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【完結】竜と魔導書  作者: わーむうっど
第二部 妖精裁判
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妖精の道

 閉廷後、元の妖精王に呼ばれ、シャイードとアルマは王宮へと出向いた。

 王宮のドームは法廷のものと似ていたけれど、広さはこちらの方が上だ。磨かれた石床には、縦横無尽に水路が走り、屋内だというのにあちこちに植物や木々が生え、東屋まである。

 木々には果物がたわわに実り、植え込みには花が咲き乱れ、羽妖精や光精霊がそこかしこで休んでいた。フォスはその輪の中にふわふわと飛んでいく。久しぶりの仲間に会えて、嬉しそうだ。

 玉座はドームを支える巨大な樹の根元で、その洞にしつらえられている。


「今はそなたの席だ、シャイードよ」


 前妖精王はエルベロと名乗り、その座を勧めた。

 シャイードは気圧されながらも、「お、おう」と返事をして妖精王の玉座につく。樹にまとわりついていた蔓植物の花が、歓迎するようにシャイードの周りで咲いた。

 座面には柔らかな苔が生えており、座る者の身体を優しく受け止めてくれる。

 にもかかわらず、なんだかしっくり来ず、シャイードは何度も尻の座りを確認してしまった。

 対照的に、アルマは当たり前のように、玉座の隣に立った。


「で。俺に何の用だ、エルベロ」


 脚を組み、片方の肘掛けに体重を掛けてシャイードが問う。


「はい、シャ……、陛下」

「シャイードでいいよ、気持ちわりぃ。話し方も。急に変えられないだろ」

「では失礼して。シャイードよ、これをそなたに託したい」


 エルベロが指を鳴らすと、いつの間にか近くに来ていたモリグナが、彼の背後から進み出た。

 三羽は一抱えある茶色い球体を運んでる。

 表面はつるりとしていて、木質だ。床に置かれた音からして、それなりの重量もありそうだ。


「何だこれ」

「これは、妖精樹の種だ」

「妖精樹の……?」


 シャイードは玉座から身を乗り出し、球体を見つめる。アルマが彼の方を見て口を開いた。


「汝は気を失っていて知らぬだろうが、これは歪み鏡が残したものだ」

「えっ!?」


 思わずアルマを振り返った。だが言われてみれば、気を失う寸前に、大きな物が落ちる音を聞いた気がする。


「ビヨンドの正体が、妖精樹の種……?」

「つまり、あのビヨンドは妖精樹の種をウツシとしていたのだ。汝がつながりを断ち切り、種は解放された」

「あのとき、お前が喰っちまったんじゃないのか」


 アルマは首を振る。


「我が喰ったのは情報だけだ」

「でも、前に白蛆を倒したときには、何も残らなかったぞ!?」


 今度は魔導書は首を傾げた。


「果たしてそう言い切れるか? ウツシ本来の姿が小さすぎて、見落としただけかも知れぬ」


 シャイードは瞬く。それから下唇に人差し指の背を当てた。


「……ま、まあ、確かに。そこまで良くは見なかったからな……」


 白蛆のウツシが本当に蛆とか、ナメクジ大の何かだったら、完全に見落としただろう。


「それにあの時はウツシを殺したが、今回は殺していない。その違いかも知れぬ」

「え……、あ。そう言えば、こいつで命を吸っただけだな」


 シャイードは左腰の小剣の柄を軽く叩いた。

 エルベロが目を細めて頷く。


「そなたは暴走する妖精樹から、ほどよく命を吸って種の状態に戻した。よくあの瀬戸際で、流転の王笏(フラックス)の力を最大限に引き出せたものだ」

「必死すぎて良く覚えてねぇけどな」


 シャイードは照れて視線を逸らした。何も特別なことをした覚えはない。

 しかしすぐに何かに気づいてエルベロに瞳を戻す。


「でも、『託す』って?」

「そなたの妖精王の力で、イ・ブラセルを蘇らせて欲しいのだ」

「!」


 シャイードは瞠目して固まった。やっと口を開いたときにも、言葉が喉に張り付いてなかなか形にならなかった。

 一度、唾を飲み込んでからようやく、小さなささやきが口をつく。


「戻せる……のか? あの島を」


 元妖精王は、重々しく頷いた。


「そなたにこそふさわしい仕事だ。是非、頼みたい。……陛下」


 言ってエルベロは腰を折った。その後ろで、モリグナの三人も深々と一礼する。

 シャイードは視線を落とし、目を瞑った。

 あまりにも沢山の感情が――安堵、困惑、贖罪、希望、後悔、喜び、等々――が、一度に押し寄せて、心音が乱れた。玉座の肘掛けを強く握り込む。

 嵐のような感情の波が落ち着くまでは、しばしの時間を要した。だが最後には瞼を開き、まっすぐに頭を持ち上げる。


「無論、それは俺の仕事だと思う」


 この言葉に、エルベロもモリグナも、明らかにほっとしたようだ。こわばっていた身体の力が抜けるのを、シャイードは目の当たりにした。「だが」と彼は続けて懸念を口にする。


「ここからあの島は、かなり距離がある。俺たちが向かっていた帝国とは反対方向の、東の海の、ずっと外れだ」


 シャイードが眉根を寄せたのを見て、エルベロとモリグナが顔を見合わせた。

 それからエルベロが、一歩踏み出して口を開く。


「恐れながら我が君。……妖精界を通れば、現世界の距離などは全く問題になりませんぞ。陛下に”妖精の道”の開き方をお教えしましょう」


 シャイードはエルベロの言葉に、いつの間にか自分への敬意が宿っているのに気づいた。戸惑いながらも彼は、「ああ、頼む」とだけ答えた。



 ”妖精の道”は妖精界を介して現世界の二カ所、或いは妖精界と現世界の一カ所ずつの座標を、つなぎ合わせる魔法だ。

 転移魔法に似ているが、原理は全く違う。

 転移魔法が空間はそのままに、術者の身体を移動させるのに対し、”妖精の道”は空間の方を変位させる。

 また、任意の二カ所というわけにはいかない。妖精界と現世界は近しい世界で、場所によって世界膜が薄くなっている。現世界でも比較的魔力濃度が高く、自然が豊かで、妖精の姿が見られるのだが、現世界側に道を開けるのはこのような、世界の境界が曖昧な地点のみだ。

 つまり、現世界側には既に環境による決められた門が存在し、術者が出来るのはどの門からどの門へ抜けるかを決定し、鍵を開けることだけだ。

 その上、妖精界を通らなければならない性質上、この魔法を使えるのは一部の妖精と、妖精に祝福された者に限られた。


 シャイードの場合は、妖精界の魔法具アーティファクトである流転の王笏(フラックス)の力を使うことになる。

 術者がよく知る門へしか道を繋ぐことが出来ないところは、転移魔法と同じだ。


 王宮内の開けた区画で、”妖精の道”の開き方を教わりながら、シャイードは元妖精王と並んでいた。

 呪文などは必要ない。シャイードは王笏を変形させた流転の魔法剣(フラックス)を構え、イ・ブラセルを強く想起しながら切っ先で空中に円を描いた。

 切り取られた円の中に、朽ち果てたイ・ブラセルの光景がぼやけた遠景として見えている。

 画像にはノイズが入り、揺れたり乱れたりして安定しない。

 しかしエルベロは、「初めてにしては上出来ですな」と褒めてくれた。

 その後も彼の指導を受けつつ集中を続け、魔力の注ぎ方を注意深く修正していく内に、画像が鮮明になっていった。


「ふむ。良いでしょう」


 エルベロの言葉でシャイードは小剣を鞘に収め、肩の力を抜く。気づけばもの凄く疲れていた。”妖精の道”を開く魔法は、流転の魔法剣があれば難しくはないが、かなり魔力を消耗するようだ。

 円は小さくなっていき、やがて消えてなくなった。アルマがその消えた空間を、手で触っている。


「ビヨンドの破壊による穴と違い、世界膜には影響がないな」

「世界にとっては針穴ほどの穴を、ほんの数十秒間開くだけの魔法ですからな。しかも元々、融け合いやすい薄膜の地点にのみ、です。こういった場所は、時期や周囲の魔力などの条件次第で自然に繋がることさえもあります。故に、元に戻る力もそれなりなのです。現世界で道を開ける場所を知りたければ、妖精を探せばよろしい」

「そう言えば、海の中には歪み鏡が喰い破った穴が空いていたのだったか。妖精界と現世界の間の。あれはどうするんだ、アルマ」


 アルマは姿勢を戻し、目を閉じて小さく首を振る。


「どうにも。怪我と同じで、世界の治癒力に期待するしか当面手はない」

「そうなのか……」


 シャイードは眉根を寄せて腕を組んだ。


「まあ、見つけづらい場所ではあるが、少し心配だな」

「左様。やがてはふさがっていくことでしょう。その前にニンゲン達がこちら側に大挙して押し寄せる事態にならねば良いのですが」


 エルベロも難しい顔をする。


「近づく船を妖精たちに脅かして貰うか?」

「却ってニンゲン達の興味を惹いてしまうやも知れませんな」

「交易船の航路上ってところが、懸念材料ではあるな。時差で光って見えるし、夜に注意深い者が覗いたら異常に気づくかも」


 うーん、と新旧二人の妖精王は対応に頭を悩ませた。二人の様子を交互に観察していた魔導書が口を開く。


「空いてしまったものは仕方あるまい。それよりも、これ以上世界膜を喰われぬようにする方が重要だぞ。治癒が間に合わぬほど穴だらけになれば、世界は死ぬ」

「まあ、それもそうだな。エルベロ、ビヨンドやその影響については今後、妖精界でも監視して貰えるか? 何か分かれば、俺に知らせて欲しい」


 エルベロが胸に手を当てて一礼する。


「ご命令の通りに。ということは陛下は妖精樹の種を植えた後も、旅を続けるのですかな?」


 問いかけに、シャイードはアルマを一瞥した。その後、エルベロに視線を戻す。


「俺が王としてお前らにしてやれることは、脅威を取り除く努力くらいだからな。留守の間、ここのことはアンタに任せるよ、エルベロ。俺より慣れてるだろうし」


 エルベロは一瞬言葉に詰まった後、ため息をついた。眉尻が下がっている。


「どうした? 不服か?」

「ああいえ。漸く元の自由な妖精に戻れるかと、少し喜んでいたのですが。陛下のご命令とあらば仕方ありませんな」


 シャイードは目を丸くした。あれほど堂々として王らしく振る舞っていたエルベロが、まさかその役を厭うていたとは思いも寄らなかったのだ。


「そうなのか? 俺はてっきり……」

「はは、正直申しますとな。『王笏を寄越せ』と命じられたとき、わたしは内心、『しめた!』と思ったものですよ。王はつまらない役です。なんというか、皆の輪から外された気持ちでした。それまで対等だった皆との間に、見えない段差が出来てしまったようでしてな。孤独でした」

「そう、だったのか……」

「それならば、シャイード。汝には適任だな。汝は孤独が大好きであろう」

「うるせー。お前がそうやってべったり張り付いている限り、俺に孤独な日々は戻ってこねーんだよ」


 シャイードはアルマに向けて舌を出す。エルベロは含み笑った後、彼の王を優しい瞳で見つめた。彼は自慢のヒゲを指でつまんで捻る。


「結局のところ、わたしも妖精なのです。歌って踊って、楽しいことだけ考えていたいのですよ、陛下」

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