表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/47

第四章/花開くまで 01

 窓から差し込む朝日で、俺は目を覚ました。

 欠伸を噛み殺しつつ身体を起こして視線を左側に向けると、隣にはまだ眠っているリリカの姿がある。

 大きなベッドだったので三人でも支障はなかったけど、さすがにこのシチュエーションは居心地が悪かった所為か、あんまり眠れた感じはしなかった。まあ、そうでなくても元々知らない場所で熟睡できる性質でもないので、安眠は期待していなかったけど……

「おはようございます、レニさま」

 届けられた声に視線を向けると、反対側のベッドの端を陣取っていたミーアはすでに身支度を済ませていた。

 というか、俺以上に殆ど眠れなかった様子……いや、彼女の場合は眠らなかったと言った方が適切か。

「どうやら、リッセ・ベルノーウは本当に組織抜きで動いているみたいですね。襲撃はおろか監視すらないのは、正直なところかなり意外でしたが」

 窓から外の様子を見降ろしながら、ミーアは呟く。その声には僅かにだが警戒が滲んでいた。

 兵糧攻めを喰らっている期間にこちらがこなした依頼の報酬としてラウが提供してくれた情報を、まだ信じきってはいないらしい。

 おかげで、こちらは信用する前提だけ見て行動を組めるので楽ではあるんだけど、その分他を埋めようとしてくれているミーアに負担が掛かっていそうなのが心配でもあった。

「……少し寝たら? もう私は起きているわけだし」

「いえ、問題ありません、こんな風に待つことは得意ですから。それよりも、次はどうするのですか?」

「とりあえずは、ロクサヌさんの様子を見に行くかな。約束したしね」

「それは構いませんが、そうではなく……その、どのようにリッセ・ベルノーウを崩していくつもりなのかと。具体的な計画を、私はまだ聞いていませんから」

 やや拗ねたようにミーアは言う。

 その姿勢は攻撃的で、色々と不安を誘うニュアンスが含まれているように感じられた。

「……起きたてでちょっと喉が渇いてるし、飲み物でも買いに行こうか」

「え? ですが――」

「監視はないって確認したんでしょう? だったら問題はない」

 リリカを一瞥してから、俺は断言する。

「それは、はい、そうですね。問題はありません」

「じゃあ、決まりだね」

 そうして、二人で部屋を後にした。

 無言で階段を下りて、外に出る。ここは繁華街に属している場所なので、飲み物が売っている店は探せばすぐに見つかるだろう。もっとも、飲み物専門店が早朝のこの時間帯に開いているかどうかは不明だけど、もとより喉を潤すために外に出たわけでもない。

 どんよりとした空模様に少しだけ憂鬱な気持ちを抱きながら、俺は口を開く。

「ところで、ミーアはこの件はどうなるのが最良だって思ってる?」

 隣に続いていた足音が、途絶えた。

 振り返ると、立ち止まったミーアがこちらを不安そうな表情で見つめていて、

「レニさまは、リリカさんには聞かせられない結末を望んでいるのですか?」

「そうだね。少なくとも彼女が貴族になる道は望んでいないかな」

「それは何故ですか?」

「リッセと殺し合うつもりがないからだよ」

 真っ直ぐにミーアの眼を見て、俺は念を押すような強い口調で言った。

「……私も、そこまでは望んでいませんが」

 こちらから目を逸らしながらそう答えて、ミーアは止めていた足を再び前に踏み出す。

 彼女が隣に並んだところで、俺も歩みを再開させた。

「ですが、それならどうして、リッセ・ベルノーウと事を構えることにしたのですか?」

 こちらを見ずに前だけを向いて、ミーアは訪ねてくる。

「たしかに、ラウの話が本当なら、何もしなくてもリリカが貴族になる事は出来ないんだと思う。でも、なにもしなかったら、きっとそれだけじゃ済まない」

「つまり、上手く負ける事が最良だと言うことですか?」

「それは、ちょっと違うかな。多分、リッセには勝たないといけない。勝たないとこれから先、私達とリッセの関係は面倒なものになる。まあ、これはただの予感だけどね」

 そう言いつつも、今後、彼女と本当の意味で上手くやっていくためには、今のような上下に近い関係では駄目だというのは確信していた。

 そういう部分を切り取れば、この争いには、こっちにもちゃんとした報酬と呼べるものがあるわけだが。

「その勝利に、リリカさんが必要だということなんですね?」

「うん、そうだね。でも、それを彼女が望むかどうかはまだわからない。だから――」

 と、そこで右手の甲に冷たい感触が弾けた。

 ……雨だ。

 ぱらぱらと音を立て始めたと思ったら、それは一気にドシャ降りとなった。

 俺たちは慌てて、手近にあった店の軒先に避難する。

「今日も、雨が降る日ではなかった筈ですが……」

「ヴァネッサさんたちかな?」

 というか、他に思い当る節はない。

 問題はどういう意図でこの雨を降らせているかだけど……そもそも、この件に関してのゼルマインドの立ち位置というのが、どうにも不明瞭だった。

 一応、ヘキサフレアスとは協力関係にはあるようだけど、裏ではそうでもなさそうだし、今彼等の矛先はどこに向いているのか。

「……今回はすぐに止みそうですね」

 どうしてそう思ったのかは不明だけど、ミーアの言葉通り、暴雨はそれから三十秒ほどで小雨に戻り、さらに二十秒ほどで完全に音を失った。

 スコールのような降り方だ。まるで一時的な足止めを目的にしていたような感じ。その予感からリリカの魔力を探ってみたけど、特に変化はなかった。

「これは目印のための雨ですね。誰かを探す時に使われる魔法の一種です。もっとも、雨に濡れているというのが条件になるので、室内の相手にはまったく効果がありませんが……リッセ・ベルノーウでも探しているのでしょうか?」

「それか、私達を探しているのか」

 なんにしても、煩わしい雨は止んでくれたのだ。

 俺達たちはさっさと三人分の飲み物を購入して、宿に戻った。


次回は二日後に投稿予定です。よろしければ、また読んでやってください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ