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第三章/裏切り者たち 01

「すまないが、それはもう買い取れないんだ」

 持ち込んだ魔物の素材を前に、グーウェさんが紹介してくれた魔物専門の買い取り業者さんは、申し訳なさそうに眉を顰めた。

「実は、昨日の夜から今日までの間に大量に仕入れる事になってね」

「そう、なんですか……」

「本当にすまないね」

「いえ、そちらが謝るような事でもありませんし。……ところで、他になにか、価格の変化とかはあったりしたんですか?」

「あぁ。どうも狩人協会が推奨を変えたみたいでね」

 やや複雑そうな表情でそう答えながら、彼は魔物の名前とその値段が羅列された資料のようなものをこちら側に向けて、

「これとか、これとかが、今は大量に出回っているよ」

 と、価格変化が生じている魔物の情報を提供してくれる。

 ちなみに狩人協会というのは、端的に言ってしまえば冒険者組合とかと同じ類ではあるらしいんだけど、結局俺はどこにも所属していないので、どういう団体なのかとかは詳しく知らなかった。

 前者はともかく、後者はこちらの商売とも関係がありそうだし、トラブルになる前にある程度は把握しておいた方が良いんだろうけど、ミーア曰く「名ばかりの団体でそれほど発言力もなければ、大抵は個人でやっているだけなので気にする価値はないと思います」らしいので、ついつい後回しにしている問題だったりもした。

 まあ、そのツケが、今来ている気もするわけだけど……

「……こういう事って、結構あるんですか?」

「その時々かな。一月で変わることもあれば、数年変わらない事もあるし。狩場の空気っていうか、危険度っていうのは魔域の気紛れで変動するものだからね。もっとも、今回の件はそういうのとはまた違うみたいだが」

「違うというと?」

「どうやらそいつらの生態系の解明が一歩進んだとかなんとか、そんな感じらしい。要は居場所が把握しやすくなったってことだが、その情報を協会が開示したから、一斉に乱獲が始まったって流れみたいだね。こちらは、正直かなり珍しい動きといえるかな。最近上が変わったって話だから、そのあたりが影響しているのかもしれないが、この分だとしばらく魔物の売値は乱高下することだろうね。まあ、そういうのに影響されない奴もいるにはいるが」

「……グルドワグラ、とかですか?」

 どうにも自分自身について回る事が多くなった魔物の名称を口にする。

 まあ、それがきっかけである界隈で有名になったわけなので、今更切っても切れないものではあるんだろうが、こうも関わってくると少し複雑だったりもした。

「あぁ、そのあたりの大物の値段は高くなることはあっても、下がることはないからね。いつでも買い取らせていただくよ」

 いっそ催促するように、彼は言ってくれるけど、

「あれは、もういいです。割に合わないですから」

 というのが、こちらの本音だった。

 大体、次も上手くいく保証がそもそもないのだ。もちろん、あの時よりはレニ・ソルクラウという者の性能への理解もあるし、その扱い方も判ってきたとは思うけど、でも同時にあの時のような心構えにはなれない事も理解していた。

 少なくとも、今の俺には、お金の為だけに命を賭けるなんて真似は到底出来ないだろう。

 ともあれ、どうにも生活の基盤が危うい事になっている現状は、なんとかする必要がある。

 幸い、そんなに無駄遣いをしてきたわけでもないので貯蓄の方は十分あるし、すぐに貧窮する事もないだろうけど。それにしても、まさか自分がメインで狩っていたのが軒並み暴落するというのは、なかなかについていない話だ……なんて、この時はまだ、そんな楽観的な事を考えていた。


       §


 狩ってきたものを無駄にするのもあれだし、今日はこいつを食材に料理にまた挑戦するか、などと考えながら自宅に帰ると、玄関の前に大柄な男と、その男の半分くらいの背丈の中年男が佇んでいた。

 片方はチンピラで、片方は成金といった感じの、ガラの悪そうな格好をしている。……外ならともかく、この建物の中でそういう人種を見るのは初めての事だった。

 どちらもあまり関わりたいタイプではないけど、そこに居るということは、こちらに用があるんだろう。どうにも悪いことが続いているみたいだ、とため息が零れる。

 その音で気付いたのか、二人は振り返った。

「……やっと帰って来たか。遅いんだよ、出来損ないが」

 人の欠けた腕を見ながら、小柄の男が濁声で吐き捨ててくる。

 いきなりな挨拶だけど、正直脅威はあまり感じない。大柄の男も同様だ。

 見かけ倒しだというのがすぐに判るのはいい事だが、目的が判らないのは少し不気味だった。

「用件は?」

 この手の相手に下手に出てもつけあがるだけなのは判っているので、端的に訪ねる。

 すると、小柄な男はややビクついた反応を見せてから、

「決まってるだろう。集金だよ。支払うものを支払えって、当然の話だ。まあ、そんな事すらわからないから、間抜けな問いをするんだろうがなぁ」

「集金? 家賃なら二月分既に払ったはずですけど?」

「それはここの話だろう? 俺たちが言ってるのは、この一帯で暮らしていくにあたっての話だよ」

「……あぁ、なるほど」

 つまり、ヤクザとかの世界にある、みかじめ料とかいうのを寄越せと言ってきているわけだ。別にここでも商売しているわけでもないっていうのに。

「断れば?」

「ゼルマインドを相手にする事になるわなぁ。或いは、ヘキサフレアスかもしれないが」

「……」

 これだけでは、それがハッタリなのかどうかは読み取れない。

 いずれにしても、事実確認を取ってから、どう対処するかになるだろう。

「いくらですか?」

「そうだなぁ、一万リラってところか。新人さんみたいだしなぁ」

「そんな大金は、すぐには用意出来ません」

「その身体を使えばすぐだろう?」

 下卑た、吐き気のする視線。

 ……もし、ここにミーアがいたら、二人を殺していただろうか。そうならなくて幸いだけど、暴力に訴えておくというのも、この手の相手には必要なのかもしれない。

 少なくとも、このまま手を出して来るというのなら、急所を潰すくらいのことはしてもいい。極上の痛みだ。以降、軽はずみな事も出来なくなる。

「今すぐにはと言っただけです。数日あれば問題ない」

 そんな考えを固めつつ、俺は努めて静かな口調でまずは時間を作ることを選んだ。

「そうかい? まあ、そうだな、五日程度なら待ってやるよ。ただし、その場合は一万五千リラだ」

「ええ、それで構いません。ですから、今日はお引き取りを」

「……逃げられると思うなよ?」

 つまらない捨て台詞を残して、二人は去っていく。

 俺は右のポケットから鍵をとりだして、玄関の扉を開けた。

 それから、もう一度ため息をつく。

 徒労を抱えて帰ってきて早々、また出かけるのはさすがに億劫だった。

 ……別に、今日じゃなくてもいいか。

 それに、どの道彼等の要求に従うつもりはない。仮にその背景に、本当に二つの勢力のどちらかがあったとしても、こんなふざけた道理を押し付けてくるというのなら、こちらにも考えがある。

 まあ、実際のところは、確信ではないものの十中八九、虎の威を借りる狐の如く、でまかせを並べているだけだと思っているわけだけど……

「…………遅いな」

 解体された魔物を冷蔵庫に入れて、水を飲み、気分転換に寝転がりながら二冊ほど本を読んで時間を潰したところで、俺は懐から懐中時計を取り出した。

 やっぱり、いつもならとっくにミーアが帰ってきている時間だ。特に予定があるという話も聞いていなかった。

 仕事が仕事だから、急患とかが来れば定時とはいかないだろうし、まだ夜になったわけでもないから、そんなに気にする必要もないんだろうけど、悪い事というものは連続するものだ。

 それは根拠のないジンクスでしかないけど、どうしたって不安は募る。このままじっとしていることに、罪悪感すら覚えてしまう。

 こういうものを我慢するのは、苦手だ。

「……まあ、たまには迎えに行くのも、悪くはないよな」

 まるで誰かに言い訳するみたいに呟きながら、俺は部屋を後にした。




次回の投稿は三日後の予定です。よろしければ、また読んでやってください。

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