妖精裁判 9
翌日。
ビヨンドによって破壊されてしまった法廷ではなく、森に囲まれた広い草原に、妖精たちは集合していた。
広場には法廷を再現する位置に、テーブルや椅子が配置されている。裁判長の席は、屋内の時のような見上げるほどの高座ではなかったが、検察席や弁護人席より多少は高くなっていた。
被告人席は、屋内の法廷と同様、弁護人席の隣に用意されている。
傍聴する妖精たちには席はなく、その周りをゆるりと取り囲む立ち見だ。草地にそのまま座り込んでいる者もいれば、飛んでいる者も多い。
モリグナは三人とも、戸惑いの表情を浮かべて正面席のシャイードを見つめている。新たな妖精王に、どんな顔を向ければ良いのか決めかねているのだろう。
ローシとアルマはシャイードの隣にいた。フォスは肩の上だ。
そしてシャイードは、落ち着いた様子で胸を張り、まっすぐに前を見つめていた。だがその瞳は、モリグナを見ていたわけではない。彼は考えに沈んでいた。左手は腰に佩いた、石榴石の輝く魔法剣の柄に置かれている。
ビヨンドとの戦闘で折れるまでは、愛用の小剣を差していた場所だ。短刀はいつもと同じように、腰の後ろに身につけていた。
着ていた衣服は戦闘で破損してしまったため、今はロロディから届けられた服を身につけている。
最初に届けられた服は、妖精王にふさわしい(と妖精たちが考えた)キラキラした派手なものだったのだが、シャイードは即座に断り、落ち着いたモスグリーンのチュニックとぴったりした黒のボトムを身につけている。ブーツは自前の、膝下丈の革のもの。
チュニックは灰緑色の糸で葉や蔦模様の刺繍が施されていた。裾は前が短く、後ろが長くなっており、派手ではないがどことなく気品がある。
王冠やサークレットも拒否した。シャイードの頭には、黒竜の立派な角が生えている。彼にとっては何よりも誇らしい王冠だ。例え自らの獣性に幾分思うところがあったとしても、シャイードはやはりドラゴンであり、ドラゴンは自らを誇りに思う生き物なのだ。
裁判長は、前妖精王がそのまま務める。
本来は妖精王が裁判長を務める決まりだが、公判中に王権の移譲が起きるという変則的な事態が生じたためだ。
しかも新たな妖精王が、よりによって被告人なのである。
以上を頭と身体に花のつぼみつけた、二足歩行の羊が聴衆に説明した。
妖精たちはこの説明にほとんど注意を払っていなかったが、裁判長が姿を現すと静かになった。
いよいよ今日、判決が言い渡されるのだ。そして決定権を持つのは、妖精たち自身なのである。
「それでは中断していた裁判の続きを、始めることとする。昨日は神聖な法廷に歪み鏡が乱入するという大事件が起きたが、幸い、死者も怪我人も出さずに済んだ。討伐してくれた被告人には、妖精たちを代表し、この場を借りて改めて感謝の意を表したい」
裁判長は冒頭、そう述べてシャイードに一礼した。
シャイードは小さく顎を引く。
(まあ、そもそも呼び寄せたのはアルマだが)
それも、シャイードを逃がすために画策したことだ。ゆえに礼を述べられると、なんとなく居心地が悪い。
取り囲む妖精たちからも、ぱらぱらと温かな拍手が寄せられた。裁判の前からは考えられない変化だ。
とりわけロロディは聴衆の最前列で、ピョンピョンと飛び跳ねながら拍手を送ってくれた。
「うぉほん。さて、判決に移る前に。被告人シャイードよ、最後に何か言いたいことはあるか?」
シャイードは少しだけ考え、無言で頷く。
「うむ、よろしい。では発言を」
「分かった」
シャイードは裁判長に短く答え、妖精たちを見回した。妖精たちは自分たちの新しい王であり、大罪人でもあるドラゴンの発言を、静かに待っている。
言葉を探す数瞬を挟んだ後、シャイードは口を開いた。
「……俺は初めてこの法廷に立ったとき、『何故俺がこんな面倒に巻き込まれるのか』と訝しんだ。告げられた罪状は全く身に覚えのないもので、言いがかりも甚だしいと憤った。他者の運命を、祭りのように楽しむお前らに腹を立てたし、真偽を確かめず周囲に同調して、考えなしに心ない言葉をぶつけるお前らを、軽蔑もした」
シャイードは一度言葉を切り、目を瞑る。それからまたゆっくりと開き、落ち着いた声で先を続けた。
「しかし真実は俺の思っていた通りではなかった。結果としてはお前らが正しかった。そこに至る経路が正しくなくともな。――俺はお前たちの法など知らない。お前たちが俺の罪をどう感じるかなど、もっと知ったこっちゃない。ただ俺は、俺が犯した罪については、今は誰よりもよく知っている。今日、ここでどのような裁きが下されようと、俺の中の罪は何も変わらない。俺はこれからそれをずっと抱え、生きている限り何度も考えるだろう。例え失った友が、それを望んでいなかろうとも」
(泣いて笑って、忘れてしまえと、アイツなら言うだろうな)
シャイードは失われた笑顔を思い出し、小さく息を吐き出す。
「正直、断罪される方がずっと楽だと、一度は考えた。罪も世界も、背負うには重すぎるからだ。妖精であるお前たちから罰を受ければ、犯した罪が軽くなるとどこかで錯覚もしていた。その結果、お前たちが世界と共に滅び去るとしても、それはお前たち自身の選択の結果で、俺のせいではない――そんな意地の悪い責任転嫁さえ、心のどこかにはあった」
シャイードは自嘲し、肩をすくめた。
「でも今は、そうは思わない。俺は図らずもお前らの王になったからだ。そうなるとお前らは俺の身内だ。俺にはお前ら妖精のために、まだ出来ることがある。そう、気づかされた」
シャイードは横目でアルマを見た。アルマはまっすぐ前を見ていて、シャイードの視線には気づかなかった。
「俺を許せないというなら、それでいい。許してくれるなら、それでもいい。でも礼は言わん。俺自身は許して欲しいと思っていないからな。俺は俺を曲げない。だからお前らも、心のままに俺に判決を下せばいい。ただし判断を他者に委ねるな。自分で考え、自分で判断しろ。俺の罪については、これ以上俺に知らしめる必要はない。言った通り、それは俺が一番よく知っている」
シャイードは首を振り、「以上だ」と裁判長に告げた。
裁判長は難しい顔をして聞き入っていたが、シャイードの言葉が途切れたことで我に返った。
シャイードを見返し、小さく頷いた後、顔を上げて聴衆に呼びかける。
「それでは早速だが判決に移るとしよう。妖精たちよ、被告人である黒竜シャイードが、有罪と思うものは赤のエリアへ。無罪と思うものは青のエリアへ移動するのだ」
裁判長が片手をぴんと伸ばし、頭上に掲げる。そしてまっすぐ前に振り下ろした。広場の空間が二つの色に分かれる。
モリグナのいる検察席側が赤い空間。シャイード達のいる弁護人席側が青い空間だ。
傍聴していた妖精たちは、歓声を上げると、一斉に大移動を始めた。
妖精たちは楽しそうだ。
俺の言葉は届いたのだろうか、とシャイードは訝しむ。それからゆるりと首を振った。
師匠の言葉が思い出される。
妖精はしたいようにする。彼らを教育することは出来ない、と。
空を飛んで移動するものもあれば、検察席や弁護席の脇を走り抜けるものもいる。行ったり来たりするものや、シャイードの前に立って、ぼやっと見上げてくるものもいた。
しかし、事ここに至って、シャイードに出来ることは何もない。
「あと10数えたら、締め切るぞ」
なかなか移動が終わらないのを見て、裁判長がカウントダウンを始めた。
すると妖精たちはなおさら、きゃっきゃと歓声を上げながら、移動をするのだ。
しかしそれ以上に、きちんと自分の意志で決定をし、早々に移動を完了させた妖精が多かった。
シャイードはそれを、意外な様子で見守る。
「ふむ……。これはなかなか、良い勝負ではないか?」
見渡していたアルマが呟いた。
そうなのだ。
有罪の側にいる妖精と、無罪の側にいる妖精。
どちらが多いとはっきりとは分からぬほど、拮抗していた。裁判の前からは考えられない大きな変化だ。
「……2、……1、……そこまで!」
裁判長が手を叩くと、空を飛んでいた妖精もそのまま空で動きを止める。
「これはこれは……、ううむ。一目でどちらとは言えぬ結果になったようだ」
裁判長は右手の有罪側、そして左手の無罪側を見比べ、眉根を寄せた。
「書記官! 急ぎ、妖精たちの数を数えてくれ!」
バロメッツは頭の花を揺らしながら、数を数え始めた。
集計作業が続いている途中で、アルマが唐突にシャイードの腕を取った。シャイードは怪訝そうに隣を見上げる。
アルマは横顔を向けている。その視線は、妖精たちに向いていた。
「何だ?」
「駄目だ、シャイード。逃げるぞ」
「何言ってるんだ、お前。まだ……」
シャイードは目を見開く。腕を外そうとしたが、アルマはしっかりと握っていた。
その視線が、シャイードの上に戻ってくる。
「我はもう数え終わった。無罪側が223、有罪側が231。妖精8人の差で、汝は有罪だ」




