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05

 こういった具合に、新しい生活は多くの喜ばしい変化を齎してくれていたが、良い流れというものはいつまでも続くことはなく、必ず悪い流れに呑み込まれるものだ。

 人生の波なんてそういうものだと思うし、それは仕方がないと大抵の場合は諦める事が出来るんだけど……それでも、この突然の反故に関しては、さすがに酷くないかと文句を言いたくなるくらいには腹立たしさを覚えるもので――

「――貴方、ふざけているのですか?」

 俺なんかよりずっとご立腹な様子のミーアは、腰に下げていた最近購入したばかりの細剣の柄に手を掛けて、今にも目の前の相手を刺殺しそうな冷たさを滲ませていた。

 その凄味を肌で嫌というほどに感じているんだろう、不動産屋の担当者は青白い顔を浮かべ、冷や汗を滲ませながら、深々と頭を下げて叫ぶように言った。

「申し訳ありません! 本当に申し訳ありません! 契約して頂いた物件に大きな問題があったことが発覚いたしまして! お客様の安全の為にですね、泣く泣く契約はなかった事にしていただきたいと言いますか……!」

「その問題とはなんですか?」

 平謝りをする担当者に、ミーアは淡々とした口調で詰問をする。

「た、建物の構造的なものです」

「発覚したのはいつですか?」

「それは、その二日前といいますか――も、もちろん! 前金については後日返却をさせていただきますし、その、ええと、ええと……」

 二十歳くらいの担当者は、今にも泣きだしそうな表情を浮かべている。

 大の男がそこまで怯えてしまっているというのは、なんというか、見ていて忍びない。それに、この人が全面的に悪いかどうかもわからないのだ。責めるのはこれくらいで十分だろう。

「後日というのは、具体的に何日以内と考えればよいでしょうか?」

 出来るだけ穏やかな口調で、俺は訪ねた。

「は、はい、そうですね、ええと、十日以内には必ずお返しできると思います」

「そうですか。わかりました。では、十日後にまた窺わせていただきますね。それでは失礼します」

 頭を軽く下げて、俺は彼に背を向ける。

 ミーアはまだまだ不満そうだったけど、俺を無視してまで追及を続けるつもりはなさそうだった。

「まあ、こういう事もあるよ」

 外に出て、十秒ほど歩いたところで言う。

「……あのように軽視されるのは不快です。ああいう輩には正しく浅はかさの報いを与えるべきだと思いますが」

 どうやら想像以上に、ミーアはこの件に腹を立てているようだ。まあ、契約に関することだし、当然と言えば当然なのかもしれない。

「それは次でいいんじゃないかな? もし前金も返す気がないなら、その時は徹底的にやろう」

 そんな機会がないことを願うばかりだが、この言葉は本心でもあった。

 何事も一度くらいは警告を出してやるべきだとは思うけれど、それすら守れない輩に甘くしてやるほど、俺もお人好しというわけじゃない。

 なにより、こういう人間関係を放置するのは自分の立場を貶める可能性が高いのだ。対処は必ずしなければならない。

「それならばよいのですが……」そこで、ミーアは短く息を吐いた。「なんにしても、困りましたね」

「そうだね」

 今日不動産屋に足を運んだのは、カギを貰うためだった。

 つまり、今日からそこで生活をする予定だったのである。当然、宿はもうチェックアウトしているし、門出のお祝いと色々とサービスして貰った手前、またここでお世話になります、というのもバツが悪い。

「……とりあえず、別の宿でも探そうか? なにか候補とかってある?」

「すみません。宿についてはあまり。ただ、あの宿はトルフィネで唯一の国営宿のようでしたから、あそこより良い条件を見つけるのは難しいかと」

「あぁ、そうなんだ。……まあ、外からそんなに人はこないものね」

 道楽目的で来る、いわゆる観光客という存在はほぼ皆無だし、最も数の多い冒険者や商人だって百人程度しかいないらしいので、考えてみれば宿の数が少ないのは当然だった。

 というか、宿は最悪なんとかなるにしても、物件の問題が深刻だ。

 新しい宿の環境次第では、下地区への妥協も考えた方がいいのかもしれない。

 だとするなら、頼りになりそうなのは――

「――リッセ・ベルノーウ」

 こちらの思考を先回りするみたいなタイミングで、ぽつりとミーアがこぼした。

「あまり気は進みませんが、彼女の手を借りるのはどうでしょうか? 闇雲に探すよりは、そちらの方が効率的だと思いますし」

「……うん、そうだね。そうした方がいいかもしれないね」

 正直、ミーアと同じで俺もあまり彼女の手を借りたくはなかったんだけど、彼女なら中地区の空き物件を知っている事だってありえるのだ。ここはリターンの方が大きいという可能性に賭けるのも、そこまで悪くはないのかもしれない。

 そうと決まれば、足を止めたところで地面に置いていた諸々つまった大きなバッグを持ち上げて、俺たちはミーアが経営しているらしい酒場に向かって舵を切ることにした。



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