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【完結】竜と魔導書  作者: わーむうっど
第二部 妖精裁判
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最後のドラゴン

 それからエルベロは、妖精王の私室へとシャイードたちを案内すると言い、王宮を出た。エルベロとシャイードが並び、アルマとフォスはその後ろに続く。

 アルマは先ほどから、エルベロの虹色の羽に興味津々だ。触る許可は得られなかっため、間近から観察を試みている。

 エルベロは、最初こそ視線を気にして度々背後を振り返っていたが、シャイードと妖精郷について言葉を交わすうち、アルマの存在を忘れた。

 彼は短い足をせせこましく動かしながら歩き、シャイードは少しゆっくり目の歩調を取る。

 木漏れ日の差す回廊を歩きながら、シャイードは口を開いた。


「なあ。聞いて良いか」

「何かご不明な点でも?」


 そうじゃない、とシャイードは首を振る。まっすぐに前を見て、逡巡の後に言葉を続けた。


「アンタ、サレムの知り合いだったんだよな?」

「そのことですか」


 エルベロはため息をついて肩を落とす。彼もまた、遠くを見る瞳になった。


「非常に残念なことでした。サレムはイ・ブラセルの管理者であり、盟友でしたから」

「どうしてサレムは、……一人で厄災について研究をしていたんだ?」

「昔は一人ではなかったといいます。沢山の研究者と共に、厄災を送還する術を探していたと」


 シャイードはこの言葉に、小さく息をのんでエルベロの方を向いた。


「それって、……はるか昔の話、だよな?」


 エルベロは頷く。


「陛下もご存じの通り、サレムは人ではありませんからな」

「ああ、そうだよな」


 やはり、とシャイード。サレムは見た目は人間に見えるけれど、呪文も魔導具もなしで魔法を使うことが出来た。

 つまりそれこそが、彼が人間ではない証拠だ。

 それでいて、彼は人間が編み出した呪性魔法の研究者でもあった。


 魔法というのは本来、古い生き物たちに生まれつき備わった能力だ。彼らはその能力を使うのに、呪文を必要としない。

 原初の人間は魔法を全く使えなかったという。人間はあるとき、古い生き物たちから魔法を盗んだのだけれど、彼らがそれを使いこなすためには呪文が必要だった。

 この世界の万物(ただし、鉄を除く)がそうであるように、人間の身体にも僅かながら魔力を貯めることが出来た。しかし彼らは魔力を直接練ることが出来ず、呪文という特別な言葉、魔力を弄るための言語を介してのみ、これに指向性を与えられる。

 彼らは手に入れた呪文を試行錯誤で組み合わせ、洗練させていった。呪性魔法の探求者達は魔術師、魔法使い、魔道士、呪術師、魔女などと呼ばれ、研究のために集住し、やがて塔を建てた。

 塔は都市になり、国になり、やがて魔法王国の礎となった。

 魔法王国の最盛期にはさらに呪文の研究が進み、魔導具に代替させることによって人間が呪文を唱えずとも魔法を発動できるようになった。魔銃もその一つだ。


「わたしもあの島の管理者となる前の彼のことはよく知らぬのです。ひとつだけ、彼が酔ったときに、聞いたことがあります。厄災を封じた者たちの中に、彼の大切な人がいるのだと」

「つまり1000年前の、英雄達の中にか……」


 シャイードはエルベロを見たまま、目を細めた。

 エルベロは歩きながら足元に視線を落とす。


「途方もないことです。サレムはさぞや無念だったことでしょう」

「………」


 シャイードの視線も、自然と下を向いてしまった。


 ◇


「着きました」


 エルベロの声で顔を上げると、木々に囲まれた広場に、巨大な白い円錐形の巻き貝が置かれていた。

 巻き貝の周りには、色とりどりの花々が咲き乱れている。貝の天辺には、煙突らしき突起も見えた。

 シャイードは足を止め、首を後ろに倒していく。それに合わせて口が開いていった。


「すげえ……」


 これほど巨大な貝を背負うのは、一体どんな生き物なのか。

 招かれるまま、貝の殻口にあたる扉を開いて中に入る。内部はくりぬかれて一体となった広い空間になっていた。貝の上部に五枚の花びらの形に切り抜かれた窓が何カ所かあり、明るい日差しがカーテンのように降り注いでいる。床には草色のふかふかした絨毯が敷き詰められていた。

 内壁は真珠質にきらめき、艶やかで滑らかだ。フォスは天井に向かって狭くなっていく空間を、らせん状に飛びながら上っていった。アルマは入口付近の壁を観察し、撫でている。


「もうエルベロの羽は良いのか?」

「謎は解けた。魔法ではなく構造色だ。夕焼けの仲間だぞ」

「?」

「この壁の輝きも」


 羽と夕焼けと貝殻に何の関連があるかは分からぬが、なにやら納得したらしい。エルベロは背後に張り付いていた重圧がなくなり、ほっとした様子だ。

 室内は植物を編んだついたてで四つの区画に分かれていた。扉から入ってすぐはリビングで、その奥が執務室、左手奥に寝室、そして入口の左隣はトイレや浴室になっていた。


 シャイードが一番気に入ったのは寝室だ。何しろ、天蓋付きの丸い大きなベッドが置かれていたのだ。


「おおー! これだよ、これ! 王らしいベッド。ふははっ!」


 クッションもたっぷり置かれたそこにダイブする。シーツは清潔で、花畑の香りがした。

 エルベロは、俯せで脱力するシャイードに目を細めて、満足げに頷く。


「折角ですから、旅立つ前に、しばらくここでゆっくりされてはいかがですかな、陛下」

「………」


 シャイードはその甘い誘惑に、あと少しで屈してしまいそうになった。

 ドラゴンは眠るのが大好きだ。

 この居心地の良いベッドで眠るのは、どれだけ幸せだろうと考えてしまう。

 だが彼は、ベッドの上で半回転して仰向けになり、両手を前に突き出して上体を起こした。


「そういうわけにもいかない。アルマによれば、厄災は既に目覚めている可能性もあるらしいんだ」

「左様ですか……」

「そうだぞ、ぐずぐずはできぬ」


 アルマが遅れて寝室にやってきて、花の形の天蓋を支えるねじれた柱を撫でた。


「こうしている今も、どこかでビヨンドが世界膜を食い破っているかも知れぬからな」


 シャイードはベッドに腰掛けた姿勢で頷く。眉根を寄せ、自らの掌を見つめた。それを握り込んで顔を上げる。


「師匠のためにも、お前らのためにも、……ビヨンドはやはり、俺が何とかしなくてはいけない。……と、思う……」

「陛下……」


 エルベロがしんみりと王を見つめると、シャイードは腕組みをした。


「ま、まあ? あくまで俺の同胞(ドラゴン)を探すついでだけれどな! ついで!! ……エルベロは何か知らないか? 俺以外にドラゴンが生きているって話を聞いたり、噂を聞いたりとか」

「はて。わたしが知っているドラゴンは、サレムが隠し育てた貴方だけでした。サレムも、陛下のことを最後のドラゴンだと……」


 そこまで話して、エルベロは言葉を止めた。口元に手を添え、視線を左に動かして押し黙ってしまう。何かを思い出そうとしている様子だ。

 異変に気づき、シャイードは座ったまま彼の方に身を乗り出した。


「? どうした?」

「いえ。……深い意味はないのかも知れません。言葉の綾だと思いますが……」

「なんだよ、言えよ」

「………。もしかしたら陛下のことを、最後のドラゴンの一頭・・だ、と言っていたかも知れません」

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