わーむうっど
第三部 竜と帝国
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帝都にて

 門から解放され、一行は帝都の中に入る。


「すっげ……!」


 シャイードは立ち止まり、視線を持ち上げた。石畳の広場を挟んで、背の高い建物が左右に並んでいる。右手前にあるのは特に大きく、窓の多い建物だ。入口にはお仕着せ姿の偉丈夫が二人、石像のように固まって立っている。

「城か……?」と呟いた言葉を拾い、メリザンヌが噴き出した。シャイードの顔を後ろから両手で挟んで、角度をやや左方向に変える。


「お城はあっち。町の中心方向ね。もう一つ城壁があるでしょ? そのさらに向こうの、小高くなっているところ」

「じゃあ、あれは?」


 向かいの建物を指さす。


「ただの宿よ」

「ただの……宿!? でけえ!」

「ふふっ。新鮮な反応が楽しいわ」


 これほど門に近い=町の中心部から遠い場所に、大きな建物が建っていることにシャイードは驚いた。

 ザルツルードも栄えた町だと思ったが、帝都はさらにその上を行っている。城壁を拡張するのが難しい分、建物は上に延びているようだ。

 道の先にはメリザンヌが示した通り、別の城壁がある。


「帝都は三つの城壁があるのよ」


 隣に並んだメリザンヌが解説する。


「一つは城そのものを囲う城壁。その南側に旧い城壁があって、今潜ってきたのが、遷都してから作られた新しい城壁ね。さ、行きましょ。あとは道すがら、説明してあげるわ」


 メリザンヌに先導され、シャイードとアルマは馬車に向かう。そこでアルマが、シャイードのマントの裾を引いた。


「なんだよ」

「シャイード。ビヨンドの気配がする」

「はあっ!?」


 アルマの言葉に大きな声を出して立ち止まり、マントの下で小剣の柄に手をやった。油断なく周囲を見回す。


「どこだ? 近いのか?」

「………」


 アルマは目を閉じ、少し俯いていたが、やがて首を振った。


「いや。町に入った途端、気配を感じたが、距離がよく分からぬ。もやもやとした雲の中に足を踏み入れた感じでな」

「どういうことだ……?」


 アルマは顎に手を添えた。


「しかもこの気配はよく知っている。我が、」

「どうしたの? 早くいらっしゃいな」


 馬車の隣で振り返ったメリザンヌが手を振っていた。

 シャイードは逡巡したが、息を吐き出して柄から手を離した。


「今すぐ襲いかかってくるとかではないんだな? とりあえず移動しよう。何か異変があればすぐに言え」

「うむ。分かった」



 三人で馬車に乗り込む。屋根と椅子はあるが、壁はなく見晴らしが良い。メリザンヌが御者側の椅子に一人で座り、シャイードとアルマは並んで彼女に向かい合った。

 馬車が走り始めると、アルマは帽子が飛ばぬように軽く押さえる。彼にとってはこの見晴らしの良い馬車は好ましいものだろう。


 しばらく走ったところで、メリザンヌは御者に言って一度馬車を止めさせた。彼女は馬車を降り、道路沿いにある屋台の一つに立ち寄って戻る。手にはラップサンドを持っていた。

 それをシャイードとアルマに、一つずつ差し出す。

 薄く焼いたパン生地で筒状に包まれたサンドには、野菜と、タレで味付けされた肉、チーズ、豆などが入っている。

 空腹もあって、シャイードは一瞬で食べてしまった。


 たっぷり昼寝をして、さらに小腹まで満たされたのに、先ほどから身体が妙にだる重い。

 遺跡探索の直後のような疲労感が、身体の芯にくすぶっている感じだ。

 備え付けのクッションに身を預けてだらっとしていると、メリザンヌが心配そうに見つめているのに気づいた。


「なんだ?」

「貴方、ここでは身体がだるいのではないかと思って」


 メリザンヌは口の脇に手を立て、声を落とした。


「ここでは?」


 図星を突かれたシャイードは、片眉を上げる。


「どういう意味だ?」

「そのまんまよ。この町って、魔力イーサ量が低いから」

「あ、それだ!」


 言われてみれば、この疲労感は空間から取り込める魔力量の少なさに起因するものだ。妖精郷とは逆に、ここは現世界の通常の場所よりも魔力が薄い。

 生まれ育った島は魔力量が多かったし、クルルカンも町は普通レベル、遺跡内は比較的魔力が濃かったので、このような低魔力の区域に足を踏み入れることは今までになかった。


「ニンゲンが多いからか?」

「それもあるかも知れないけれど、主な原因は鉄ね」

「そういや、この平原の地下には鉄の鉱脈が沢山あるんだったな」

「そう。でも同時に血石の鉱脈もあるし、自然も豊かだから、町の外はある意味相殺されているのだけれど」

「町なかは、緑も少ないみたいだしな」


 見たところ、石造建築物が多い。通りを何本か入ればまた違うのかも知れないが、馬車の外を流れる風景は灰色がかっていた。


 鉄および鉄鉱石は、現世界で産出する既知の物質で唯一、魔力を帯びていない。特殊な錬成で多少の魔力を帯びさせることも不可能ではないが(この加工はドワーフが得意だ)、労力と効果を考えると、魔法具や魔法の武器の素材としては不向きだ。

 魔法の武器には、魔力との親和性の高い銀が主に使用される。鉄に比して物質そのものの単純な強度は劣るが、それは魔法で補強可能である。精霊銀とも呼ばれるミスリル銀なら最良だが、こちらは希少金属だ。


 鉄の場合はそれよりも、魔力を受け付けにくい性質を利用し、魔法封じの道具として使われることの方が多い。例えば妖精や精霊や幻獣は特に鉄を嫌うため、鉄製の檻で捕まえるのが一番良いと言われる。

 魔術師たちも鉄製品を身につけることを嫌う。彼らが危険な場所に赴く際も金属鎧を身につけないのは、何も体力的な理由だけではない。中には筋骨隆々の魔法使いだっている。主な理由は魔法の威力や成功率が極端に下がるからだ。

 金・銀・銅貨があるのに鉄貨がないのも、魔術師の多かった古代魔法王国からの伝統によっている。



「安心して頂戴。私の家は、その辺、調整してあるの」

「そうか。アンタ、魔女だもんな。環境の魔力量が低いと色々都合が悪い、か?」

「まあ、そんなところかしら」


 メリザンヌは、左手で髪を耳の上にかき上げつつ、曖昧に笑う。

 アルマはまだ、ラップサンドをちまちまとかじっていた。随分じっくり味わっている。


(アルマは別段、いつもと変わっていないな。そうか、こいつ、情報を魔力に変換してるとか言ってたっけ。俺と違って、周囲の魔力量に左右されないのか)


 逆に言えば、周囲の魔力で自然回復出来ないということになる。彼が情報に飢えている理由が、今更ながらに理解できた。

 シャイードは座席の縁に肘をつき、流れる景色を見遣った。


 南門からまっすぐ北に伸びるこの通りは道幅が広く、左右には商店と宿泊施設、飲食店などが軒を連ねている。

 やがてその道幅が、僅かに狭まってきた。緩やかな上り坂になる。旧い城壁とやらが目と鼻の先だ。そちらは門が開け放たれていて、人や馬車が自由に走行している。


「うふふー」


 メリザンヌが謎めいた笑みを浮かべた。


「な、なんだよ」

「実は今、川を渡ってる」

「えっ!?」


 右も左も、建物が並んでいて川などはどこにも見えない。


「我は気づいていたぞ。上り坂になる直前で、左右の道から段差が見えた」

「川と言っても人工の運河だけれど。橋の上にもこの通り建物が建っているから、ここからだと水面が見えないのよね」


 道は話している間にも下り坂に変わり、旧南門の下をくぐり抜けた。


「水路はここの他にも、町のあちこちを走っているわよ。道路よりも一段低くなっているから、近づかないとわかりにくいけれどね。広い水路もあるけど、場所によっては建物の下を貫通していたりもして。重量物の運搬は、主に水路を使っているわ」

「重量物?」

「町の西側には鍛冶工房街があるの。そこで作られた武器や鎧や蹄鉄から、車輪に鍋に包丁なんかの日用品までがね。この町の主要産業は冶金と鍛冶よ。西街区にはドワーフの職人が沢山住んでいるわ。それを北や東街区へと運ぶ流れ。北街区には兵営があるし、東門からアロケル川に合流する水路を伝って、さらに遠くへと出荷されていく」

「へえ……」

「乗ってみたいものだな」


 漸くサンドを食べ終わったアルマが、口を挟んだ。シャイードは気怠げに魔導書を振り返る。


「お前、船から落ちて、懲りたんじゃないのか」

「我は懲りたりしない。それに海と水路では、全然違うであろう?」

「あら、そうだわ! アルマは海に落ちたあと、全然浮かんでこなかったみたいだったけれど、大丈夫だったの?」

「我は」

「あ、ああ! 全然大丈夫だった! ほら、こいつ、魔法使えるし。な、アルマ!」


 シャイードは急にクッションから身を起こし、アルマに答える隙を与えぬよう、早口で話した。


「まあ。水の中でも呪文が唱えられるの、アルマ」

「いや、」

「こいつはほら、ええと。そう! 凄く息が長いんだ。魔術的呼吸法? みたいな!」

「シャイード、嘘は」


 シャイードは全く空気を読もうとしないアルマの口を、片手でバシーンと叩いて塞いだ。

 アルマはもごもごと、多分苦情を言おうとして唇を動かした。掌がくすぐったい。


「………。ふふっ。いいわ、聞かないでおいてあげる。こうして二人とも無事だったのですもの、それで充分だわ」


 メリザンヌはうっとりとした視線を、アルマではなく、シャイードに向けた。

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