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09

 そんな感じの日々が依頼の終了期間まで続いた。

 何事もなく、どこまでも平穏に、結果だけ見ればこれ以上ないくらいに楽な仕事となったわけだ。

 新聞の記事になった倉庫の火災(ロクサヌの所有していた物件だったらしい)に続き、自宅の襲撃と来て、エスカレートしていきそうな気配があったんだけど、どうやらそれは杞憂で済んだらしい。

 護衛にそれだけの抑止力があったのか、或いは元々脅しはそこで止めるつもりだったのかは不明だが、とにかく状況は膠着してくれた。

 そして、その猶予の間にオーウェさんも仕事を果たしたようで、エインスフィートの自宅を襲撃した賊は、二日前に見事騎士団によって逮捕された。

 彼等が全ての元凶であったのなら、これで終わり。俺たちも後腐れなくこの仕事に幕を引ける。

 まあ、仮に引けなかったとしても、これで終わりなのに変わりはない。もちろん、前者であるに越したことはないが……

「……これで、契約終了ですね」

 上着の内ポケットから懐中時計を取り出して時刻を確認し、俺は言った。

「はい、お疲れ様でした。報酬は二日後でよろしいでしょうかな?」

「ええ、それで問題ありません」

「いやはや、お二人のおかげですな。さすがはグルドワグラを屠った武人だ。くだらん賊共も無様なほどに萎縮してくれたようで」

 もう全て解決したと判断しているのか、ロクサヌは満面の笑みだった。

 ともあれ、俺達たちは一週間ほど過ごした屋敷を後にするべく玄関に向かう。その間、彼はやけに饒舌だったが、よほど拘束されていた時間が苦痛だったんだろう。

 その気持ちは、まあわからなくもないけど、なんて考えながら外に出て、正門までのやや長い道を半ばまで過ぎたところで、それは起きた。

 風を切る音。微かな魔力を宿した一矢。

「――」

 狙いはリリカだ。ルハと談笑をしている彼女。

 オーウェさんも気付いている。けど、彼の位置取りはリリカにまで気を回していなかった。――当然だ。攻撃は一つじゃなかった。リリカ、ルハ、そしてミーアにほぼ同時に行われていたのだ。

 それに気付くと同時に、判断に迷いが生じる。一体誰を優先するべきか。

 一番近くにいるのはミーアだ。ただ、彼女は気付いているし対処もできそうだった。

 なら、俺が守るのはリリカであるべきだろう。

 少し行動が遅れたが、レニ・ソルクラウの身体は十二分に金属製の矢の速度を上回り、リリカの額目掛けて飛来していたそれを掴みとった。

 その直後、金属同士が衝突する音が響く。

 ミーアが腰に携えていた細剣で矢を切り払った音だ。オーウェさんの方はルハの肩を抱いて引き寄せる事によって、矢の一撃を回避していた。

 若干油断していた中での奇襲だったが、なんとか凌げ――

「――ぐぅあ!」

 背後から、突然呻き声が届いた。

 弾かれるように、みんなの視線がそちらに流れる。

 ロクサヌの左肩から噴きだす血液。上方から射られたのか、貫通した矢が地面に刺さっている。

 俺は周囲の気配に意識を向けるが、補足できるものは何もなかった。

 ミーアも、オーウェさんも同様だろう。それは呻き声を聞いた瞬間の反応でわかっている。

 つまり、誰もこれを防ぐ事が出来なかったのだ。

 まったく認識できなかった一撃。……以前にも、似たような光景を見た事がある。

 しかも、契約が完了したばかりのこのタイミングだ。それこそ、こちらの動向を全て把握していたような……

「……ずいぶんと、露骨なやり方ですね。ある意味で彼女らしいのかもしれませんが」

 ため息交じりに呟きながら、ミーアはロクサヌの傷口に触れて治癒の魔法を施していく。

「うぅ、ぐ……か、彼女だと? それはどういう意味だ?」

 痛みに顔を顰め、脂汗を流しながら、聞き捨てならない発言を前にロクサヌは凄んでみせた。

 それを、どこか冷めた眼差しで受け止めながらミーアは答える。

「ヘキサフレアス」

 その名称を聞いた瞬間、浮かんだ感想は「やっぱりそうか」と「でも、それはおかしい」の二つだった

「……ヘキサフレアス? あの忌々しい死狂いの花が何だというんだっ」

 治癒をしていたミーアの手首を掴んで、ロクサヌはやや上擦った声をもらす。

 唐突な話題変換にでも感じたのか、かなりの力を込めているようで、その手は少し震えていた。

 痛みからか、ミーアが微かに微かに眉を顰める。ただ、それを払いのけたりはせず、彼女は静かな口調で言った。

「組織と呼べるほど大規模なものなのかは知りませんが、それはある勢力の名前です。シュノフの人間にとっては、災厄の象徴のようですが」

 ……あとで調べて判った事だけど、それは二十五年ほど前にシュノフの人口を一パーセントも奪った、シュノフ近辺にのみ生息している人に寄生する植物の名称で、それは脳を食って成長し、最後にはとても朱く美しい花を咲かせ、死の花粉をまき散らすらしい。

 専門書を開かないと出てこないような、かなりマイナーな花だったということもまた、特徴の一つでもあった。

「……どうやら、警戒はもう必要ないようですな。少なくとも、今この場においては」

「ええ、そうでしょうね。だからこそ彼は殺されなかった」

 オーウェさんの言葉にそう答えて、ミーアは抜いていた細剣を鞘に戻し、

「あ、あの――」

「なにか?」

 ルハの言葉を遮るように、鞘に収めた細剣の切っ先をリリカの喉元に向けて、どこまで冷たい視線を提示した。

「では、治療も完了したので、私たちはこれで失礼します」

 恭しく頭をさげて、ミーアは歩き出す。

 俺もその後を追いかけて、二人して屋敷を後にした。


       §


「……ミーアは、どうしてヘキサフレアスが関与してるって思ったの?」

 上地区を抜けて中地区の住居群に差し掛かったところで、俺は足を止めて訪ねた。

「それは、確認でしょうか?」

 やや不安そうに、ミーアは言葉を返してくる。

 おそらくだけど、そうでなければリッセ・ベルノーウに対するお互いの認識に齟齬があると感じてしまったんだろう。

 だから、俺は小さく息を吐いて、

「そうだね、これは疑問じゃない」

 と、答えた。

 すると彼女はちょっとだけほっとしたように頬を緩ませてから、

「……そうですね、第一に我々の契約内容が把握されていた点が挙げられます。今の襲撃はまさにそれが判っていると示すための行いでしょう。そんな事を赤の他人がこちらにする理由はありません。第二にエインスフィート家はストラノ・レコンの後釜になろうとしている存在です。同系の魔法を所有しているスクイリズとの関係を手に入れたであろうヘキサフレアスにとっては、望ましい相手ではありません。利権の確保にはそれなりの投資もしたと思いますし」

「あぁ、なるほどね」

 前者は同じ認識だったけど、後者の方は失念していた。

 今回の件は、そういうシェア争いから発生しているものなのだ。『大きな死』というものを巡る問題は、当事者が死んでからも当然のように続いていたというわけである。

「そういうレニさまは、どうして……いえ、訊くまでもありませんね。どちらと会っていたのですか?」

「ラウの方だよ」

 契約の話を考えるって流れになった時点で、そのあたりの確認はしておきたかったから、貴族についての調べものをする少し前に、俺はリッセの店に再度顔を出していた。

「それで、彼は問題ないと?」

「うん、私達がララノイアのやっている事にどう関わったとしても、こちらには一切動く理由がないって答えだった」

 まあ、生憎とそこにはラウしかいなかったわけだけど、印象として組織の管理は彼がしていると思っていたので、リッセにまで確認はとらなかったのだ。

 そのあたりが、今回の落ち度と言えそうだが。

「リッセとラウの間ですれ違いでも起きてるのか、それとも単純に気が変わったのか、どっちかはまだわからないけど、多分ミーアの言う通り、これにはヘキサフレアスが関わっているんだと思う。あぁ、あと、ヴァネッサさんだったかな、そこの勢力も一枚噛んでいるみたいだけど」

「ゼルマインドの首領がですか?」

「こっちとも、ちょっと会う機会があってね。ミーアは彼女の事をどの程度知ってる?」

「髑髏の女、片足の女傑、下地区最大勢力の頂点。そして死の商人と、不穏な仇名の多い人物です。貴族との繋がりも多いみたいですし、関与は妥当なのかもしれませんが…………まあ、いずれにしても、警告を挟んでくるあたり、エインスフィートには逃げ道が残されています。貴族になることを諦めさえすれば、それ以上はないでしょう」

「でも諦めなければ、今度は肩では済まない、か。……どう出るかな? ロクサヌさんは」

 その問いに返ってきたのは、やや沈んだ表情と重たい沈黙だった。




次回は二日後に投稿予定です。

よろしければ、また読んでやってください。

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