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05

 兵糧攻めの如き圧力に晒された日々は、マーカスさんが言ったとおり被害を受けてからちょうど一週間が過ぎたところでピタリと止んだ。

 今標的にしている魔物の価値が落とされる事がなくなり、これまで標的にしてきた魔物の売値も持ち直し始めたのだ。狩人協会にその手の情報が届かなくなり、魔力感知能力の低い人達では乱獲が出来なくなった事が大きな要因だった。

 この調子ならあと十日くらいで、これまでのサイクルに戻す事も出来そうだ。もっとも、最低でも十日は元の状態に戻らない以上、結局こっちは一週間以上の被害を受けるわけなので、腑に落ちない点はいっぱいあるのだが……まあ、それはこれからのお返しをもってチャラとすればいいだろう。

 ということで、夜が顔を出し始めた時刻、俺とミーアはリッセの目論見の一つを潰すべく、ある場所に待機していた。

 上地区でもかなり高い立地にある、留守中の貴族の館の蒼い塔の上である。

 弁明のしようもない不法侵入で申し訳ないが、ここが一番、貴族たちの使う『決議場』とよばれる三階建ての施設付近の様子を、安全に把握するのに適していたのだ。

 今日、その決議場でリリカの二次審査が行われる。

 貴族になるためには三つの審査が必要なのだが、三つ目の審査が一番簡単らしいので、実質最後の難関といってもいいだろう。

 これをクリアされれば、リッセ側としてはかなりの痛手となる。だからこそ、なにかしらの妨害工作をしてくる可能性が高い。そして、その中で一番あり得るのは誘拐だ、とミーアは推測していた。

 まあ、実際は殺してしまうのが確実なんだろうけど、それをするつもりならもっと早い段階でリリカは死んでいるだろうし、ロクサヌも殺されている筈だから、可能性は十分にある。

 この件に関して、リッセはけして合理的ではないからだ。

 彼女が最も重要にしていることは、おそらくロクサヌを苦しめる事だろう。その目的において、誘拐という行為はなかなかに有効だと、俺も考えていた。

「……時間通りか」

 ルハの屋敷の方から、オーウェさんに護衛される形でリリカとロクサヌがやってくる。

 こちらの契約が終わったあと、エインスフィートの親子は再びルハの家に身を寄せていたらしいので、まあ彼等が一緒である事は自然な流れだが、そこにルハがいないのは少し意外だった。

「意外ですね」俺がそう思ったのと同じタイミングで、隣のミーアが呟く。「彼が最優先するべきは彼女の安全で、今の状況下で離れるようなことはしないと思っていたのですが」

「そっちにはヘキサフレアスの圧力が掛かってなくて、別の誰かに護衛を任せているとか?」

「……いえ、どうやらそれもないようです。あの屋敷には、今彼女しかいません」

 感知能力を広げて確認したんだろう、ミーアがやや不安そうな声でそう教えてくれた。

「それじゃあ、ルハが無理を言ったのかもしれないね。それか――」

 言葉の途中で、不穏な気配が過ぎる。

 都市に溶け込んでいるリッセの魔力が、嫌なふくらみを見せたのだ。

 なにかを呑み込む前の予備動作のような――

「……何人か、消えたね」

 ここから見える範囲で四人ほど。

 魔力の範囲から見て、それ以上の人数の姿が忽然となくなった。

「消えた人たちの魔力の方も、リッセ・ベルノーウのものに上塗りされて、正確な位置を捉えるのは難しそうですね」

「動きがあるまではどうしようもない、か」

「……想定通り、ですね」

「うん、そうだね」

 だからこそ、焦りはない。

 俺達は魔力で強化した視力をもって、リリカが決議場の正門まで辿りつき、守衛の人に預けられるようにして中に入っていく様子を静かに観察する。

 重要な審査ゆえに、オーウェさんとロクサヌの二人はそこに同行する事が出来ない。

 いったん帰るのか、それともこの場で待機するのか……ロクサヌはどうやら後者を選んだようだ。

 ただ、それは殆ど意味のない行為だった。

 リッセはおそらく決議場の中で仕掛けてくる。その為に人を消したんだろう。

 それに気付いた様子のないロクサヌは、きっとオーウェさんになにも要求しない。そしてオーウェさんもまた、能動的に動くことはないだろう。中に入るというリスクは、貴族としてのルハの立場を悪くする恐れがあるからだ。

「……さすがに、中の様子を窺うのは難しそうですね。高度な結界が張り巡らされています。これには内部情報の遮断の他にも、異物に対しての警報などが含まれていそうですが……」

「機能している様子はなさそうだね」

 リッセの魔法の方が優秀ということなのか、まだ入り込んではいないだけなのか、或いは別の要因か……相手の回答待ちの疑問に時間を費やしていると、審査が終わったらしいリリカが姿を現した。

 入っていった正門側ではなく、裏手側から。

 明らかにおかしな動きだ。そこから出てくる必要性はまったくない。

「……消えた人間の殆どは、事情も知らない無実の囮でしたか。わかりやすい揺らぎが反対側で発生しましたね。少し、リリカさんの魔力に似ている感じがします」

 そう呟きながら、ミーアは軽やかに塔から飛び降りた。

 俺もそれに合わせて決議場に向かって移動を開始する。

 ここから決議場までだいたい一キロメートルほど。屋根を使って直線で向かえば、十秒とかからない。リリカが裏口から外に出るまでには、なんとか間に合うだろう。

「彼も、それに気づいたようですね」

 身体が風を切る激しい音の隙間をつくように、ミーアの声が届けられる。

 こういうのも魔力の運用法の一つのようだけど……まあ、それはともかく、その言葉の通りに、ロクサヌが正門からその気配に向かって駆けだしていた。

 ものの見事に釣られたというわけだ。(まあ、オーウェさんをその場に残したあたり、罠の可能性は疑っていたようだけど)

 その間に、当のリリカは裏口から外に出ていた。

 と、そこでおそらくリッセに掛けられた魔法が解けたんだろう。突然見ている世界が変わった事に驚くように身体を硬直させ、不安そうに周囲を見渡して――

「――え?」

 いつの間にか目の前にいた男に口を押えられ、背後に回られて身体を拘束された。

 抵抗する間もなく、彼女は首を絞められて気を失い脱力する。男はそんな彼女を肩に担ぎ、中地区の方に向かって駆けだしていくが、暴挙はここまでだ。

 決議場の傍の屋敷に到着していた俺は、勢いよくそこの屋根を蹴って相手の進路を塞ぐ位置に立つ。

「――な!?」

 上空から降ってきた形のこちらに対して、男は驚愕と共に足を止めた。

「それは致命傷ですよ」

 その背後に迫っていたミーアが、腰から抜いた細剣で男のふくらはぎを突き刺す。

 さらにもう片方の、膝の裏に蹴りを放って体勢を決定的に崩し、髪の毛を鷲掴みにしながら後頭部に膝蹴りを叩き込んだ。

 えげつない暴力だが、色々と吐かせる必要もあるので、これでも一応加減はしているんだろう。

 ミーアは肩から落とされたリリカを、細剣を手放して自由にした両手で抱きとめ、男から距離を取る。

 膝蹴りを喰らった男はそのまま前のめりに倒れ、顔面から地面に突っ込んで失神した。完全に無力化したと見ていいだろう。

 あとは彼を別の場所まで運んで、情報を聞き出すだけだが――どうやら、そこまで事は上手く進んでくれないようだ。

 鋭い風の刃が、男の方に足を踏み出した俺に向かって迫ってきていた。

 結構な魔力だ。無視はできない、とこちらが距離を取った隙に、透明になっていた仲間の一人が気絶した男を抱えて逃げ出す。

 追いかけるという選択はなかった。それを潰すようにミーア目掛けて、矢であったりナイフであったり、魔力に拠る攻撃であったりが殺到していたからだ。

 一人なら容易く凌げたのかもしれないが、今はリリカを抱えている状態の彼女に全てを任せるわけにもいかない。

 俺はミーアの前に駆け寄って、具現化の魔法を行使する。

 用意するのは複数人を簡単にいれる事が出来る大きさの空箱だ。単純なカタチをしていて、なおかつ四方八方からの攻撃をシャットアウトしてくれる防壁。

 足元から魔力を流して、地面から生成されたそれは、こちらの狙い通り全ての攻撃を弾き返してくれた。

 まだまだスムーズとは言い難いが、この応用力の高い魔法はもっと積極的に使っていくべきだろう。そんな事を考えつつ、敵の位置に神経を向ける。

「……いなくなった、かな」

 引き際に迷いがないのは、手馴れている証拠か。それと、前に遭遇した賊もそうだったけど、味方のフォローだけはしっかりしているという印象がかなり強く残っていた。

 そこに、なんというか、仲間意識みたいなものだけを感じられたのなら良かったんだけど、どうにもこの件に関してはそれ以外に対する不自然なほどのおざなりさ(姿を消さずに逃げるところとか)が目立っていて、いっそ不気味ですらあった。

 ともあれ、目先の脅威は去ったのだ。……まあ、本番はこれからなわけだが。

「ん、んん……」

 意識の途絶は浅かったのか、こっちが見ていない間にミーアが治癒を施したのか、程なくしてリリカが目を覚ました。

 妥当な流れとしては、このまま彼女をロクサヌの元に送り届けるところだが、それではこちらの勝利条件に支障が出る。

 だからこそ、ぼんやりとした視線を向けてきた彼女に、俺は言った。

「悪いけど、このまま攫わせてもらうよ」




次回は三日後に投稿予定です。よろしければ、また読んでやってください。

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