03
そうしてフラエリアさんの案内の元、俺たちはこの上なく判りにくい場所にあった不動産屋に辿りついた。彼女なしでは、絶対に見つけられなかったと言っても過言ではないだろう。
改めてお礼を言って、俺たちはそこでフラエリアさんと別れた。
「……ふぅ」
最後の希望めいた緊張と共にドアをノックして、不動産屋の中に入る。
小奇麗な受付。客への配慮が行き届いているというのは期待値を高めてくれる。
それが失望に変わらない事を祈りつつ、職員の人に条件を告げると、一件だけ空き物件が見つかった。
キッチンに風呂トイレ完備で、寝室が二つの月七千リラ。宿の三分一程度の値段で宿よりも広く、また近くには諸々生活に必要な店があるという好条件だった。
迷う理由は見当たらない。ほぼ即決で、俺たちはそこを借りる事にして、前金を支払った。
今日一日歩き回った足が見事に報われた瞬間だ。
さすがにテンションが上がってしまって、不動産屋を出たあとも俺は何度か「いや、それにしても、いい物件が見つかって本当良かったね」という感じの言葉を繰り返していた。
そんなこんなで本日の用件は無事に完了し、夕暮れの街をのんびりと歩きながら、あとは宿に戻るだけという状況になったところで、ミーアが口に開いた。
「あの、良かった話関連になるかどうかはまだ不明ですけど、その、私からも報告があるのですが、よろしいでしょうか?」
妙に堅苦しい切り出し方。
さすがに、こちらもちょっと身構えてしまう。
「……もちろん構わないけど、なに?」
「実はですね、治癒が可能な人材が足りていないとの事で騎士団の方から誘いを受けておりまして、正規採用というわけではないのですが、この街の知識もある程度整いましたし、私もそろそろ資金調達の方に回りたいな、というか。……あ、もちろん、単純に資金を得るだけならレニさまのように魔物を狩るのが一番なのは重々理解しているのですが、今の私には、それは少々安定に欠ける方法ですし、なにより、その場所にいる方が私は有用であれると思うので………その、どうでしょうか?」
まるで悪戯を告白するみたいに、恐る恐るな提案だった。
いや、或いは自分の気持ちを上手く言葉に出来ないことに、もどかしさを覚えているような感じといったほうが適切なのかもしれない。
まあ、どちらにしても、それは身構えるような内容ではなくて、
「私に伺いをたてる必要なんてないよ。やってみたいって思ったんでしょう?」
苦笑気味に、俺はそう応えた。
「……はい。そう、ですね。端的に言えば多分、そういう事なんだと思います」
ちょっと照れたように、ミーアはわらう。
その柔らかさに安堵を覚えつつ、俺は言った。
「あぁ、でも、約束してほしい事はあるかも」
「なんでしょうか?」
「今更の念押しなのかもしれないけど、ちゃんとお金は自分の贅沢にも使う事。あとは、そうだね、家賃の割合は三対一くらいでどうかな?」
「そこは、折半であるべきだと思いますが」
やや不服そうに、ミーアは眉を顰めた。
「でも、正規採用じゃないってことは、そこまで給料はよくないんじゃないの?」
負担の度合いを考えれば、これでもまだまだミーアの方がキツそうという想定が働いていた。それでも三対一と言ったのは、それ以上だと彼女が気にしてしまうと考えたからだ。
「いえ、騎士団にとっては治癒要員自体相当に希少なようですから、待遇はそれほど悪くはありません。最低でも月一万リラは確保できるかと」
「あ、そうなんだ……」
それなら、この発言はちょっと不用意だったかもしれない。
幸い、その点に腹を立てているという事はなさそうだったけど、捉え方次第では侮りであったり、下に見ていると思われる恐れもあるのだ。提案をするのであれば、もう少し相手の事情を把握しておくべきだった。
「はい、ですから。心遣いは無用です」
「そっか。うん、わかった」
「……好ましく、ありませんでしたか?」
微かに曇らせたこちらの表情を前に、ミーアの視線が少し泳ぐ。
その感情の揺れを捉えつつ、俺は躊躇いがちに言った。
「実を言うと、私は料理や洗濯というのをした事がなくて。その、こんな事も出来ないのかって思われるのが、ちょっと嫌だったんだ。だから、その代わりにやってもらえたらなって」
不安を見せたミーアの表情が和らぐ。
「そんなの貴族であるのなら当然です。私だって、ままごとくらいでしかやった事ありませんし」
「それなら、恥を晒すのは私だけじゃなくて済みそうかな?」
「そうですね」
そうしてお互い小さく笑いあったところで、俺は言った。
「それじゃあ……あらためて、おめでとう。いつからなの?」
「問題が無ければ三日後から来てくれとの事です」
「勤務時間は?」
「零時から七時までのようですね」
「結構早いんだね」
「基本的には、夜の見回り組などが怪我をした際の要員という事のようですから」
「なるほどね。……緊急時とかは呼び出しが来たりするの?」
「いえ、私の担当はあくまで軽度から中度の怪我人ですから。そのような事態にはならないかと」
「そっか。でも大変そうだね」
「そうですね。魔力の管理には気を遣う事にはなりそうですね。上手く消耗と回復を交互に繰り返して安定的に治癒が出来るようにしないといけませんし。久しぶりに、訓練の感覚を思い出す事になりそうです」
「訓練、か。私もしないとなぁ」
「そうですね。レニさまはしないと不味いと思います。荒事に身を置く以上、万全である事は義務ですから」
「あ、うん。そうだね……」
思わぬダメだしを受けたところで、宿が見えてくる。
……そういえば、女将さんにもチェックアウトする旨を伝えておかないとなぁ、などと別の事を考えて不意打ちのダメージを減らしつつ、俺達はもうじき巣立つ住まいに帰宅した。