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【完結】竜と魔導書  作者: わーむうっど
第二部 妖精裁判
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妖精王

 シャイードが意識を取り戻したとき、アルマの端正な顔がいきなり間近にあった。


「おわっ!」


 慌てて彼から離れようと後退り、……支えの右手がベッドの端を捉え損ねた。上半身が逆さまになだれ落ちる。

 両腕が左右に広がり、床に張りついた。起き上がろうにも目眩がして、力が入らない。


「何をやっておるのだ、全く」


 ベッドを回り込んできたアルマが、逆さまに見下ろしている。


「うるせー! お前こそ、いきなり心臓に悪いだろうが!!」

「汝の意識が戻りそうだったから、見ていただけだ」


 言葉通り、心臓が早鐘を打っている。異形の魔導書に対する恐怖は、まだ少しも和らいでいないようだ。

 アルマは制約上、自分に従うと分かっている。

 だが野生の獣が炎を恐れるように、人間が暗闇を恐れるように、こればかりは本能的なものでどうしようもない。

 異形の瞳に、全ての存在を喰らい、無に還すごとき深淵を感じるのだ。

 シャイードはアルマが伸ばしてきた片手をしぶしぶ取り、ベッドの上に身体を持ち上げて貰う。貧血で頭がくらくらした。


 ここはシャイードが今朝まで使っていた部屋だ。着ていた衣服は脱がされ、生成りの貫頭衣を着せられている。慌てて胸元に手をやり、ペンダントを握り込んで安堵した。

 今、部屋にはアルマとシャイードの二人だけである。

 いや、フォスがいた。

 フォスはシャイードの足元の辺りで、ベッドにちょこんと乗っている。

 なんだか元気がない。


「フォス」


 シャイードが片手を伸ばすと、フォスは迷ったように揺れた後、遠慮がちにその手の上に乗った。シャイードはフォスを撫でる。鳥の羽毛の一番柔らかいところだけを集めたような、ふわふわしておぼろげな、淡い感触が返った。

 そこで気づいたが手首には、未だに手枷がある。

 芯に鈍い痛みの残る頭で、シャイードはぼんやりと思い出してきた。


「俺……、そうだ。アルマ、裁判はどうなった?」


 アルマは再びベッドを回り込み、元の場所に戻ってきた。

 ベッドサイドに置かれた低い椅子に腰を掛ける。両手を組み、じっとシャイードを見つめた。その表情からは、答えが全く汲み取れない。


「どうなったと思う?」

「いいから勿体ぶらずに教えろ」

「判決は明日に延期された。汝が重傷を負ったからな」

「ハッ。こんなの、怪我の内に入らねーよ!」


 シャイードが片手をひらりと振って強がる。


「だろうな」


 アルマが手を伸ばし、一番重傷の左脇腹をぐいぐいと押した。


「ここまで運んできたときには、もうあらかた傷口は塞がっておった。知ってはおったが、ドラゴンの再生能力は強力だ」


 ぐいぐい。ぐりぐりぐり。


「イデッ……イダダダダ!! 確認はいいが、少しは容赦しろ……! 完治したわけじゃねぇぞ!」


 アルマは漸く手を離す。

 槍状の触手によって穴を開けられた場所には包帯が巻かれていた。が、どれも出血自体は既に止まっている。


「妖精界は魔力イーサが濃厚だからな。怪我の治りが早くて助かる。てか、お前が運んでくれたのか?」


 シャイードは意外そうな顔をした。アルマは無表情で頷く。


「その貧相な腕で?」

「汝は小さくて軽いからな」

「はー!? 今、なんつったこのやろう! イテテ……、これ傷口開いたんじゃねぇか! アルマ!?」


 さっきのぐりぐり、なんか力一杯だった気がする。

 シャイードが涙目になると、アルマは何となく嬉しそうに見えた。いや、表情は先ほどから全く変わっていないから、やはり気のせいだろう。


「存外、元気そうだ」

「……うっせー」


 シャイードは視線を逸らし、舌打ちした。頬がほんのり赤い。

 フォスはふわふわと漂い、シャイードの右肩の上に場所を移す。そこにも怪我がある。心配そうに明滅していた。

 シャイードは眉尻を下げる。


「フォス、お前は気にしなくて良いよ。……悪いのは全部コイツ」


 魔導書を親指で示して述べた後、シャイードは視線を落としてため息をついた。

 左手の人差し指で小さな円を描くように、フォスをつつく。


「違うな……俺だ。イ・ブラセルでのこと、……悪かった。お前、それでも俺についてきてくれたんだな、フォス。全部知りながら」


 フォスは何も話せなかったが、シャイードの指にふわふわと絡みついた。シャイードはその様子に、心を慰められる。


(アルマにも何かを言うべきだろうか)


 視線を落とし、シャイードは考える。頬に視線を感じるが、今更ながらに醜態をさらしたことが思い出され、まともに彼の顔が見られない。


(いーや、やっぱ駄目だ。弁護はともかく、こいつがビヨンドを呼び寄せたから怪我をしたんじゃねーか! 礼なんか、言ってやるか)


 シャイードは口をへの字に結び、鼻を鳴らす。



 扉の開く音がした。


「よーせーおーー! オイラだよ。ご飯持ってきたよー!」


 入って来たのはロロディだ。いつものように、料理が載ったカートを押している。

 シャイードはそちらへと視線を巡らせた。


「よう、ロロ。待ってたぜ。怪我をした後は、腹が減って仕方ないんだ」


 その後、シャイードは首を伸ばし、ロロディの背後を伺う。


「……? 妖精王も一緒なんじゃないのか?」


 扉はひとりでに閉まり、誰かが続く気配もない。

 返事がないので振り返ると、ロロディが奇妙な顔をして見つめていた。シャイードはアルマに視線を動かす。魔導書はすまし顔だ。

 何か妙な感じだ。いつもなら、疑問を放置する奴じゃない。つまり何ら疑問などなかったと言うことだ。


(ロロが”妖精王”と言ったように思ったが、聞き違いだったか?)

「シャイード、何言ってるの?」


 ロロディは皿をカートから降ろし、テーブルに並べながらちらちらとシャイードを伺っている。


「何って……、ロロが妖精王って言ったように聞こえたから、一緒に来たのかと思ったんだが」

「やだなぁ。だから、今はシャイードがその妖精王じゃないか」


 フォーンの少年が、あまりにも当然の口調で言うものだから、シャイードは納得して首を縦に振りかけ……、止まった。


「え? ……は!? 俺が妖精王ってどういう……」


 助けを求めるように、アルマを見る。


「……冗談?」


 アルマは黙って首を振り、部屋の隅を指さした。棚の上に、シャイードの装備が置かれている。ボディバッグと二振りの剣と、そして場違いな流転の王笏までもが。


「なんでここに王笏が……?」


 やれやれ、とアルマが棒読みで口にし、息をついた。


「汝は先代の妖精王に『王笏を寄越せ』と言った。先代の妖精王は了承して、汝に王笏を渡した。これによって、王権はつつがなく移譲されたのだ」


 シャイードは耳を疑う。ロロディがそばまで来て、固まっているシャイードの金の瞳を覗き込んだ。


「オイラ、前にそう言ったよね? 王笏を持つ者が、妖精王なんだって。何が不思議? シャイード」

「待ってくれ! 何か誤解がある。俺は、王笏をただ、ちょっと借りるつもりで」


 シャイードは混乱しつつ王笏とロロディの顔の間で視線を往復させた。

 アルマが主に向けて指を突きつける。


「汝、間違っておるぞ。返すつもりなら、『貸せ』と言えば良かったのだ。だが、汝は確かに『寄越せ』と言っていた」

「なんか聞き覚えのあるフレーズだな、おいぃ!?」


 シャイードは悲鳴を上げ、治癒したばかりの脇腹の傷が開いた。

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