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幕間3

 言い訳でもなんでもなく、その戦いには最初から負けるつもりでいた。

 そうでなければ、リッセの奴が安い挑発を使い自身に意識を向けさせたところで、オーウェを主体とした奇襲を仕掛けてくる事がわかっていた、このゼベ・グリシャルデがあんな無様にやられる筈がないのだ。

(……そう、けして負ける事はなかった)

 そこには確信がある。奴等二人の力よりも、間違いなく自分の方が強いという確信。

 ただ、想像以上にリッセの魔法が巧妙だったのは認めてもいいだろう。

 来る手がわかっていても、本当に攻撃されるまでどこに誰がいるのか把握できなかった。あれは、悔しいが見事な技術だ。攻略するにしても結構な時間がかかった事だろう。ヴァネッサが褒めるのも、まあ、多少は納得できるようにもなった。

 もちろん、それ以外の全ては、彼女の過大評価だとも思っているが。

「――実に、惨めな有様だったわね。ゼベ」

 痛むこめかみに顔を顰めながら家路につこうとしていた彼の背後から、声が響く。

 振り返ると、そこには両手の拘束具を外したテトラの姿があった。

「迫真の演技だったろう? まあ、僕がやるんだから当然だけど」

「そうね、残念だったわ。この機会に、貴方を殺せると思っていたのに。真面目に負けるのだもの」

 本当に残念そうに、彼女は言う。

「僕が、あの人との約束を破るわけがないだろう」

「だったら、つまらない悪巧みなんて、最初からしないで欲しいものね。それとも、まさか、本気でバレないとでも思っていたの? アダラですら気付いていたというのに。……もしかして貴方、自分が莫迦だって、自覚がないのかしら? あれだけ指摘してあげてきたというのに」

 ずいぶんと毒々しい物言いだが、まあいつもの事だ。

「元々僕には小細工なんて必要がないのでね。その手の経験が足りないのは仕方がない。落ち度くらいはあるだろうさ。次はつまらない事をしなくてもいいように、もっと上手くやるとするよ。それで問題も無くなる。所詮は、その程度のお遊びさ。こんなものはね」

 休戦協定が結ばれてからも、ヘキサフレアスとの間で度々起きている小競り合いと同じような些末事だ。だからこそ、気絶したゼベをリッセも殺さなかったのだ。その先は、遊びではなくなるから。

「組織の方針と異なる動きをしたうえに、あれだけの無様を晒したのに、貴方の評価は下がらないと?」

 今の返答が気に入らなかったのか、テトラの空気が冷たくなる。

 神経をすり潰すような魔力だ。そこらの下っ端なら、それだけで全身の血管が干からびてしまうかもしれない。

 だが、所詮はその程度の圧力である。

 ゼベは呆れるように吐息を零してから、口を開いた。

「君はどうして此処にいる? 僕があの人との約束を違えた場合の処刑人気取りか? 魔眼も使わずに僕を殺れるとでも? もし、本気でそう思っているのだとしたら、それこそ滑稽だね。……あの人は、僕が約束を守ると信じていたから、君の眼を閉ざしたままにしたんだ。そして僕も、あの人の要望通りに道化を演じた。先程の出来事はそういうものだろう? そのどこに、僕の評価を落とす要素があるというんだい? テトラ・アルフレア」

「……つまらないわ」ため息交じりに、テトラは言った。「貴方はどこまでも愚かであるべきだと思うの。そうでなければ、嬲り甲斐すらない。もっと惨めで、醜悪で、哀れな反応を見せて、私をそそらせて欲しいものだわ」

「そういうのは被虐趣味のある奴にでも頼むことだね。そんな事より、そっちの方は上手くやったんだろうな? 極上の囮を使ったんだ。まさか失敗しましただなんて、馬鹿な話はないと思うけどね」

「もちろん、貴方が無様に地面を舐めている間に処置したわ。気付かれる事もなかった」

「そうか。それはよかった。さすがに殴られ損は御免だったからね」

 なら、これ以上会話をする理由もない。

 ゼベは止めていた足を大きく前に踏み出して、さっさとこの女の気配を振りきろうとしたが……どうしてか、彼女は同じくらいの歩調で追いかけてきて、

「貴方は、気にならないのかしら?」

 と、話を続けてきた。

 このまま無視してやってもよかったが、それはそれで最悪殺し合いに発展する可能性もあるので、仕方なく口を開く。

「気になるって、なにが?」

「どうして、ヴァネッサがあんな命令をしてきたのか、よ。……仮に道楽だとしても、私には理解が出来なかったわ。端役一人自由にさせたところで、なにかが変わるとも思えないもの」

「端役、か。たしかにそうなのかもしれないね。けど、発端は彼女だったとも聞く」

「それが、なんだというの?」

「本来は、主役であるべき子だったんじゃないかって話……いや、違うな。過保護な老人に隅に追いやらていた所為でそう見えていただけで、今でも彼女は主役の一人なのかもしれないって話だよ」

 まあ、なんにしたって、ゼベにはもう一切関係ない。

 眠り姫は目を覚ました。その後の行動は彼女だけのものであり、そのあとに待ち受けている結末もまた、彼女だけが紡げるものだ。

 それを、ヴァネッサが望んでいる限りは、だが。

「……ところで、いつまでついてくる気なんだ? 君もさっさと帰れよ」

 聞きたい事には答えてやったはずだ。

 それなのにこいつはどうして、今自分の隣を歩いているのか。

(一体何が目的だ?)

 警戒心を滲ませながら、ちらちら横目に見ていると、彼女はなぜか不審そうに唇の形を強張らせてから、なにかに思い当ったようにくすりと微笑んで、

「もしかして、私の家がどこにあるのか、忘れてしまったのかしら?」

 と、実に甘い声でそう言った。

 一瞬、思考が止まる。

 それから、かぁぁあ、と顔が熱くなっていくのを感じた。

 本気で失念していたのだ。それほどまでに当たり前の事を。

「貴方って、本当に……お莫迦さん、なのね」

 一言一句にやたらと含みを持たせながら言って、テトラはやけに楽しそうに笑い、

「少し心配だから、道案内をしてあげるわ。私達の住処である、ゼルマインドの拠点まで、ね」

 と、ゼベの前を歩きだしたのだった。

 やたらと軽やかな足取りで。



次回は三日後に投稿予定です。よろしければ、また読んでやってください。

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