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09

 俺が場所を変更しようと試みるまでに稼げた時間は、大体一分弱くらいだっただろうか。

 仮に日本の中学生とかなら、四百メートルも進めたら上出来といったところで、あまり価値のある時間稼ぎにはならなかったんだろうけど、リリカはその五倍近くの距離を既に移動していた。

 魔力による身体強化は、この世界では義務教育にも組み込まれているもののようだから、それは別段驚異的な事でもないんだろうし、もう俺自身驚く事もないわけだけど……実際問題、この身体は戦っている時どれくらいの速度で動いているんだろうかという疑問が、なぜか今、頭の中でぐるぐるとまわっていた。

 ……わかっている。ちょっとした現実逃避だ。

 その原因も明白で、稼いだ時間がまったく活かされていなかった点にあった。二キロ近い距離を移動しているにもかかわらず、リリカは未だに上地区と中地区の境目のようなところにいたのだ。

 もちろん、彼女が悪いわけじゃない。全ての元凶はロクサヌだ。

 妥当な選択として騎士団本部に逃げ込むなり、治療をするために病院に向かうなりすればいいのに、よりによってあの男は大きく迂回しながら決議場に向かおうとしていたのである。しかも、片足しか使えないとは思えないくらいの速さで。

 おかげで、こちらが望んでいるような条件の場所に誘導できそうにない。

 この辺りは完全に、見通しが甘かったというしかないだろう。ロクサヌという男への理解の浅さが招いたものだ。

 ただ、逃げ回っていた事自体が無駄になったわけでもなかった。

 五度ほど落雷を喰らったところでだが、なんとかその法則というか、使用条件のようなものが掴めてきていたからだ。

 まず、最初に予測した通り落雷の精度はそれほど高くない(範囲自体は結構広いのでそこまで精度が必要ないという事なのかもしれないけど)。次に、攻撃速度自体は手におえないが、予備動作の段階で狙いを定める必要がありそうなのもわかった。つまり、無軌道に動き回っていれば、そうそう命中はさせられないという事だ。

 まあ、逆に言えば、動きが読まれた時点で喰らうわけで、すでに三度も的中させられているわけだけど……

「……さて、そろそろ追いかけっこはおしまいですかな?」

 一定の距離を保ちながら追いかけてきていたオーウェさんの足が止まった。

 これ以上は、俺が逃げないと確信しているんだろう。リリカとの距離がもうかなり近いからだ。

 正直、優位と思える場所に辿りつけなかったのは残念だけど、少なくとも一方的にやられる段階からは抜けだせたわけだし、そろそろ反撃に出る必要がある。

 そしてその準備もまた、一応頭の中では出来ていた。

 まあ、上手く具現化出来るかどうかは判らないけど、手札は増やせたはず。

 その成果を試すべく、俺は右の掌いっぱいに一円玉サイズの硬貨のようなものを拵えて、振り向きざまにそれを散弾銃のようにばら撒いた。

「――ぐっ」

 こっちの想像以上に広がってくれたおかげか、オーウェさんの右肩に数枚が直撃し、残りが背後の塀をハチの巣にする。

 知らない誰かの家への損害を前に罪悪感が湧いたが、今は気にしている場合じゃない。

 俺は再度右手に散弾を補充し、それを更に広い範囲に当たるように投げつつ、オーウェさんに向かって踏み込んだ。

 彼の肩口は血で赤く染まっている。出血量から見て深手ではないが十分な効果だ。欲をいえば、足に当たって欲しかったところではあるけど、こちらから相手を揺さぶれる手段が出来た今、それもきっと難しくはないはず。

 なんて思った矢先に、目の前に雷が落ちた。

 紙一重だ。素直に直進するつもりがなかったから直撃は避けられたけど、あと少し足運びが遅かったら危なかった――で済まさないのが、この相手の恐ろしいところだろう。

 間髪入れずに首筋に訪れた、斬撃の冷たい感触と灼熱のような痛み。

 刃が肉に食い込んだ瞬間に上体を逸らしていなかったら、きっと頸動脈まで届いていた。

 雷により視界が一瞬真っ白に染まったところを狙った、こちらの動きを読み切った上での一撃だ。まさに、経験の差を知らしめるような鮮やかさである。

 けど、こっちだって、やられっぱなしというわけでもない。

 読まれる事なんてもう覚悟の上だったし、殺しはしない的な発言を信じていたわけでもないのだ。当然、その際の用意だってしてある。

 俺は、跳び退きたい衝動を必死に堪えながら、右手に顕した鈍器で返しの刃を受け止め、オーウェさんの足元に視線を向けて――

「――む」

 その視線で気づいたようだけど、僅かにこちらの方が早い。

 左の足首から具現させた枷と鎖が、俺とオーウェさんを繋ぐ。

 これでもう、気軽に落雷は撃てないだろう。密着を余儀なくした縛りだ。まあ、その土俵でも有利とは言えないのかもしれないけど、これで性能差は押し付けやすくなった。

 速さはおそらく五分だけど、力では明確に勝っているのだ。そこで勝負をする。

 右手の鈍器を消すと同時に呼吸を止めて、俺は握りしめた拳をオーウェさんの胴体目掛けて振り抜いた。

「――ぐぅ」

 咄嗟に得物を捨てて、両腕でブロックしたオーウェさんの表情に苦悶が過ぎる。

 折れはしなかったけど、あと数発打ちこめば簡単に罅くらいは入れられそうだ。ならこのまま連続で殴りつけるのがいいだろう。

 ただ、全力では打たない。防御に意識を向けながら、適当に腕だけを振り回す。

 さらに、それと並行して義手の具現化を試みる事にした。この状況で一番狙われそうなのは眼か耳で、盾代わりに使えるものが欲しかったからだ。

 ……手首と指が動かせないってだけで、ずいぶん勝手が違うもんだなと、ガラクタの左腕に強い不自由さを覚えつつ、さっそく飛んできたオーウェさんの肘打ちをそれで防ぐ。

 衝撃で接合部(肘から下)がかなり痛んだが、耐えられないほどじゃなかった。それに、仕掛けてきた側も相当に痛そうだったので、我慢する甲斐もありそうだ。

「まさか、ここまで構築が速いとは、少々計算違いでしたな」

 やや苦々しい声を漏らしながら、オーウェさんはフェイントを一つ混ぜてから攻撃を仕掛けてくるが、痛みの所為かやや動きが鈍い。後から突きだしたこちらの右拳の方が先に顔面を捉える。

 ちょっと、驚くくらいの手応え。

 でも、これはチャンスだ。俺は仰け反るオーウェさんを引き寄せるように左足を大きく後ろに下げ、その力に引っ張られ体勢が完全に崩れたところで、再度拳を振り下ろして――


       §


 ――鳩尾目掛けて打ち下ろされようとしていた拳を前に、オーウェは勝利を確信した。

 彼女がこちらを見下ろし、覆いかぶさるような構図。

 この位置関係なら、こちらは落雷の直撃を受けないで済む。もちろん、最大限の一撃を叩き込むつもりなので無傷とはいかないだろうが、他に無力化出来る手段が思いつかなかった以上、やるしかない。

 老いた心臓にはさぞかし強い刺激だろうが、なんとか止まらずにいてくれる事を願いつつ、時間をかけて上空に用意していた切り札をここで切る。

 レニは、早い段階での捨て身はないと判断してか、或いは同条件の耐久勝負なら分があると踏んでか、それほど上空を警戒していなかったので、間違いなく当たるだろう。

 その読み通り、落雷はレニの身体を貫き、いくつかの余波がオーウェをも貫いた。

 どうやら、想定していた以上の威力が出てしまっていたようだ。

 ……殺していなければいいが、とわりかしどうでもいい心配をしつつ、足の拘束が消え去った事を確認して、すみやかに距離をとる。

 あとは一息ついて、一応生きているかどうかの確認をしてから、リリカの元にでも向かうとしよう。もはや大した障害もないのだから、このあたりの作業はゆっくりでも問題ない。

 そんな勝者の余裕は、しかしいっこうに地面に崩れ落ちる気配のないレニを前に数秒と掛からずに消え去り――

「――」

 凄まじい怖気が、全身を駆け巡った。

 ゆらゆらと上体をふらつかせながら、レニが顔をあげる。

 その身体には、凝縮された魔力の澱のようなものが纏わりはじめていて……なにか、酷く嫌な予感を覚え、オーウェは大事を取って大きく後ろに跳び退いた。

 瞬間、鼻先から血飛沫があがる。

「――なっ!?」

 生じた痛みよりも、驚愕の方が遙かに勝っていた。

 出来の悪いレニの義手が、鋭利な刃物に変わっていたのだ。しかも、それは次の瞬間には精巧極まりない義手へと変化していた。

 そして右手にも、いつのまにか長大な剣が握られている。

(……魔法の展開もそうだが、いくらなんでも速すぎる)

 今のは、まったく反応できていなかった。切られたあとに攻撃された事に気付くなどと、常軌を逸している速度だ。

 まるで、今までが戯れだったとでも言わんばかりの落差。

 だが、彼女が手加減をしていた印象はない。そんな余裕があるようには見えなかったし、そんな事をする理由もないだろう。

 それに、生死はともかく、意識が落ちているのは確かなのだ。

 焦点の定まっていない眼が、それを物語って――

(…………いや、違う)

 虚ろな瞳の奥に、なにかがいる。

 これまで自分が見てきたレニ・ソルクラウとは違う、別物の気配。

(不味いですな。この状況は、非常に不味い……!)

 全身に、焦燥が渦巻いていた。

 素手では話にならない。今、目の前にいる女は、自分を容易く殺せる怪物だ。

 オーウェはレニから一切視線を外さないようにしながら、慌てて手放した細剣に手を伸ばし――その腕が景気よく切り飛ばされる光景を、目の当たりにする事となった。


次回は三日後に投稿予定です。よろしければ、また読んでやってください。

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