表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/47

04

 

「そうかい、もうじき出ていっていまうのか。それは寂しいねぇ」

 部屋にて今日の分の支払いを済ませたところで切り出した内容に、女将のミザリーさんは長々と息を吐いた。

「……すみません」

「いやいや、謝ることなんてないさ。あんたらが、この街を気に入ってくれたってことなんだろうしね」

 苦笑を浮かべながら、ミザリーさんは肩をすくめる。

「そうですね。ここは良い街だと思います」

「ムカつく貴族を除けばだけどねぇ」

「はは」

 今度はこちらが微苦笑を返すことになったが、それ以上の悪口に発展しないところが、この人のさっぱりした性格を物語っていて。

「――よし、決めた。今日はあたしの奢りだ。好きなもんなんでも頼みな」

「え? ですが――」

「遠慮はなしだよ、ミーアちゃん。これは門出のお祝いって奴さ。なんせ、あんたらは上客だったからね。部屋をあんまり汚さなかったし、壊しもしなかったし。下の階の奴なんて風呂場で糞しやがってさ、ブッ飛ばしてやろうかと思ったよ。ほんと、新しい客もあんたらみたいにまともならいいんだけどねぇ」

「……そういえば、隣に人に気配がありますね」

 ちらりと、ミーアの視線が左の壁の方に流れる。

 そっちは昨日まで空き部屋の筈だった。

「あぁ、今日の昼ごろやってきた新顔でね。なんでもシュノフから来たらしいよ」

「シュノフ……たしか、貴族至上主義の都市でしたか」

 微かに目を細めて、ミーアは呟いた。

「みたいだねぇ。あたしはあんまり知らないけど。多分、あたしみたいなのは生きていけない場所なんだろうね。まあ、なんにしても新しい客は歓迎さ。特に商人の類はどんなのでもこっちの儲けにもつながるし――って、そんな事より、食う準備が出来たら降りてきなよ。あたしの気が変わらないうちにさ」

 だっ、だっ、と決して軽くとは言えない力で俺の肩を叩きつつ、ミザリーさんは一瞬覗かせた強い嫌悪を仕舞いこんで、こちらに背を向けた。

「はい、ありがとうございます」

 その背中にお礼を言いつつ、ドアがけして大きくない音で閉まるのを待つ。

 豪快に見えて、こういうところは粗雑じゃないあたり、さすが接客を生業にしている人物といったところなのかもしれない。

「……せっかくですから、あのやけに高いお酒でも頼んでみましょうか?」

 静けさが過ぎったところで、ぽつりとミーアが言った。

 それはなんということもない軽口のようではあったけれど、なぜか少しだけ彼女の声色は上擦っていた。ちょっとした冒険をしたような、緊張感とでもいうべきか。

「ミーアってお酒飲めるの?」

「……一口くらいなら」

 心なし照れたように、ミーアは視線を逸らしながら答えた。

 つまり飲んだことはないようだ。だからこその好奇心であり、冒険心から来る緊張だったのかもしれない。或いは、俺に対して少しずつでも素の自分を出そうとしていくれているのか……まあ、この辺りはただの想像だ。それでも、そうだったら嬉しいなと勝手に期待しながら、俺は笑って言った。

「まあ、お互い一口くらいなら、渋い顔はされないかもね」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ