03
騎士団本部を後にした俺たちは、そのままリッセの店に足を運ぶことにした。
けれど、目的地に辿りつくことは出来なかった。
見つからなかったのだ。都合三度も足を運んだ場所が、どこにあるのか全く分からなくなっていた。
こんなこと、普通じゃあり得ない。つまりは、なにかしらの魔法が仕掛けられているということなんだろうけど……
「いえ、場所はここであっています。ただ、店だけが無くなっている」
硬い口調で、ミーアが言った。
「それって、取り壊したって事?」
「おそらくは」
そして、ありふれた家々に置き換えられたという事のようだ。
だが、一体なんのために……?
「すみません、ここにあったお店についてお尋ねしたいのですが」
こういう時の行動力は凄いというか、ミーアはなんの躊躇もなく近くにいた刺青塗れの半裸の男に話しかけた。
他にもう少し安全そうな人……は、いなかったけど、それならそれで別の機会を窺うとか、あってもいいと思う。
まあ、結果としては、その行動は正解で、
「リッセさんの店かい? あぁ、昨日の夜に場所を変えるって言ってて、早朝にはこうなってたな」
と、彼は結構親切に教えてくれた。
「どこに移ったかなどは、わかりますか?」
「そこまでは知らねぇよ。あの人、気紛れでよくこういうことするから、別に珍しいことでもねぇし」
「そうですか。ありがとうございました」
「ありがとう、ねぇ。感謝ってのは金を出す事だと思うんだが……あんた、レニ・ソルクラウだろう?」
ミーアの少し後ろで動向を見守っていた俺に、視線が流れてくる。
「ええ、そうですが」
「やっぱそうか。まあ、隻腕なんてそういねぇだろうしな。あぁ、それじゃあやっぱ金は貰えねぇか」
彼はため息と共に肩を竦めて、去って行った。
どうやら、安全というものは一応ある程度約束されていたらしい。もっとも、このタイミングで姿を消している以上、それがいつまで有効なのか定かではないが。
「……これで確定ですね。こちらへの嫌がらせはあの女が指示している。最低限筋を通していた我々に対して、これは許しがたい暴挙です」
まっすぐに俺の方を見つめながら、ミーアは言った。
ヘキサフレアスと事を構える。そうしなければ事態は改善しないと、彼女は考えているようだ。
それはある意味で正しい気もするが、ある意味では地獄に足を踏み入れるような、それこそ暴挙のようにも思えた。
「……」
ミーアはじっと回答を待っている。
どうやら、こちらの結論次第でスタンスを決めるつもりみたいだけど、俺はまだどうするべきか迷っていた。
やるからには落としどころが必要だ。まさか殺し合いにまで発展させるわけにもいかない。今の所そこまでやらなければならないほどの被害を受けているわけでもないし……いや、それ以前に、まだそれを選択できる段階にも至っていないのだ。
「リッセの気配は、感知できた?」
そう訪ねると、ミーアは途端に表情を曇らせた。
気概を削ぐ一手になった事は間違いないが、この言葉はそのまま現状の不味さも意味している。
ここまで足を運んだ段階で、先程のヴァネッサさんの言葉が嫌というほどに理解できてしまっていたからだ。
「……この街には、います」
心苦しそうに、ミーアは答えた。
「うん、それは私も感じ取れる」
リッセは間違いなくトルフィネにいる。どうしようもなく当たり前の事実である。
だが、その当たり前の事実以外の情報が一切出てこないほどに、彼女の気配は街中に満たされていた。
神経を研ぎ澄ませて探せば探すほどに、全ての場所で均一に彼女を感じるのだ。
それこそ都市一つを包む、広大な霧のように。
「……あまり、望ましくない話ですが、こういった魔力の扱いに関して、どうやらリッセ・ベルノーウは天才的なようですね。帝国でも、ここまで見事な散布が出来るものはいなかった」
忌々しさをうっすらと表情に滲ませながら、ミーアは独白のような言葉を零した。
つまり魔力を用いた便利な探索は、今回に関しては機能しないという事だ。そして、彼女の拠点といってもいい場所は破棄されたうえ、ラウ以外の構成員の顔も知らないときている。
「見つけられるかな? 私達に」
「それでも探さなければなりません。そうでなければ、この状況はあまりに不利です」
ミーアにとって、これはどうしようもなく切迫したものなんだろう。
その感覚が俺の方には適応されていないのは、リッセに対するある種の信頼というか、幻想があるからか……まあ、いずれにしても、なんとかして見つけなければならないという点は同意で、明日からはリッセを少しでも知っていそうな人達に片っ端から当たってみるとか、もう少し時間をかけて魔力による感知を粘ってみるとか、色々と人探しに尽力する事になりそうだった。
次回は二、三日後に投稿予定です。よろしければ、また読んでやってください。




