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【完結】竜と魔導書  作者: わーむうっど
第二部 妖精裁判
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妖精裁判 判決

 シャイードは一瞬、呼吸を忘れた。だがすぐに、目を閉じて静かに息を吐き出す。


「そうか。……それは困ったな」

「困っている場合か。汝、旅を続けることに決めたのであろう?」

「……ああ」


 シャイードは頷く。アルマの片手が腕に掛かったままだ。


「でも大罪人として逃亡したら、折角の王の力が生かせないぞ。妖精の協力は得られないだろうから」

「しかたあるまい。世の中、思い通りになることの方が少ないものだ」


 シャイードは片顔で笑った。


「お前らしくもないセリフだな?」

「何を言う。この世界に喚ばれた瞬間からずっと、我の思い通りにはなっておらぬのだぞ」

「ふはっ、そうだったな。……まあ、腕を切り落とすかどうかは、罰の内容を聞いてからでも遅くはないだろ。俺たちは妖精の法について、部分的にしか知らない」


 アルマはシャイードの腕を解放した。主の横顔をじっと見つめる。


「……汝。少し変わったか?」

「そうか?」


 呟きを拾い、シャイードはアルマに視線だけを向けた。シャイードは落ち着いている。有罪が下されると知りながらも、どこかリラックスしているように見えた。

 一時だけ、黒と金の視線が空で絡みあったが、シャイードはすぐに視線を正面に戻す。


「正しい選択のためには、まず状況をよく見極めなくてはいけない。そう思っただけだ」


 アルマもつられて正面に顔を向けた。

 集計を終えたらしいバロメッツが、裁判長の元へ走っている。

 いよいよ判決だ。


 バロメッツは両手の蹄をじっと見、それから空を仰いで、再び蹄を確認する。

 そして裁判長になにやら耳打ちした。

 裁判長は二度三度と頷き、聞き取りを完了する。

 この場にいる全員の姿勢が、その様子に集中していた。



「よろしい」


 バロメッツが一礼して離れていくと、裁判長は立ち上がる。


「それでは判決を言い渡す。被告人は前へ」


 言われるがまま、シャイードは席を離れた。

 彼は胸を張り、堂々とした様子で歩む。王権の証(レガリア)である流転の魔法剣(フラックス)に左手を添え、ゆったりと。急に増えた肩書きを、難なく演じている。

 それもそのはず。彼はドラゴンであり、その気質は生来の王者なのだ。何者にもまつろわぬという孤高さにおいて。

 その立派なたたずまいに、有罪に投じた妖精たちの中からさえ、「ほぅ」というため息がこぼれた。

 今この瞬間のシャイードを見て、裁きを受けるために進み出たと思う者は誰もいなかった。まるで戴冠式に臨む若き王のように、妖精たちの目には映っていたのだ。


 裁判長は、その様子に目を細める。それから重々しく、口を開いた。


「シャイードよ。我が盟友、サレムの養い子よ。そなたの犯した罪について、妖精の法廷はたった今、一つの結論に達した」


 シャイードは何も言わず、瞬きもせず、裁判長を見上げて罪の名が自身に降り注ぐのを待つ。不思議と怖くはない。

 右手の弁護席から、アルマの静かな視線とローシの(眉毛越しの)思慮深い視線を肌に感じる。その後ろではロロディが両手で笛を握り、瞼をぎゅっと瞑っていた。

 彼らの期待に添えなかったことは残念だと思う。けれどシャイードは、真実という得がたい記憶を取り戻すことが出来た。後悔はない。


「黒竜シャイード。妖精の法廷はそなたを……無罪とする」


 裁判長が高らかに宣言した。直後、わああ! と妖精たちから喚声が上がる。無罪に投じた妖精からは勿論、有罪に投じた妖精たちからもだ。

 あのモリグナでさえ、揃ってシャイードに翼による拍手を送っている。フォスは肩の上でぴょんぴょんと跳ねた。



「………、え?」


 目を瞑り、しみじみと罪の名を味わおうとしたシャイードは、あっけにとられて周りを見渡した。

 それまでに纏っていた王者の威厳は、どこかへと吹き飛んでしまう。

 彼はぽかんと口を開いた間抜け面をさらし、大はしゃぎする周囲に取り残された。


「な、なんでだ!?」


 思わず、うわずった声で裁判長に詰め寄る。裁判長は細めていた目を瞬き、不思議そうに若き王を見下ろした。


「なんで……、とは。あー、厳正なる裁判の結果、ここにいる妖精たち全員でそう、判断したのだ」

「いや、おかしいだろ。有罪に投じた妖精の方が、多かったんじゃないのか?」


 裁判長はバロメッツと視線を交わし、二人は揃って首を振った。


「無罪が232、有罪が231で、そなたは無罪と判定されたぞ」


 シャイードは耳を疑い、目を剝いてアルマを振り返った。アルマはきっぱりと首を振っている。

 我は数え間違えなどしておらぬ、と言っているようだ。

 だとすれば……


「数え……間違い……?」


 シャイードは小さく呟いた。いや、違う。アルマに聞いたのと数字が似ている。

 バロメッツは王に報告するとき、一瞬戸惑っていたように見えた。その際に、カウントした数字の前後を一部、間違って伝えてしまったのだろう。

 そしてそのことに、彼自身も気づいていない。


 シャイードはそのことを、指摘しようと口を開き掛ける。そこにロロディが飛び出してきて横から抱きついた。


「シャイード、おめでとう! オイラ、ずっと信じてたよ! シャイードは勝つって、ずっと信じてた!!」


 ロロディは遠慮無く、シャイードの衣服に頬ずりした。

 ローシとアルマも、席から離れて近づいてくる。

 シャイードはロロディの頭を撫でながら身を解き、困惑の視線を彼らに向けた。


「ローシ、アルマ。俺……」

「これでいいんじゃよ、坊主」


 意外にも、ローシはにこにこしていた。眉と髭に埋もれていても分かるくらい、嬉しそうだ。


「でも」

「悪意なく数え間違えられたトロンプロンのメヘゴニーネ回数は、有効」


 ローシが杖をシャイードの鼻先に突きつけ、きっぱりと言い放つ。そして頷く。


「その混沌すら要素として許容する。これぞ妖精流の、正しい裁きなのじゃ」


 シャイードは緊張がほぐれ、一気に脱力した。膝が笑っている。その場で座り込みそうになるのを、アルマが後ろから支えた。というより、首根っこをつかまれている。


「なん……っ、それ……。裁判の意味は? 俺の覚悟は、一体……」


 威厳は欠片も残さず吹っ飛んだ。親猫に運ばれる子猫、あるいは洗濯物のようにぶら下がった王に向かい、ローシはかっかと笑う。


「裁判の意味はあったに決まっておろう! 数えてみるまで結論が分からぬほど、有罪と無罪が拮抗しなければ、そもそも数えない。すなわち、数え間違いなど決して起こらぬのじゃ。坊主、よくやった。よくぞ戦い抜いたな。わしゃ、こんなに嬉しく、興奮したのは久しぶりじゃよ。いやはや! 今ならバララッカにだって参戦できそうじゃぞ!!」


 ローシは両腕を振り上げ、がに股で屈伸を始める。ロロディが隣で、その滑稽な様子に腹を抱えて笑った。


「だが……っ! 間違いで覆る判決なんて、ちっとも正しくないだろうが」


 シャイードは納得がいかず、脱力したまま眉根を寄せる。ローシは姿勢を戻し、ゆるゆると首を振った。


「もとより法に正義などないのじゃよ。法はあくまでただの法。時代と共に価値も解釈も揺らぐ、おぼろげなルールでしかない。それも虫っ喰いの、穴だらけのじゃ。本当の正義こたえは、坊主が学びとったように、ひとりひとりの心の中にこそあるものなんじゃ。裁きとはそのきっかけに過ぎぬよ」

「わからねぇ……」

「それでいいんじゃ! 法があるお陰で、みんなは何が正しいかを考えるのじゃ。そうして考え続け、問い続けることこそが、正義せいかいに至る唯一の道だと、わしは考えておる」

「考え、……続ける……」


 シャイードは呆然と繰り返す。その言葉は、やけにすんなりとシャイードの意識に染みこんできた。

 両脚に力を入れ、何とか自力で立つ。アルマが手を緩めた。シャイードは一度瞼を閉じて黙考した後、きりっと顔を持ち上げる。


「アンタの言う通りだ、ローシ。憎しみに身を委ね、一つの考えに固執したとき、俺は獣になった。もう二度と、同じ過ちは繰り返すまい」

「少しは我が主らしくなってきたようだな、シャイード」


 アルマが身をかがめ、耳の後ろでささやく。途端に、シャイードは自分の発言が気恥ずかしくなる。


「お前、なんでいっつも上からなんだよ!」


 息の掛かった耳をかばって振り返り、鼻を鳴らして抗議した。


 間もなく、モリグナによってシャイードの手首から枷が外される。

 そして裁判長は改めて、居住まいを正して高らかに宣言した。


「本日は、これにて閉廷!」

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