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【完結】竜と魔導書  作者: わーむうっど
第二部 妖精裁判
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さいけん

 シャイードは何度も瞬いた。


「それって……」


 と呟いたきり、口元に手を当てて押し黙る。

 単に一頭しか生き残ってない事を強調したようにも受け取れなくはない。

 だが、複数生き残った内の(・・・・・・・・・)一頭、という受け止め方の方がより自然だ。


(どっちだ? いるのか? 俺の他にも、ドラゴンの生き残りが――!?)


 しかしサレムから、そのような話は毛ほども聞いたことがない。黙り込んでしまった王に困惑し、エルベロはアルマを見上げた。

 アルマは何ら表情を変えず、シャイードを観察している。と、思ったら急に口を開いた。


「汝の弟竜が、生き残っている可能性があるのではないか?」


 シャイードはこれに対し、即座に首を振る。


「いや、それはない。俺もそれは真っ先に考えて、ずっと昔に師匠に問うてみたことがあるんだ。そうしたら師匠は、弟たちの卵の欠片を見せてくれた。あの日(・・・)、あの山で壊されたのだと。色や模様が全部違っていて、全員分あった」


 シャイードは腿の上に置いていた拳を、ぎゅっと握った。


「……俺だけはあるひとに連れ去られて、あの場にいなかったから、破壊を免れたんだ」

「そうか」


 アルマは静かに言った。エルベロがため息をつく。


「でしたらやはり、深い意味は無かったのでしょう。いえ、これはわたしが勘ぐりすぎましたな。失礼を」

「いや。しつこく聞いたのは俺だ」


 シャイードはエルベロの謝罪に、片手を振って答えた。


「まあいいさ。ドラゴンに関しては、気長に探すつもりだ」

「はい。そちらについても、何か分かりましたらお知らせします」

「ん。頼んだ」


 シャイードはシーツに後ろ手をついて名残惜しそうにベッドの天蓋を見上げたが、突然、瞠目して姿勢を戻す。


「そうだ、天蓋! 湖の裂け目に、光が漏れないような、何か海の中でも目立たない色のシートを掛けてしまえば良いんじゃないか?」


 エルベロは自慢のヒゲを捻り、ほうほう、と興味深そうに頷く。それから笑顔になった。


「わかりました。では妖精王の最初の政策、ということで、各所に協力を要請しましょう」


 シャイードは得意げに口端を持ち上げる。


「任せたぞ」


 ◇


 結局、王の私室にはそれほど長く滞在せずに、シャイードはもとの小部屋に戻ってきた。

 そこでロロディと遅めの昼食を摂り、準備が整い次第、出立することを決める。


「オイラ、寂しいな」


 シャイードがいなくなると聞き、ロロディはあからさまにしおれた。彼はそれまで身につけていなかった大きな肩掛け鞄を提げている。

 頭には花冠が飾られ、首からはピカピカ光る金色のメダルが下がっていた。


「まあ、妖精の道を作ればすぐ戻って来られるから。いなくても、いるようなもんだろ」


 彼があんまりにも落ち込んでいたので、シャイードはたまごサンドをかじりながら横目で口にする。


「うん……」

「それより、ロロ。なんだよお前。ちょっと見ない間に随分キラキラになりやがって。その膨らんだ鞄の中身はなんだ?」

「あ、これ? これは”さいけん”だよ」

「さいけん? なんだそりゃ」


 ロロディが鞄の口を止めていた大きなボタンから紐を外し、フラップを開いて手を突っ込む。無造作に中から取りだしたのは何枚ものピンク色をした花びらだ。

 シャイードには見覚えがあった。


「あ、それって、カタツムリに貼り付けてあった……」

「シャイード、賭けを見てたの!?」

「あ、いや、その……。別に見てないっつーか。後から聞いただけっつーか……」


 ついうっかり口を滑らせ、シャイードはしろどもどろになる。だがロロディは「そっか」とあっさり納得した。


「オイラ、さりばんでシャイードがムザイになる方に賭けたんだ! そしたら、シャイード、ムザイになったでしょ? ムザイに賭けてたの、オイラしかいなかったんだ! だからこれ、ユーザイに賭けた妖精たち全員分の花びら!」


 ロロディは矢継ぎ早に言葉を紡ぐ。シャイードはあっけにとられて瞬いていたが、飲んでいたジュースから顔を上げたアルマが横で「債権か」と正しい発音で呟いたことにより、何となく理解する。


「うん、そう。さいけん。賭けに負けた妖精、ひとりひとり、全員に対して、オイラその妖精が持ってるもので欲しいもの、いつでもこれと引き替えに貰えるんだ」

「へぇ……。すげえな、ロロ」

「えへへ。でしょ?」


 ロロディは誇らしげに胸を張り、取り出した花びらを鞄の中に大事そうに戻した。


「その花冠も、メダルも、花びらと引き替えたのか」

「この鞄もだよ! これは一番に引き替えたんだ。赤い帽子のおじさんから」

「なるほどな。……でもロロ。もし俺が有罪になっていたら、お前どうなってたんだ? 大事な笛とか、取られてたんじゃないのか?」

「あっ! そうかもね! 笛がないのは涙が出るよね!」

「何も持たぬ債務者からは、どうやって取り立てをするのだ?」


 アルマの問いに、ロロディはそちらに向き直る。


「あのね、貰うのはものじゃなくても良いんだ。お願いを何でも一つ、叶えて貰えるの。その妖精が出来ることだけだけど」

「お願い、ねぇ。……って、負けてたらめちゃくちゃ大変だっただろうが! あの圧倒的不利な状況で、普通、無罪に賭けるか!?」


 しかもシャイードは知っている。数え間違えさえなければ、有罪だったのだ。針の穴を通すような奇跡が繋がっただけで。

 シャイードの突っ込みに、ロロディはきょとんとした。


「でも勝ったよね? なんでシャイードは負けた心配したの? 負けてないのに」

「いや、だから、負けるかも知れなかったわけで!」

「負けなかったよ? だから、心配いらなかったよ」

「シャイード。こやつに過ぎ去った仮定の話をしても無駄だと思うぞ」

「俺も今、理解したわ」


 ロロディは頭に”?”を浮かべながら、にこにことしている。

 ふぁーあ、と気の抜けたため息をついて、シャイードはテーブルに肘をついた。食事はあらかた済んでしまっている。


「俺、考え過ぎなのかなぁ……」

「汝は言うほど、考えすぎではないと思うぞ。もっと考えてから選択を下した方が良い、とごく(・・)最近、やっと気づいたばかりではないか。早速曲げるでない」

「塩山に飛びつこうとしたお前にだけは言われたくねぇわ!」

「情報を得て魔力を蓄積することは、汝の助けになる。我の深遠な思慮が、何故伝わらぬのだ、シャイード」

「また上から!」

「それが嫌なら背を伸ばせばよかろう」

「そ・う・じゃ・ね・え!」

「王様の仕事はいっぱい考えることだもんね! オイラ、王様にだけは、なりたくないなぁ」


 言い合う二人の向かいで、皿を片付けながらロロディが楽しげに笑った。


 ◇


 腹ごなしを終えたシャイードは、元の身軽な衣服に着替え、背中にボディバッグを背負った。

 水棲馬に食い破られたり、ビヨンドに貫かれたりした箇所は、全く分からないほど見事に繕われている。頭の角もできる限り小さくし、それを隠す布を新たに巻いていた。妖精樹の種は、王宮から運び入れて貰っている。

 フォスは妖精樹の種が気になるのか、その上で円を描いていた。


「そんじゃまあ、そろそろ行くか、アルマ」


 散歩にでも誘うような気軽な口調で、隣へと声を掛ける。


 部屋の中央に立ち、妖精の道を開くべく流転の魔法剣(フラックス)を手に集中していたところ、ドアが開いてロロディが転がり込んできた。

 左肩に、大きなシャベルを担いでいる。

 シャイードは一旦手を止めた。


「何事だ、ロロ」

「待って、シャイード! オイラ、種を植えるの手伝いたい!」


 そして背後にもうひとり。ローシだ。杖をつき、逆の手を背中に回したまま歩いてくる。


「坊主、わしも一緒に行って良いかの? 裁判も終わってしもうたし、退屈でのぉ」


 シャイードは呆れたように半眼になった。


「遊びに行くんじゃねぇんだが」

「まあまあ、良いではないか」

「良いではないかー!」


 シャイードは鼻を鳴らしたが、断りはしなかった。

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