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07

 何事もなく時間は経過していき、多くの人にとっての就寝時間がやってきた。

 護衛という仕事上、これ以降の時間が多分一番気を遣う必要があるんだろうけど、人口密度が薄い分周囲の気配は捉えやすいし、正直そこまでの神経を使う事態になることはなさそうだ。それにミーアもいる。睡眠も交互にとれば長丁場においての心配もいらない。

 こちらは概ね、問題のない環境にあるといえた。

 ただ、護衛対象側は、色々と不味い状況にあるようだ。

 というのも、ここまで手厚い保護をロクサヌは望んでいなかったらしい。彼からすれば、自分の行動に支障が出る類全てが、今の時期にはよろしくない事だったんだろう。

「――とんだ外れだ。なんなんだここの貴族は、何一つ交渉の役に立たないではないか」

 与えられた客室で零す愚痴が、酒瓶を乱暴にテーブルに置く音と共に、またも少し離れた廊下にいるこちらの耳に届いてくる。

 別段、壁が薄いわけじゃないので、多分他の人には聞こえていないんだろうけど、それにしても迂闊だ。

「大体どうして他の奴等が使えないんだ。どいつもこいつも私の依頼を断りおって。これでは紹介状も――」

「お父さん、もう寝ないと。明日早いんでしょう?」

「判っている。これを呑んだら終わりだ。……明日は多分少し遅くなる。しっかりと護衛の傍にいるように。あと、ちゃんとあの貴族のご機嫌を取っておくんだぞ?」

「……うん、わかってる」

「ならいい」

 ……なんとも不快なやりとり。

 せめてもの救いは、リリカ本人がそこに負い目を持っていそうなところだろうか。

 まあ、なんにしても、この温度差は嫌な感じだけど、だからといって俺になにか出来ることがあるわけでもないし、するつもりもない。こういうのは当事者同士の問題だ。彼等がそれを望まない限りは、第三者がしゃしゃり出るような事じゃない。

 それよりも、こちらが気にしなければならないのは紹介状のくだりだ。

 もしかして盗まれでもしたのか、そもそも偽造かなにかだったのか……色々と推測はできるけど、あの賊たちの狙いは多分それだったんだろう。

 或いは、あの賊たちはただの囮で、あの騒動の間に本命の誰かが招待状になにかをしたのか――

「ねぇねぇ、明日は一緒に寝ても大丈夫かな? せっかく同じ場所にいるんだよ、色々と話したいしさぁ」

 思考を遮るように、今度はルハの声が聞こえてきた。

「それはやや非常識かと。平時ではありませんしな」

 返す言葉はオーウェさんのものだ。

 彼はルハの左隣が自室のようだが、今は同じ部屋にいるらしい。

「む、そんなのはわかってるよ。でも、ルハが傍に居たほうがオーウェも守りやすいでしょう?」

「いいえ、大変守りにくいです。貴女様が安全な場所にいてはじめて、私は他者に手を差し伸べる事が出来る身ですので」

「そういうの、過保護っていうんだよ?」

「では、それが必要ではなくなるくらいに、強くなってくださいませ。そうすれば、私も口を挟まずに済みます」

「……もう寝る」

 言いくるめられた事が気に入らなかったのか、不貞腐れたようなルハの声が届いた。

 それから数秒ほどの静けさを間に置いて、

「……朝は、ルハが色々作るつもりだけど、それはいいよね? ……邪魔じゃ、ないよね?」

 という言葉が続く。

 不安そうな、臆病さを滲ませた声だった。

「必要な食材を紙に書いてください。早朝に用意しておきますので」

 優しい口調で、オーウェさんが言う。

 本当に優しい口調。

「えへへ、リリカはトルカッテが好きって言ってたんだ。だから、挑戦してみるの。……あ、レニとミーアは好きかな? トルカッテ」

 多分ベッドから跳ね起きたんだろう、スプリングの軋むような音がして、次に椅子に腰かける音が続く。もっと神経を聴覚に集中させていれば、ペンを走らせる音も聞こえてきたのかもしれない。

「好みが別れるような類ではないので、その点は大丈夫かと。ただ、味は薄めにした方がよろしいでしょうな」

「それ、オーウェの好みじゃないの?」

「年寄りは優先されるべきなのですよ、お嬢様」

 しれっとした表情が、容易く想像出来るようなオーウェさんの声。

 両者の気安さがよく判るやりとりだ。

 ルハは文字を書くのに集中し始めたのか、そこで会話が少し途切れて、

「……ねぇ、オーウェ、リリカが貴族になれば、リリカはルハと同じになるんだよね? お互い普通にしてもいいんだよね? ちゃんとした友達になれるんだよね?」

 椅子を引く音。

 どうやら、注文を書き終えたみたいだ。

「見つけてね。絶対に、やっつけて」

 そう言って、ルハはまたベッドに乱暴に腰を下ろした。

 その音に紛れるように、

「……ええ、必ずや」

 と、オーウェさんのやや硬い頷きが聞こえて……彼が退室する音を最後に、ルハの部屋は静かになる。

 俺は小さく息を吐いて、胸に渦巻いていた罪悪感に振り払おうとしたけれど、それは叶わなかった。

 耳を塞ぐわけにはいかないとはいえ、やっぱり聞こえ過ぎるっていうのは良くない。特にルハたちのは、第三者が盗聴していいような内容じゃないように思えた。

 こっちまで感傷的になってしまうの込みで気分が悪いし、それすらも彼の狙いなのかと疑ってしまう自分にも哀しくなる。

「……嫌な仕事だな。ほんと」

 やっぱり引き受けるんじゃなかったかもと、今更な後悔を抱きつつ、俺は再び始まったロクサヌの愚痴にうんざりしながら、早く彼が眠ってくれる事を、わりと切実に願った。


次回は二、三日後に投稿予定です。よろしければ、また読んでやってください。

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