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 昔からずっと、ルハは蚊帳の外だった。

 物心がついた時には殆ど見限られていて、弟が生まれてからは、いよいよ置物として扱われるようになった。

 そこに悪意があったのなら、まだ良かったのかもしれない。少なくとも、それは意識している事の裏返しでもあるから。

 だけど、そんなものすらララノイアという家にはなかった。

 必要最低限のものだけを淡々と与えられて、部屋の中で飼い殺される日々。

 楽しみなんてものもなく、ただただ割れない窓から外の世界を眺めていた。

 そんなルハの転機を、多くの人はきっと二年前だと推測するのだろう。両親と弟が、あの歴史的な凶事に巻き込まれて死んだ日。

 実際、あの日を境にルハの環境は激変した。代用品として生かされていた事を突き付けてくるみたいに、弟の代わりを求められるようになった。

 貴族の貴すら知らなかった小娘に、大役だけを押し付けてくる他人たち。

 苦痛だった。

 本来、未来を開かせるはずの変化は、けしてルハにとって喜ばしいものではなかったのだ。何故なら、その時にはもう独りではなかったから。オーウェが傍にいてくれたから。

『……手紙というものはいけませんな。送り方を間違えると、どうしようもないほど手遅れな時に届くことがある』

 初めて彼に会ったのは、祖母が死んだ事を数日遅れでルハが知った日だった。

 唯一、ルハの事を見てくれていた家族。抱えていた病の悪化によって会えなくなったことすら知らずに、ずっと自分を見捨てたと思っていた相手。

 オーウェはそんな祖母と旧知の間柄だったようだ。

 その頃、ララノイア家は保有戦力を増やしたがっていた事もあり、両親の勧誘によって彼はうちに住む事になった。

 それからだ。ルハの世界が変わったのは。

 彼は、空気だったルハに積極的に関わってきた。そして、不思議な事に両親もそれを諌めようとはしなかった。これまで使用人たちには、必要以上の干渉はするなと命じていたのに。

 ……まあ、なんだっていい事だ。

 誰かと話せて、気持ちを聞いてもらえるだけで、自分は存在していてもいいのだと思えたから、事情なんてどうでもよかった。彼だけが救いだった。

 だから、当主になるという負担だって頑張って背負う事にしたのだ。価値あるものに少しでもなることで、彼のそうした行いを愚かだって言っている奴らに、ぎゃふんと言わせたかったから。

 なにより、頼ってばかりの自分にいつか頼って欲しかったから。

 まあ、莫迦も愚かもすぐに改善されるほど簡単な弱点じゃないから、今のところは迷惑ばっかりかけているのは判っているつもりだけど、それでも、いつかそんな風になれればいいなって…………なのに、

「オーウェはズルいよ! 酷いよっ!」

 胸に去来した様々な感情に翻弄されるがままに、ルハは叫ぶ。

 しがみついたまま、涙を湛えて叫ぶ。

「嫌なら嫌って言ってよ! ダメなら最後までダメって言ってよ! ルハは莫迦なんだよ! ちゃんと叱ってよ! 逃げないでよ!」

 これは裏切りだ。

 一番許せない裏切りだ。

「……でしたら、今すぐ屋敷に戻ってください。これ以上、エインスフィートと関わるのはおやめください。彼等は害悪でしかない」

 苦々しげな声で、オーウェは言った。

 その彼の失った右腕から止めどなく流れる血が、ルハの肩を濡らす。

 ……こんな問答、今するべき事じゃないのかもしれない。一刻も早く彼を病院に連れていくのが真っ当な選択なのかもしれない。だけど、今引いたら、これから先もずっと、こんな風に大事なところで眼を逸らされてしまうような気がして、

「嫌だ」

 だから、我儘を徹した。

 これくらいの怪我でオーウェがどうにかなる筈ないという、愚か者の特権を振りかざした。

「それは、嫌だ。だってリリカはもう友達だもん。他人じゃないもん」

「……そう思っているのが、お嬢様だけだったとしてもですか?」

 はっきりとした躊躇いを宿したその声に思わず顔をあげると、オーウェは初めて見る苦しい表情を浮かべていた。それが、痛みに拠るものじゃないのは莫迦でもわかった。

「だから、肝心な事を言わなかったの? だからこそこそしてたの?」

「……」

「そうなんだ。オーウェも、ばかだね」

 溜めていた涙を零しながら、ルハは笑う。

「そんなの、知ってるよ。でも、それでもあの子はルハをちゃんと見てくれたの。その中でルハの事を見てくれたの。だから友達になりたいって思ったんだよ。……オーウェみたいだって、思ったから」

 その一言に、オーウェは眼を見開いた。

 まさか気付かれているとは思ってもいなかった、って反応。

「……貴方は、私のこと、莫迦にしすぎですわ」

 未だに慣れない貴族の物言いで愚痴を浴びせると、彼は困ったように微笑んで、

「お嬢さまは本当に、あの方に似ていらっしゃる……」

 という言葉と共に、その身を脱力させた。

「さすがに、今回は疲れました。いやはや、やはり年はとりたくないものですな。身体だけではなく、心まで弱くなったのを実感してしまう」

「病院、連れていくからね?」

「……貴女様の、望むように」

 苦笑気味にオーウェは言う。その言葉の裏にあるのは、見捨ててくれても構わないという思いだ。

 それが凄くよく判って、凄く腹立たしかったから、ルハは思い切り彼の顎に頭突きをいれて、

「ばか! ばかっ!」

 コブができそうなほどの痛みに別の涙を零しつつ、彼を必死に支えながら病院に向かって歩みだし、

(……レニ、あとはお願いね。どうか、リリカを助けてあげて)

 と、一度だけ二人の気配の方に視線を向けて、自分がそれを出来ない無力さを噛みしめながら、そんな事を願った。

 今の彼女がリリカの味方かどうかすら、ルハには判らなかったけれど、それでも味方である事を信じて、そう願った。


次回は三日後に投稿予定です。よろしければ、また読んでやってください。

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