表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】竜と魔導書  作者: わーむうっど
第一部 遺跡の町
11/350

虜囚

 シャイードはまとわりつくような重い眠りから覚めた。

 後頭部がずきずきと痛む。それに、全身がこわばっている。


(ここは……)


 天井が白い。そのせいか、周囲が妙に明るかった。

 そのとき、よどんだ沼に清水が流れ込むごとく、記憶が戻ってきた。

 はじかれたように身を起こす。


(テントの中か。俺は……)


 大きなテントのようだ。何人かが集まって会議が出来そうな広さがある。

 手に違和感を覚えて視線を落とすと、両手両足はロープでしっかりと縛められていた。

 ボディバッグは同じテントの隅に置かれていたが、背負っていたクロスボウは無い。


(くそっ、油断した)


 そのとき、入り口が動いて男が姿を現した。


「お、目が覚めたのか」

「……!」


 シャイードは身を固くして構える。

 それとは正反対に、入ってきた男はリラックスした雰囲気だ。

 彼も帝国の軍服を身につけていたが、ややだらしなく着崩されている。

 そのせいか、どことなくやさぐれて見えた。

 年は30代半ばほどだろうか。

 焦げ茶色の髪。濃褐色の瞳はやや垂れ気味で、口の周りには無精ひげが生えていた。

 口端が片側、あざ笑うかのごとく持ち上げられている。

 そして片手には、シャイードのクロスボウがあった。


「俺の……! 返せよ!」


 シャイードは縛められたままの両足を折り曲げ、立ち上がろうとする。

 その額に向け、クロスボウの先端が向けられた。

 緊張が走る。


「いい子ちゃんにしてな。そうすれば、無傷でおうちに帰してやるから」


 低い声で脅された。

 シャイードはぎりと歯をかみしめたが、この状況で抵抗するほど愚かではない。至近距離でのボルトの威力は、誰よりも自分がよく知っている。

 やがて男は、クロスボウの先端を上に向けた。


「こいつぁ、随分変わった仕組みを取り入れているじゃねえか? ええ? どこで手に入れたんだ」

「………。作った」

「ほぉ……。お前さんがか」


 男は片眉を上げ、シャイードを見た。

 その後、彼を回り込んでテントの奥へ入り、座面が布一枚の、簡易な椅子に腰掛ける。

 両手に掲げたクロスボウを、くるくると回しながら裏表を眺めた。


「器用なもんだ。それに、弓の両端に滑車がついた形なんて、初めて見たぜ」


 男は感心したように言い、クロスボウを背後の木箱の上に置く。

 そして両手を組み、膝の上に肘を置いて前傾姿勢になった。


「……で? 引き上げ屋さんよ。お前さん、ギルドの通達は聞かなかったのか。この遺跡は今、学術調査のために封鎖してるんだぜ?」


 シャイードは男を前髪の下からじっと見つめる。

 男は口端を持ち上げた笑いを貼り付けたまま、答えを待っていた。

 シャイードは居住まいをただし、なるべく大きく見えるように背筋を伸ばした。そして答える。


「知っている。――俺は酒場から依頼を受けて、人を探しに来ただけだ」

「なるほどねぇ」


 言葉には、表面的な響きがあった。男は聞く前から事情を知っていたようだ。

 既にゲートの見張りから報告を受けていたのだろう。


「そういうことなら、おじさんたちがちゃあんと探しておいてやるから。お前さんはとっとと町に帰るんだな」

「嫌だ、と言ったら?」

「あは、そういうこと言っちゃうんだ? この状況で?」


 男は面白そうに肩を揺らした。両手を広げる。


「いいねぇ、おじさん嫌いじゃないよそういうの。若気の至りっての? いいねぇ」

「……馬鹿にしてんのか!」


 シャイードは思わずかっとなって声を荒げた。


「そうだよ」


 男の声が急に冷える。

 いつの間にか、瞳が笑っていなかった。


「おじさんはねぇ、お前さんに頼んでるんじゃないんだ。――命令してるんだよ。それを分からないかなぁー? 分からないとしたら、馬鹿だよね?」


 シャイードは男をにらみつける。


「そういうわけにはいかない。彼女の無事を確かめないと。ここには来なかったか? アンタたちが捕まえているんじゃないのか?」


 縛められている両手を掲げてみせた。こんなふうに、と。

 男は両手を挙げて首を振る。


「そんな、誤解だよ? おじさんたち、こう見えて学者だからね? 手荒なまねなんて!」


 シャイードは突っ込まない。

 スルーされたことを特に気にした様子も無く、男は手を下げた。


「悪いけど今はね、無理なんだ。遺跡には入れないんだよ」

「……捕獲とやらで?」


 男は質問に答えない。だが、半眼になり「あいつら……」と呟いた。


「アンタたち、帝国兵だろ。こんなところで何をやってるんだ?」


 この質問に、男は意表を突かれたようだ。

 瞠目したあと、手をまぶたに当てて上を向いた。


「あー……、それを知っちゃったかぁ。知っちゃってたのかぁ……」


 芝居がかった仕草だ、とシャイードはいらいらした。


「ごめんねぇ、ボク。そういうことなら、お前さんをおうちに帰すのは、ちょーっと難しくなってきちゃったかも知れないんだ」

「はぁっ!?」

「ボスにね、確認しないと。そんなわけで、お前さんはもうしばらくここで休んでな。ボスは夕方までには戻るはずだから」

「お、おい……! 何で帝国兵がこんな辺境に……」


 シャイードの問いには答えず、話は終わりとばかりに男は片手を振って立ち上がる。

 そして再び虜囚の前を悠然と通り抜け、天幕の入り口に手を掛けた。


「待てっ! アイシャは……、彼女は遺跡に潜ったのか? 一人で!?」


 立ち去る背中に向け、シャイードは早口に尋ねた。

 男は立ち止まり、答えるべきかどうか少し迷う様子を見せた。


「そうだ。でも、違う」


 考えながら答え、肩越しに振り返る。


「潜った先には調査隊がいる。一人じゃないだろ。……たぶん、な」


 男はそれを最後に、外へ出て行った。「見張ってろ」と、外にいる誰かに命じているのが聞こえる。

 シャイードは深いため息をつく。

 少しも安心は出来なかった。


 ◇


 夜になっても、調査隊は戻らなかった。

 シチューとパンが与えられ、シャイードは両手を縛られたままで食事をした。

 先ほどの男がやってきて、上の空で貧乏揺すりをしている。


「話が違うようだが」


 夕食を食べ終えたシャイードは、器を遠ざけながら男をにらみつける。

 男はちらと彼に視線を送り、また前を見た。

 答えがなくとも、シャイードは焦らない。

 再びここに来たと言うことは、男は何らかの話をするつもりなのだ。


「ボスとやらが戻らなかったら、俺はずっとこんなところにいなくてはいけないのか?」


 男は黙りを決め込んでいる。

 シャイードは挑発する表情を浮かべ、


「それとも今度は、本国に確認するのか? ”辺境で捕らえた男の処遇を、どうしたらいいでしょう”って」

「うるせえな! 軍人ってのはそういうもんなんだよ!」


 勢いで返してから、男ははっと口をつぐむ。

 シャイードは声を立てて楽しそうに笑った。


「やっと白状したか。いいぜ、腹割って話そう」


 男は苦虫をかみつぶした表情をしていたが、鋭く息を吐き出した。


「仕方がないよなぁ」


 彼は首を振りながら椅子から立ち上がり、シャイードに近づく。

 すぐ傍にしゃがみ込み、シャイードの瞳を覗き込んだ。

 唐突に男は悲しそうな表情をする。


「ガキを手に掛けるような真似、おじさん全然性分じゃないんだよ……。それだけは分かってくれよな、ボク」


 その手には腰から引き抜いた短刀が握られていた。


「何、を……、」

「余計なことを知っちまったやつを処理するのは、こいつが一番手っ取り早くてな」

「……っ!!」


 シャイードはとっさに両腕両足を引き寄せて首筋と内臓をかばい、目を閉じる。

 両腕に意識を集中させた。


 男は短刀を逆手に構え、勢いよく振り下ろした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ