忘れられたサンタはクリスマスに死ぬ
会社帰りの駅前で、サンタがツリーの前で死んでいた。
うん。とても奇妙な光景だと思わずにいられない。クリスマスだから変な人が出てくる時期なのは重々理解している。だが、それがサンタだとわかると立ち止まらずにいられなかった。
なぜそれがサンタだってわかったか。俺も最初はただサンタの格好をしたバイト君ではないかとは思った。だが……
1.隣に白い大きな袋。しかもおもちゃがいっぱい。
2.口とあごに蓄えられている白髭がどう見ても本物。
3.隣で心配そうに潤んだ目でサンタに寄り添っているトナカイがいる。
これだけのもの、普通のバイト君では釣り合わないし、やけに凝ったサンタクロースのコスプレだとしても過剰すぎる。いや、隣にトナカイがいる時点でサンタだ。
ここ奈良公園でも宮島でもない。それにあの巨大な枝角と牛のような大柄な体は決して鹿なんかじゃないトナカイだ。
そのトナカイであるが、ずっと雪で埋もれているサンタを起こそうと悲し気な低いうめき声を上げている。だがあのトナカイには申し訳ないが、まったくピクリとも動かない様子だともはや死んでいるのだろう。
彼らからすればフランダースの犬のような感じであるが、傍から見ればサンタが倒れているという絵面はどこか滑稽だ。
当人たちは大変なのにと不謹慎だとわかっている。しかし他の通り過ぎていく人たちよりはましだろう。みんなサンタの死体を遠巻きに眺めるだけで、誰も声を掛けようとせず携帯のカメラで写真を撮って去っていく。薄情な人たちだ。
このまま俺も立ち去るには後ろめたいので、救急車か警察でも呼ぼうと携帯を取り出す。すると、サンタの手がピクリと動いたのが見えた。
もしかして生きている? 俺はその手をいったん止めて、サンタに近寄る。同時にカメラが一斉に俺の方に向いた。ああ、そうだよなみんな気になるよな。俺の動向をカメラに収めんとする機械越しの群衆の目を一身に受け、どうか動きませんようにとそれが死体であることを祈った。
「あの、生きてますか?」
その言葉と同時にサンタが起き上がり抱きしめる。そしてシャッターが切られる音と共に真冬の駅前でサンタは叫んだ。
「わしまだ信じられとったー!! サンタ死んでなかった!!」
はい、余計なこと巻き込まれました!!
***
サンタを群衆から連れ出して近くの喫茶店に逃げ込んだ。この店には駅前のサンタのことを知っている客がいないようで、ちらりと赤いサンタ服の老人の姿を見る人はいるが、すぐに興味を失っていくのがほとんどだ。
群衆からまけて安心しつつ、目の前のサンタに質問した。
「あの……あなたサンタクロースなんですよね」
「うん。サンタだよ、死にかけだけど」
注文したショートケーキの生クリームをこどものように口ひげにつけながら包み隠さず答えた。偽物なら邪魔で取るはずだが、やはりそれは本物の髭なのだと認識させられた。ただ、ウェットティッシュで髭についたクリームを取ろうとしても元の色が白なのでどれがクリームか本人でもよくわからないようで苦戦していた。
「そりゃ、あんな道端で倒れていたばかりですから」
「いやそういう意味じゃなくて、最近サンタ信じる子が増えすぎていて存在が死にかけてるの、あれのせいで」
ふかふかの赤い帽子の間から、やさしいサンタおじさんというイメージを壊すほどに隣の席に座っている女性が持っているスマホを睨んだ。
「あれのおかげでわし死に体よ。『サンタ』で検索したら候補に『辞め時いつ』が出てくるの。わし終身サンタ業やっているの。勝手お前らに辞め時ってされても本物のこっちが困るの。今年もクリスマス前に仕事終えたら、「サンタのオジサン、寒い中バイトがんばってね」って子供に言われたの! わかるこの虚しさ、バイトの三文字だけでアイデンティティ崩壊させられた悲しみが!」
うぉんうぉん急に泣き声をあげるサンタ。でも気持ちはわからないでもない。俺も学生時代、白髭を付けたサンタの格好をしてバイトをした時、同じことを言われた経験がある。
本格的とまではいかないが、ここまでしたんだから楽しんでもらいたい一心でやっているのに「あんたの正体知っているんだよ」と変に見透かした子供の言葉は、氷柱のように鋭く冷たかったのを今でも覚えている。
「おまけにたまに来る手紙の中に、スマホがあるわけよ。スマホ。正直送りたくないの、だってサンタを失業させるもの送るんだよ。敵に塩を送るというより味方をスマホで寝取らせるの。めっちゃつらいよ。でも送らざるえないの、サンタだから」
たしかに嫌だよな自分の存在を消すものがプレゼントだんなんて。
サンタが顔を上げるとほくほくの赤い顔はなく、目だけが真っ赤になっていて、とても子供の前に見せられるものではなかった。
「もう嫌になってもう死んじまえって雪の中に倒れてやったんだ。そうすればニュースで『サンタ雪の中で凍死す!』って拡散して、心配する奴も出てくる算段じゃった……でも死ねなかったの。わし寒さで死ぬことがないの思い出したの」
「凍死しないんですか?」
「だって、サンタが真冬の空の中で凍死する? ないじゃろ。もう死体ごっこだよ。サンタの死体ごっこ。死のうにも死ねないのに、みんなスマホで物珍しがってパシャパシャ撮るの。みんなの笑顔を届けるのに嘲笑されるだなんて笑えんわ」
ここまで愚痴を聞いてきて可哀そうになってきた。
仕事を全うできず、死にたくても死ねず笑いものにされる。これほどの屈辱はないだろう。しかもそれしか生きる道がないとあればサンタというのは悲しい存在なのかもしれない。
「なんか大変ですね。それで子供たちにプレゼントを一軒一軒回って配るんですから」
「あー嬉しいねぇ。君のような人間がいてくれて、でもわしプレゼント送らないよ」
「は?」
「サンタがするのは、今日はクリスマスだからと無意識に親が買わせるように超能力で精神誘導させるのが仕事。今の子供は任〇堂のとかブランドもの欲しがるから全部外注だからね。手作りものなんていらんのよ。というか袋の中のこれも非売品だから、レプリカなの」
「それじゃ余計にサンタらしくないのでは」
「いいんだよ。だいたい今どきの家に煙突ないし、セキュリティ鬼厳しくなっているから忍び込もうにも忍び込めないの!」
現代の世知辛いサンタ事情にまた一歩踏み込んでしまったようだ。お酒は一滴も呑んでいないのに「あーもういっそサンタやめてやろうか!! でもわしおらんかったら、プレゼント誘導してくれんからクリスマス中止だしなぁ~」と飲み屋にいるおっさんのようなうわ言をつらつら垂れ流している。
これが本物のサンタだなんて誰が信じるだろうか。いやそもそも逆ではないだろうか。
「偽物がいるから本物が目立たなくなるのでは」
ぽつりとつぶやいた俺の言葉にサンタは急に愚痴を止め、袋の中からお代のお金を出した。
「これわしからの最後のクリスマスプレゼント。本物のお金だから安心しなさい」
「最後って?」
「やっぱわし今日でサンタを廃業するわ」
「え!? じゃあクリスマスは!」
「安心しなさい。クリスマスはなくならんさ、永遠にな」
どういう意味か聞こうと喫茶店から出るとサンタはいつのまにかそりに乗って、鈴の音を鳴らして雪空の中を去っていった。クリスマスにしてはとても寂し気な鈴の音を残して。
***
翌朝、昨日の駅前で倒れたサンタのことはニュースに取り上げられた。ネットニュースの小さな記事として。
サンタとしての名誉昨日サンタと会った駅前に着くと、もうすぐ選挙なのかもう季節外れであろうサンタの服を着た議員が街頭演説をしていた。
「サンタの皆さま。本日もお勤めご苦労様です。次期○○市総サンタ選挙では黒須丹山。黒須丹山をよろしくお願いします!」
……聞き間違いか思った。
だがその男は何度も同じ言葉を繰り返している。しかし最も奇妙なのは周り人たちが気にも留めていないことだ。何かのドッキリだとしても百人単位の人が往来する駅前で誰もおかしいと思わないのは奇妙だ。
もしやあの議員が奇行をしている駅前の交番でお巡りさんに先ほどの議員についてたずねると飽きれた顔を俺に向けた。
「何を言っているんだ。サンタがいるのは当然だろ」
開いた口が塞がらなかった。サンタがいるのは当然?
交番をでると、今度はサンタ服を着た人たちがぞろぞろと駅やバスの中に入っていくのが見えた。何かのコスプレでありたいと願ったが、そうでないのを周囲の無関心な人たちが証明している。
一連の事態を調べようとスマホを操作するが、まるで何事もないようにニュースが流れている。だが『子供たちのクリスマス商品の購買傾向』や『クリスマスのイルミネーションの量』とすべてがサンタの仕事に関しての内容ことが当たり前のように掲載され、書き込みをする人も当然のように受け入れている。
まるでみんな洗脳されているような……
すると、昨日のサンタの仕事と俺がサンタにに言ったことを思い出した。
偽物がいるから本物が目立たなくなる。つまり全員が本物のサンタクロースであるように精神誘導すれば問題はなくなるということだ。
ぞくぞくとサンタ服を着ている人が駅の中に入っていくのを傍観していると上司の姿が見えた。こんな事態であるが、挨拶はしなければと帽子を取った。
「サンタさんお疲れ様です」
「おお、奇遇だねサンタ君」