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【完結】竜と魔導書  作者: わーむうっど
第二部 妖精裁判
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成長の儀式

 一行は、種を植えた場所へと再び戻って来た。


「それじゃあ、やるぞ」


 シャイードは流転の魔法剣(フラックス)を鞘から抜き、柔らかく水を含んだ土の上に切っ先を下にして突き立てる。

 小剣は刃渡りが短いため、片膝を立ててしゃがんだ。

 柄の上に両手を重ねて目を瞑る。剣に魔力を通そうとしたところで、手の甲に温かさが触れた。反射的に目を開くと、ロロディが手を重ね、左隣ではにかんだ笑顔を浮かべている。

 続いて右隣にはローシが進み出た。ロロディの上に、その手を重ねる。


「みんなで一緒にやれば、妖精樹はもっと喜ぶよ! きっと!」


 ロロディはそう言って、アルマにも無言で協力を促す。アルマは少しの間、首を傾げていたが、やがてローシの後ろから、大きく身をかがめて手を置いた。最後にフォスが乗っかる。

 シャイードは鼻から笑いの気配を逃し、再び目を瞑った。


「フラックスよ! 命を、……育め!!」


 流転の魔法剣を通して、願いが魔力の奔流となって妖精樹の種へと注ぎ込まれる。

 周囲を柔らかく、温かな魔力が包みこんだ。集中を解き、瞼を開く。剣の向こう側で、掘り返して埋め戻した土が小さくうごめいている。

 シャイードは立ち上がりながら小剣を引き抜き、土を払って鞘に収めた。皆もそれぞれ数歩ずつ下がる。

 固唾をのんで見守るうち、土の中から淡い緑色をした双葉が芽吹く。それはするすると成長して、シャイードの肩の高さほどの若木となって成長を止めた。

 ロロディは「やったー!」と大喜びで手を叩く。


「うむ。上出来じゃろう」


 ローシも嬉しそうだ。フォスは、木の枝周りをぐるぐると回っている。

 シャイードは息を吐き出した。


「もっとあっという間に大木になるのかと思ってた。フラックスの力を使ったのに……」

「成長の遅い木ほど、堅く力強く大きくなるものじゃよ」


 ローシが何度も頷き、枝振りを見上げながらヒゲをしごく。

 アルマは若葉の一枚を指先で挟み、触感を味わっていたが、シャイードの方を向き直った。


「安心するのだ。この葉から、強い魔力を感じるぞ」

「枯れたりしねぇかな……。虫に食われたり、嵐になぎ倒されたりして」

「そこはほれ、地妖精ノームであるわしに任せい」


 ローシが突然、胸を叩いて宣言し、シャイードは「えっ!?」と驚きを返す。


「なんじゃ? わしは暇だと言ったであろうが。しばらくの間、ここで妖精樹を見守ってやるぞい」

「いいのか? だって、こんな何もないとこ……」

「ふぉふぉ。心配することはないぞ。わしも妖精の道くらい、ちゃちゃーっと作れるからの」

「そうなの、ローシ! 凄いなぁ!!」


 ロロディは目を丸くした。ローシは腰に手を当てて胸を反らした。


「そしたらオイラも! ローシのお手伝いしたい。いい? オイラさいけんも沢山あるから、必要なときにはみんなにも手伝って貰えるし!」

「ロロ……」

「ねえ、シャイード! 任せて! オイラたち、きっとここを、元通りに……、ううん。元よりもーっと、素敵な場所にしてみせるから。そしたらシャイード、もう痛くならないでしょ?」


 ここ、とロロディは自分の胸に手を当てた。

 シャイードは恐い顔をして、ロロディの胸を見つめた。すぐに目を閉じ、唇を噛みしめる。

 痛い。まただ。

 胸の奥が、……酷く痛む。

 シャイードは震える唇を開き、何も言わずに閉じた。もう一度、唇を噛みしめる。

 目頭がつんとする。悲しくもないのに、おかしな事だった。

 俯いて何度か呼吸を整えた後、漸く顔を上げる。笑顔を向けようとしたのに、なんだか表情筋が上手く働かなかった。眉尻が下がったまま、不完全な笑みをロロディに向ける。

 新たな、妖精の友に。


「……ああ、そうだな。いつか、この若木が大樹になる頃には、たぶん」


 おそらくそれくらいの、長い長い時間が必要になるだろう。

 あの優しい風景を破壊したのが自分であることに、折り合いをつけるには。自分で自分を、幾らかでも許せるようになるまでは。

 シャイードにはこの樹の行く末を、見守る責務がある。

 厄災などに邪魔されるわけにはいかない。


 フォスが突如として興奮し、四人の周りをぐるぐると回り出した。


「どうした、フォス……、あ」


 シャイードはフォスの動きに導かれ、視線を持ち上げた。アルマ、ロロディ、ローシが続く。

 太陽に背を向けたその先に。

 通り過ぎた雨雲をスクリーンにして、空に、大きな虹が架かっている。

 イ・ブラセルの再生を、祝福しているかのようだ。

 ロロディは大喜びで跳ね回った。フォスもだ。ローシの表情は眉毛と髭に埋もれて分からないが、満足げにヒゲを撫でている。

 シャイードはまぶしそうに目を細めた。


 帝国までの、平坦な船旅になるはずだった。

 それがどうした運命の悪戯か、捕らわれ、記憶をたどる旅に出て、罪を自覚し、傷つき苦しんだ。早くも旅を投げ出しそうになった。

 そうならなかったのは、今ここにいる者たちが支えてくれたからだ。

 そして今、自分の腰には王の証がある。

 師匠の遺志だから、やむを得ず。納得はしていない――。

 そんな旅が、少しだけ変化した。自分の意志で、進んでみようと思えた。相も変わらず、ガラではないと思いはすれど。


『雨がなければ虹もなし』


(……虹が出るために、必要な雨だったんだ)


 シャイードは師匠の言葉の意味を噛みしめていた。



「汝らは何を喜んでいる? ただの光の屈折現象であろう」


 隣に立つアルマが、いつもの平坦な声で言う。

 シャイードは、むっとして隣を見上げた。

 折角の気分に水を差されて、何かひとこと言ってやるつもりだった。しかし魔導書の横顔を見て思い直す。

 彼は何かを感じ取ろうとしていた。ともあれ、シャイードはそう受け止めた。

 やがて虹を見上げていたアルマの視線が、シャイードの元に舞い降りてくる。


「我には虹から、現象以上の情報を汲み取ることは出来ない。しかし、この光景は目立つところに記録しておくことにする」

「目立つところ?」

「例えば、扉だな。さすれば、すぐに見返せるであろう?」


 シャイードは戸惑い、視線を周囲に向ける。


「扉って、……どこの家の?」

「家ではない。表紙を開いてすぐのところだ」

「……、………。! 本かよ!?」


 シャイードは勢いよく突っ込んだ後、「いや、本だった」と呟いて目を閉じ、小さく首を振った。それからもう一度、アルマを見上げる。


「お前、そんなに頻繁に見返す……思い出すつもりなのか? ただの光の屈折現象なのに?」


 怪訝そうな問いかけに、アルマは再び虹を見遣る。虹は薄れ始めていた。

 しばらく、何の返答もない。

 再びシャイードに視線が戻ってきたとき、アルマは困惑しているように見えた。


「そう判断した。いずれは汝らと同じように、見えざる情報を引き出せるであろうか」

「……ふはっ。知らね」


 シャイードは頭の後ろで腕を組み、興味なさそうに答える。その口端は、この小さな変化を面白がるように持ち上がっていた。

こちらにて、第二部「妖精裁判」は完結となります。

読んで下さり、ありがとうございます。


第三部、二人の旅はいよいよ帝国へとその舞台を移します。

果たして厄災を滅ぼす手がかりは見つかるのでしょうか。

引き続き、おつきあいいただけましたら幸いです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] お疲れさまでした!裁判編面白かったです!! そつがなさそうでいて穴を通る時にこけたりするアルマは妙な所が抜けている気がします… 第三部も楽しみにしてます。
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