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 片足しか使えない状態と動くたびに主張してくる激痛に言葉にならない呻き声をもらしながら、俺はなんとかリリカの元に辿りついた。

 脂汗が凄い。意識も少し朦朧としはじめている。

 ……でも、それだけの無茶をした甲斐はあったようだ。

 なんとか間に合った。ロクサヌはまだ生きているし、リリカも地面に組み伏せられているだけだ。

 敵の数は七人。うち二人はロクサヌが返り討ちにしたのか、血塗れで倒れている。

「手間取らせやがって、クソが!」

 彼の抵抗を黙らせたのは、どうやらついさっきだったようだ。覆面をした敵の一人が、憎悪を露わにロクサヌの腹を思い切り蹴りつける。

 たいした威力じゃないのは、血反吐すら吐かせていない事ですぐにわかった。

 そして、あまりこういった暴力に慣れていないというのも、真っ先に傷口を狙っていないところで想像が出来る。

 彼等はある程度の魔力の使い方を学んでいるだけの、普通の人間だ。

 なら、問題なく対処できるだろう。

 右手に五メートルほどの長さの細い棒切れを具現化して、最後のひと踏ん張りに一歩だけ踏み込んでから、俺はそれを真上から振り下ろす。

 風を切る音で、ようやくこちらの存在に一人が気付いたが、一人だけだ。

 最初に狙った相手はロクサヌに悪態をつくことに夢中で、肩に喰らって大きく体勢を崩すまで完全に無防備だった。

 ……というか、かなり手を抜いた一撃だったんだけど、今での肩が砕けるのか。

 安易に頭を狙わなくてよかったと居心地の悪い安堵を覚えながら、そのまま俺は棒を少しだけ引いて、相手の胸部を軽くつつくように押した。

「――ギャ!?」

 それだけで、そいつは壁まで吹っ飛んで気絶する。

 手応えからして骨までは壊していない。つまり、これくらいの塩梅が適切ということだ。

 それを意識しながら、次の相手を黙らせにかかる。

 一人目がやられたというのに、彼等はまだろくな身構えも出来ていない。

 なら、このまま押し通させてもらおうと、俺は立て続けに棒を振るった。

 テンポよく音を立てながら、倒れていく覆面達。

 そうして、あっという間に一人きりにしたところで、

「どうして、邪魔をするんだ? こいつは許しがたい悪なのに……報いを受けるべきなのに! 私達は全てを捨ててここまで来たのにっ!」

 と、怨嗟の声が届いたけれど、残念ながらロクサヌの具体的な所業を俺は知らないし、仮に知っていたとしても、そもそも彼の為に此処に来たわけでもないのだから、その説得は的外れだ。

 正直、申し訳ないとすら思えない。

 だからそのまま無言で黙らせて、この場を収める事にした。

「……ふぅ」

 これで一段落――と行けばよかったんだろうけど、近づいてくる気配を察知する。

 リッセだ。嫌な汗が背筋に追加されるが、初めから全部が上手いくなんて考えて行動を起こしたわけじゃない。

 これはリッセとの関係、ひいてはこの街においての自分たちの立ち位置(誰かに囚われて生きていくか、そうじゃない生き方をするか)を決める重要な事でもあったし、リスクを負うことはお互い承知のうえだった。

 それでも、ミーアは切り離すべきだったんじゃないのかとか、色々と自分の安請け合いに対する後悔が過ぎったけれど、今ここで動揺したところで意味はない。

 接敵までのわずかな猶予を使ってなんとか呼吸を整え、リリカたちを庇える位置に移動しつつ、俺は棒切れを消す。

 代わりの武器はまだ現さない。

 出来れば、言葉で時間を稼ぎたいという意図があったからだ。いくらレニの聴覚が優れているといっても、視覚が潰される状態で戦うのは厳しい。

 ましてこの状態だ。仮にリッセが万全だった場合、普通にやっても追い込まれるのはこちらだろう。

 ……まあ、そんな一方的に負けるようなら、そもそもミーアが自分から提案するわけもなく、到着したリッセの有様は俺と同じか、それ以上に酷かったわけだけど。

「ずいぶんと、寒そうな格好してるね」

 上着と靴を無くしていたリッセに、俺は声を掛ける。

 我ながらどうでもいい問いかけだと思うけど、こういう言葉の方が食いついてくるんじゃないかって読みがあった。こちらを無視してロクサヌに干渉されるのは避けたかったのだ。

「それ、お友達の安否より大事なことなわけ?」

 左手側の屋敷の屋根の上に立つリッセが、押し殺した声で訊いてくる。

 可視化されそうなほどに濃厚な敵意。

 喉が絞まるような感触に思わず唾を呑みそうになるが、そういう怯みを見せるのは不味いとなんとか堪えて、言葉を続ける。

「君は、律儀な人間だろう?」

 これは、半殺しで済ますという彼女自身の発言に向けたものだ。

 当然リッセはすぐに気付くだろう。

「その律儀な人間が、親子の大事な話し合いを邪魔するとも思えないし、少し暇が出来るんじゃないかって思ってね。……まあ、世話話の切り出し方としては当たり障りがなさ過ぎて、つまらないかもしれないけど」

 努めて軽い口調で言いながら、背後にいるリリカの反応に神経を割く。

 もう落ち着いた状況は用意出来そうにないから、この場で説得してもらうしかない。

「……お父さん、聞いて」

 こちらの意図を汲み取ってくれたリリカが、口を開いた。

 リッセが僅かに目を細める。ナイフを握る手に、力が込められたのも判った。

 無駄な時間だと切って捨てて、攻撃を仕掛けてくる可能性に心拍数があがる。だが、武器は出さない。それが引き金になる可能性を考慮して、恐怖を押し込む。

「私ね。今より昔の方が幸せだったよ」

 懐かしむようなリリカの声。

「お母さんがいたころはもちろんだけど、いなくなってからも、今より昔の方が幸せだった。どうしてかわかる? ……お父さんと、一緒だったからだよ」

「今だって、そうだろう?」

 ロクサヌの声は、微かに震えてた。

「違うよ。だってお父さんは、私の事なんて見てないじゃない」

「そんな事はない! 私は、お前の事をいつだって考えて――」

「貴族になんてなりたくない! お母さんを殺した奴等と同じになんて、私はなりたくない!」

 夜の静寂を切り裂く悲痛な声で、リリカは叫んだ。

 それから、小さなわらい声を漏らす。

「なんで驚くの? 私の事見てたんなら、判ることでしょう?」

「……人は綺麗なままじゃ生きていけないんだ。嫌いだろうがなんだろうが、貴族以上に幸せになれるものなんてないんだよ? そんな事くらい、お前だってわかるだろう?」

 狼狽を必死に取り繕うように、努めて明るい声でロクサヌは言った。

「私は、私じゃなくなってまで幸せになんてなりたくない。……継承って、そういう事なんでしょう?」

「影響が出るのは、代を重ねたものだけだ」

「それってつまり、私の子供や孫がそうなるって事じゃない! 家族の心が殺されるって事なんだよ。私にそれをさせるの?」

「……」

 そこを突かれるとは思っていなかったのか、ロクサヌが押し黙る。

 その結果、それを見ていたリッセの瞳に、昏い悦びが灯ったのが分かった。

「させるだろうさ。こいつが欲しいのは貴族って権益だけなんだからな。いい加減理解したら? そのゴミはあんたにとってなんの価値もない――」

「貴女は黙ってて! 私は今、お父さんと話してるの!」

 ぴしゃりと、リリカが言い放った。

 リッセの方も、まさか口答えされるとは思っても居なかったのか、目を瞬かせ、

「……じゃあ、続けろよ。聞いててあげるわ。最期までね」

 と、ナイフを握る力を緩めた。

 ナイフだけだ。息苦しいほどの緊張感には一切の緩和がなく、リッセの眼差しは手にもつ刃物以上に鋭利なものへと変わりだしていた。

 その場凌ぎの戯言は、けして許さないということだろう。一語でもその匂いを嗅ぎ取れば、即座に殺すという意志を感じる。

 ……まったくもって、傷口に染みるプレッシャーである。

 当事者ではない俺ですら、腰が引けそうなのだ。真正面からそれを突き付けられているリリカの負担は相当なものだろう。

 それでも、彼女は声を詰まらせることなく言葉を放つ。

「さっきの続き。答えて。お父さんは、それで私が幸せでいられると思うの? 貴族として生きる以外に、私は本当に幸せになれないの? 私って、そんなに哀れな存在なの? ……もしそうだというなら、もういいよ。ここで一緒に死んでもいい。だって、私にとっては、どっちも不幸だもの。だったらマシな方を選ぶわ。貴族になった所為でって、お父さんを恨みたくないから」

 慈愛する感じさせる、優しい声。

 それを突き付けられたロクサヌの心境は、果たしてどういうものだったのか。

「……なんで、今になってそんな事を言うんだ? 今までずっと、お前はいい子だっただろう?」

 表情が見えなくても、彼が今にも泣きそうなのがわかった。

 でも、それ以上に、その言葉で彼女が今までどれだけ頑張ってその役をやって来たのかが想像出来てしまって……

「そうだよ。嫌な事だって我慢してきた。自分でもよくやってきたと思うよ。なんでだと思う? ねぇ、なんでだと思う?」 

 きっと、リリカ自身も、もう限界だったんだろう。

 溜まりに溜まって押し殺すことが出来なくなった感情に溺れるみたいに、鼻を啜り、息を荒げ、震えきった声で叫ぶ。

「答えてよ。お願いだから、答えてよ……!」

 それは、胸を刺す訴えだった。

 他人ですら居た堪れない思いになる、感情の吐露だ。……目の前の、リッセ・ベルノーウにはあまり効果的ではなさそうだったが。

「……私の所為、か」

 ぽつりと、ロクサヌがこぼした。

 そして、くく、と喉を震わせて笑う。

「滑稽だな。そんな事すら、気付いていなかったなんて。……見分けがつかなかったのも、納得だ。本当に、笑い話もいいところだな。どうしようもない」

「お父さん……」

「ここに来るまでに、多くのものを失った。そして、此処ではそれ以上に色々と無くしてしまったよ。それでも、貴族に成れば帳消しだ。豊かな生活を続ける事が出来るだろう。……構わないのか? それすら無くしても?」

 それは、頑なで強硬的な印象が強かったロクサヌとは思えないくらいに、静かな投げかけだった。

 まるで、憑きものが落ちたような穏やかさ。

「私達は元々そこそこな貧乏人だったでしょ? それがたまたま上手くいって、お金持ちになってただけじゃない」

 リリカは明るい声で、そう答えた。

「……あぁ、そうだったな。すっかり忘れてしまっていたよ」 

 弱りきったような声で、ロクサヌも笑う。

 と、そこに、乾いた拍手の音が響いた。

「大団円ね。素敵な言いくるめだわ。で、この街から逃げたあとは、どこの都市で同じことを繰り返すつもりなのかしら? 是非とも教えて欲しいものね」

 リッセの声には強い苛立ちが滲んでいる。

 逆鱗に触れた感じ、だろうか。

 しかも、言葉が終わった直後に、左側で極々小さな音が鳴っていた。

 リッセはまだ屋根の上にいるように見えるが、本当にまだそこにいるのか……

「今、ここで誓う。私はもう娘を貴族にしようとは思わない。今すぐにでも、貴女の前から姿を消す。だから、お願いだ。もう許してくれ。お願いだ」

 怯えを孕んだ声で、ロクサヌが懇願する。

 だが、リッセにそんなものは届かない。

「ねぇ、知ってる? 理解あるフリなんてさ、他人がいる前でなら誰でも出来るんだよ」

 そこにあるのは、寒気がするほどの憎悪だ。どれだけ誠意をみせたところで、それが彼女に届くことはけしてないだろう。

 まだ、証明されていないのだ。あと一押しが足りない。

 そしてその一押しが出来るのもまた、俺ではなく――

「……可哀想な人」

 緊張を帯びた声で、リリカが言った。

「貴女のお父さんは、そんな人だったのね」

「……ふ、ふふ、あはは」

 心底可笑しそうな笑い声と共に、ただでさえ重々しかったリッセの空気が、どうしよもなく禍々しいものに切り替わる。

 その激情の表れか、徐々に徐々に周囲の景色が歪んでいく。

 眼を閉じても、歪んだ世界は消えてくれない。脳味噌を直接揺すられるみたいな気持ち悪さ。

「でも、私のお父さんは違うわ!」

 そんな中でも、リリカの啖呵に迷いはなかった。

 彼女自身判っているのだ。ここで引いたら全てが台無しになると。……まあ、踏み込み過ぎても同じ事になりそうだけど、そのあたりのフォローはこちらの仕事だ。

「お父さんは、ちゃんと私の事を想ってくれてた! それがわかってたから、私だって嫌な事とか呑み込んでこれたの! ……貴女のところみたいに、過去に縋っているだけの人じゃないの!」

「――黙れよ」

 ぶつん、と音を立てるように視界が真っ暗に染まる。

 二度目の経験なのでそれほど驚きはなかったが、近づいてくる足音の明瞭さには不審と不安を覚えずにはいられなかった。

 あまりに堂々とした足取り。

 狙いは間違いなくリリカかロクサヌだろうに、その障害になる俺を出し抜く気がまるで感じられない。

 これはどういう意図だろうか? 単純に傷の所為で普段のような隠密が出来ないとも考えられるけど、そんな簡単な相手ならここまで苦労しているわけもない。

 ……もしかして試されている? なんとなくだが、そう思った。

 これもまた、彼女に対するある種の幻想から来たものなのかもしれないが、どのみち、この問題の解決自体が彼女という人間に対する信頼ありきのものなのだ。

 短い付き合いとはいえ、共に行動をして助けて貰ったりもした、リッセ・ベルノーウという人間の本質に賭けた勝算。

 なら、俺が今取るべき選択はそれを見送る事だろう。彼女自身が、抑えられない狂気を止めたがっていると信じる事だ。

 だから、警戒すらも排斥して、この場にただ佇む事を選ぶ。

「……嫌なやつ」

 足音が通り過ぎたところで、小さな声が鼓膜にふれた。

 思わず苦笑が零れる。安堵が胸に過ぎった所為だ。この状況を求めた事は正解だった。

 なら、あとは親子だけの問題。

「だ、黙らないわ! 何度でも言ってやる! 私のお父さんは、貴方のお父さんとは違う! 違うの! だから、貴女の独りよがりに私達を巻き込まないで!」

 暗闇の中で、リリカが叫ぶ。

 近付いてくる足音は恐怖だろうに、それでも違いを証明するために叫ぶ。

「――っ、リリカ!」

 いよいよ得物が届きそうな距離になったところで、ロクサヌが動いた音が届いた。

 それから数秒ほど、切迫した息遣いだけが聞こえてきて――照明がつくみたいに、ぱっと世界が鮮明になった。

 決着が、ついたということだろう。

 俺は微かな不安を追い払うように短く息を吐いてから、ゆっくりと振り返る。

 するとそこには、身を挺して娘を庇う父親と、その背中の手前でナイフを止めたリッセの姿があった。

「……本当に、そうみたいね。そいつは、あたしが世界から消したくて仕方ない膿じゃなかった。あぁ、それなら、あんたらなんてもうどうでもいいわ」

 ナイフを無造作に地面に捨て、リッセは緩慢な足取りでこちらの方に戻ってきて、

「マーカスの奴よね? 余計な事したの」

 と、訊いてきた。

 いや、訊くというよりは確認か。

「必要だって思ったからじゃない? だから、私もリリカにだけは話した」

「……嘘だったら、その舌切り落としてやるわ」

 疲れた声で言ってから、リッセはそのまま立ち去ろうとして――だけど、それを止める声が響いた。

「では、これから問題なく、最後の審査が行えますね」

 さすがにこの場の事だけで精一杯だったから、突然の乱入者に驚きを隠しきれず、慌てて音源に視線を向ける。

 リリカたちの背後に、一人の女性が佇んでいた。

 初めて見る顔だ。平均的な美人とでもいうのか、特徴がないタイプ。

「……イルのところのか?」

 と、リッセが面倒そうな声で言う。

「ええ、その通りです。律儀なものでしょう? そちらの用件が終わるまで、こうして待っていたわけですからね」

「覗き見してたんなら、お呼びじゃない事くらいわかるだろう?」

「それは貴女たちの都合でしょう? そんなものは考慮に値しない。貴族になれる資格があるという事は、貴族に成る義務があるという事ですから。それ以外の全てに価値はない」

「あぁ、そう、死にたいわけね? お前」

 リッセの視線が地面に捨てたナイフに向く。

 が、それを取りに行くだけの力が、今の彼女にはなさそうだった。

 そういう俺も、似たような有様だ。ここで得体の知れない相手と戦うのは、正直厳しい。……が、だからといって、ここまで来てくだらない横槍にいいようにされるつもりもない。

 右手に剣を顕して、構えを取る。

「……抵抗するのは自由ですが。その状態で果たして対処できますか?」

 女が酷薄な微笑を浮かべた直後、その影から仮面をつけた複数人が現れた。

「これは、先程の雑兵とは違いますよ? 使用目的が違いますからね」

 まるで道具を扱うような物言いだ。

 いや、もしかすると本当にそれは人の姿をした道具なのかもしれない。つまりは、女の魔法という可能性だ。

 まあ、どちらにしても、厳しい状況に変わりはないわけだけど……何故か隣に立つリッセの表情は、呆れているようでもあって。

「介入するにしては色々中途半端だとは思ってたけど、そういう魂胆かよ。完璧な歯車が、ずいぶんと遊ぶようになったな」

「貴女という母体にはそれだけの価値があるということです。つまり、大真面目ということですね」

「……いいわ。そっちがこの件から降りてくれるっていうなら、半日だけ時間をくれてやる。もちろん、あたしと同じ空間にいてもいいってだけの話だけどね。それに文句があるなら……そうだな、あたしがもってる火種全部ばら撒いて、この街火の海にしてやるよ」

 この上なく獰悪な笑みを浮かべて、リッセは言った。

 今までのどこか陰鬱を孕んだものとは異なる、からっとした面持ち。

「それが冗談で済まないところもまた、素晴らしい。それでこそ、我が主の伴侶に相応しい方です。了解しました。では、後日手紙を送ってください。期日はそちらにお任せしますので」

 にこやかに微笑んで、仮面たちを影の中に仕舞い、女はあっさりと踵を返して帰って行った。

「……あれ、なに?」

「見ての通りの求愛行動でしょう? 反吐が出るくらいにウザったいね」

 俺の質問に面倒そうに答えて、リッセは空を仰ぎ見て大きくため息をついた。

「まったく、大損だわ。ここ一年で最大の損失ね。あんな貴族の塊みたいな奴に時間を取られるなんて、ほんとに……」

 そこで、くらりと彼女の身体が揺らぐ。

 今にも倒れそうな危うさに、支えるべきかどうか少し悩むが……どうやら、その必要は皆無だったようだ。

「……なんでいんのよ? 消えろって言ったでしょう?」

 ふらつく身体を受け止めた相手に、リッセは心底いらついた声をもらす。

「そろそろ限界だと思ったからな」

 と、音もなく彼女の傍らに降り立ったラウは、つまらなそうにそう答えてから、こちらに視線を向けた。

「あの女は騎士団本部にいる。今日は優秀な治癒師がいる日だからな。そろそろ完治する頃合いだろう。お前たちも重傷のようだし、そこを利用するといい」

「――って、ちょっと、あんたなにしてんのよっ!?」

「文句があるなら、この程度の事で死にかけるな。目障りだ」

 リッセをお姫様抱っこしたラウは、うんざりしたような表情で言いながら、そのまま大きく跳躍してあっという間に視界から消えていった。

 そうして三人になったところで、俺はロクサヌに訪ねる。

「これから、どうするんですか?」

「そうだな。出来るだけ早く、街を出ようとは思っているが、まずはララノイア家……いや、ルハ殿に挨拶をしに行こうと思っている」

「そうですか」

 ちゃんとルハに対して誠意をみせるっていうなら、ひとまずは安心だ。

 彼女も凄く頑張っていたのは知っているから、本当に良かった。……まあ、友達と別れる事になるのは、彼女にとっては悲しい事なのかもしれないけど。

「お父さん、他にも言う事あるでしょう?」

 怒ったように、リリカが言う。

 それが俺にはぴんとこなかったが、ロクサヌには判ったようで、

「ん? あ、あぁ、そうだな」

 と、気弱に頷いてから、俺の方を真っ直ぐに見てから頭を下げた。

「その、なんだ、色々と申し訳なかった。貴女にもずいぶんと失礼な態度を取っていたな、私は。……それと、ありがとう」

「……」

 正直、そんな言葉が返ってくるとは思ってもいなかったから、目から鱗だった。

 いや、それはそれで失礼な話なんだろうけど……本当、憑きものは怖いってことなのか。なんにしても、思わぬ収穫だ。

 それに少しだけ胸が温かくなったところで、俺は言った。

「……お互い、酷い足ですけど、頑張って向かいましょうか? 騎士団本部に」




次回は三日後に投稿予定です。よろしければ、また読んでやってください。

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