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02

 

 後悔は程無くしてやってきた。

 試着室の前。俺の右手にはなんというかヒラヒラしたもの(まあ、スカートなんだけど)が手渡されており、なぜかそれを着なければならない状況に陥っていたのだ。

「あの、これを着るのは、ちょっと……」

「そんなこと言わずに、さあ! 絶対似合いますから! ルノーウェルさんもそう思いますよね?」

「そうですね。似合わない理由はないと思います」

 女子二人はやたらと乗り気で、拒絶するのは躊躇われる雰囲気だった。

 それに、こんなつまらないことでせっかくの和やかな空気を悪くするのもよろしくない。

「……わかった。着てみる」

 嫌だけというニュアンスは微妙に残しつつ、俺は試着室に入った。

 そしてズボンを脱いで、スカートを凝視する。

 当たり前といえば当たり前だけど穿いた事はない。

 とはいえ、ズボンを穿くよりは簡単そうではあった。まあ、勝手がわからないという部分での戸惑いはあったけど、それだけだ。片手での生活にも多少は慣れてきたし、穿き方さえ解れば事はすぐに済んだ。

 で、穿いた感想はといえば……うん、凄く落ち着かない。こんなにスースーするとは思わなかった。よく出歩けるものだなと軽い尊敬すら覚える。

「……これは慣れないな」

 というか、慣れたらいけない気がする。

 そんな事を呟きつつ、披露するために試着室のカーテンを開けようとしたところで、二人の会話が耳に入ってきた。

「上はこれとかどうかな?」

「それは、少し大胆が過ぎるのではありませんか?」

「そうかな? 普通にカッコいい感じだと思うけど。……じゃあ、こっちは?」

「少し派手ではないですか?」

「まあ、たしかにそうだよね。ちょっと服が主張しすぎてるか」

「……これは、どうでしょうか?」

「いいね! なんか大人っぽいし、でも可愛い感じもあるし」

 初対面の時に比べて親密な距離にあるのは多分いい事なんだろうけど、スカートだけでは済まないという事実はやっぱり複雑だった。

 今度は可愛いのかぁ……

 胸の内で嘆いたところで現状は変わらない。

 カーテンが開かれて、ブラウスをもったフラエリアさんが姿をみせる。

「ソルクラウさん! これも着てもらっていいですか?」

「……」

 俺は無言で受け取り、カーテンを閉じた。

 とりあえず、危惧していたよりはずっと普通のブラウスだ。というか、普通じゃないブラウスってむしろなんだよと言いたいところだけど、とにかくレニには似合いそうな類だった。

 フラエリアさんについてはまだよくわからないけど、ミーアがこの手の事で悪乗りをする印象はないので、まあ、妥当なチョイスということなんだろう。

 少なくともスカートよりはずっとハードルも低いし――と思ったところで折りたたまれたブラウスの間に挟まっていた水色のものに気付く。

「……」

 下着である。

 それもかなりアダルトな奴だった。

 ただ、サイズが合っていない。レニが着るにはこれは少し大きかった。

 これには、いったいどんな意図があるんだろうか? ただの間違いか、或いはこちらのサイズを聞きだすための罠なのか……なんだか、フラエリアさんに対する認識が色々とおかしくなりそうになったところで、ミーアの声が届く。

「すみません、間違えました。レニさまのはこちらです」

 すっと試着室に入ってきた嫋やかな彼女の手には、花の刺繍がされたブラウスと黒色のスポーツブラがあった。

 たしかに、これは可愛らしいというか上品というか、フェミニンな感じがするブラウスである。そして、それほど抵抗感のない(それはそれで問題だと思うが)ブラだった。

 俺はため息を一つつきつつ、渡されたものを左腋に挟み、間違っていたらしいものを返してから、身に纏っていたワイシャツに手を掛ける。

 さすがに一月以上共にしているレニの身体なので、今更裸体を目の当たりにしたくらいで居心地の悪さを覚える事はない。

 テキパキと着替え終えて、躊躇いがちにカーテンを開ける。

「やっぱり、わたし達の見立てに間違いはなかったですね。うんうん」

 実に満足そうなフラエリアさんだった。

 その背後に見えた店員さんも、こちらを見てニコニコしている。その理由はおそらく彼女が上客であり、他に客もいないからだろう。いや、それでも、さすがに下着まで試着するのはどうかと思うのだが、それは俺が男だからそう感じるだけで、日本でも女性はそうだったりしたんだろうか。

 そもそも、試着ってどこまでがOKなんだろう? 個人的には上着までで、Tシャツとかは服の上から合わせるとかが常識だと思うんだけど……まあ、そんなの今更考えたところで仕方がない。

「じゃあ、次はルノーウェルさんだね」

「――――え?」

 フラエリアさんの突然の振りに、ミーアがきょとんとした表情を浮かべた。

 これが自分の前だったなら、助け船を出したかもしれないけど、さすがに今そんな気分になれない。

「……そうだね。しっかり選んでもらったわけだし、私も真剣に選ばさせてもらおうかな」

 お返しとばかりの笑顔を用意して、俺は言った。

 するとミーアはバツの悪そうな顔を浮かべ、

「お、お手柔らかに、お願いします」

 ぼそぼそ、と弱々しく頷いた。

 こうして攻守が入れ替わり、俺とフラエリアさんはミーアを試着室の前に残して、彼女の服を見繕うべく店内を歩きだす。

「でも、どういうのが似合うかなぁ」

「これとこれ、とか」

 シックな感じのワンピースと、カジュアルなジャケットを手に取って提示してみた。

「おぉ、たしかに、凄くいいかも」

 どうやら、フラエリアさんのお眼鏡にもかなってくれたようだ。

「でも即決なんて、やりますね」

「こういう機会は今までにも何度かあったからね」

 それに、実のところ服屋に入った時から、ミーアに似合う服を探していたりもしたのだ。

 というのも、彼女はずっと地味な服ばかり着ていて、なんていうかもったいないなって思っていたから。……まあ、それは言ったらレニ・ソルクラウもそうなんだろうけど。

「じゃあ、わたしはどういうの選ぼうかなぁ、うーん、悩むなぁ…………あ、あんまり一人にするのも悪いので、レニさんは先に戻っておいてください」

「うん、じゃあそうさせてもらうね」

 言われた通り、一足先に試着室に戻る。

 フラエリアさんの懸念は正解だったようで、ミーアは実に居心地が悪そうにきょろきょろと視線を彷徨わせていた。

 そんな彼女に、服を手渡す。

「どうぞ」

「は、はい……」

 神妙な表情に、やや硬い声。

 ミーアは割れ物を扱うみたいに繊細に服を受け取り、試着室の中に入って、殆ど音を立てないように静かにカーテンを閉めた。

 それを確認したところで俺は彼女から少し距離をおき、適当に店内を見渡す。

 三十秒ほどしたところで、フラエリアさんが戻ってきた。

「ソルクラウさんよりいいの見つけるより、先にルノーウェルさんの格好見たくなっちゃいました。これで二連敗ですよ」

「あ、服選びって勝負だったんだ」

「勝っても負けても賞品はでないですけどね」

 どこか愉しそうにフラエリアさんがいったところで、カーテンが開かれる。

 そこには、何故か苦渋の表情を浮かべたミーアの姿があった。

「……どう、でしょうか?」

 眉間の皺が凄い。

 引き締め過ぎた唇が、ちょっとへの字になっていた。

「ええと、どうしてルノーウェルさんはそんな貌をしているの?」

 困惑した様子で、フラエリアさんが訪ねる。

 するとミーアは彼女の視線から逃れるように俯いて、

「それは、その、自分に似合っているのかどうか、私にはよく、判別がつかなくて……」

「いやいや、つくでしょう? 誰がどう見ても抱きしめたいくらい可愛いと思うよ。なんなら実証する?」

「いえ、それは遠慮願います。不必要に他人に触れられるのは嫌いなので」

 俯いたまま、フラエリアさんの軽口に対してマジレスを返していた。

「あ、あー、そうなんだ……」

 数秒ほど、微妙な空気が流れる。

 けれど、それは、

「……でも、よかったです。その、実は、ちょっとくらいは似合っているような、気がしなくもなかったので」

 もじもじしながら齎された、はにかむような微笑によって完全に払拭された。

 思わず魅入ってしまうくらいに、それは可憐で、いじらしくもあって――

「似合ってますよ。二人とも凄く。だから、試着した服はお二人にプレゼントです」

 はきはきとした声で、フラエリアさんが言う。

「え? いや、それは――」

「お礼ですから。受け取ってください」

 はっと我に返った俺の言葉を遮って、彼女は続けた。

「お礼?」

「わたしが、捕まっちゃった時の」

「……あぁ」

 ネクゥア・スクイリズの件だ。

 正直、あの時はフラエリアさんの為に行動していたわけじゃないんだけど、結果的に彼女の救出に一役買ったのは事実だった。

「あの時はなんか、そういうの言う空気じゃなかったっていうか、お礼もろくに言えなかったから、その分も込みで、受け取ってくれると助かるというか――あ、もちろん、不動産屋も紹介しますよ。まあ、ご希望に添える物件があるかどうかは、ちょっとわかんないけど」

「……ありがとう。そういうことなら、有難く頂くね」

 ここで感謝の印を拒む理由はない。

 というより、後ろめたさを抱いている相手にそれをしてしまったら、関係が疎遠になる恐れがあるのだから、出来る筈もないんだけど――

「あ、でも、ちゃんと着てくださいよ、展示品にされるのは悲しいですし」

「……あぁ、うん、もちろんだよ」

 眼を逸らしながら、俺は頷く。

「歯切れ悪いなぁ。ダメだよ。ソルクラウさんもすっごい美人なんだから、お洒落にも気を遣わないと、もったいないですよ」

 可笑しそうにそう言って、フラエリアさんは試着した服と、いつのまにか選んでいたらしい自分の分をさっさと清算して、

「さて、じゃあ、そろそろ不動産屋に行きましょうか? 夕方には閉まっちゃうし」

 と、実に頼もしい明るさで言いながら、購入品の入った皮袋をこちらに差し出した。



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