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第一章/新生活とトラブルと 01

 

 ポケットに入れておいた懐中時計を取り出し時刻を確認して、俺はため息をついた。

 朝の五時に宿を出てから、かれこれもう三時間半もミーアと二人で中地区を歩き回っているというのに、未だに手応えの一つもなし。

「……次で何件目だったっけ?」

「七件目ですね。そこの大通りを右に曲がって、映画館が左手に見えたところでもう一度右に曲がった先にあるようです」

「そっか。今度こそ、いい物件があるといいんだけど」

 というか、この際あまり贅沢は言わないから空いている物件に出会いたい。

 そう思ってしまうくらい、俺たちの引っ越しは難航していた。どこもかしこも満室の一言で終わってしまうとは、正直想像もしていなかった。

 これはさすがに、中地区は諦めた方がいいのかもしれない。

 とはいえ、上地区の物件も難しいだろう。そもそも引っ越しを決めた理由が宿代の高さにあるわけだから、宿より高い物件は論外なのだ。

 そうなると最終的な候補は下地区ということになりそうだけど、強い弱い関係なしに女子二人(片方の中身は男なわけだが)で暮らす上で治安の悪いところは出来れば選びたくないし……あと数日粘って、それでも見つからなかったら、もうしばらくは宿での月二万リラ(大体六十万円くらい)暮らしを続ける事になりそうだった。

 まあ、レニの力のおかげもあって支払えないという事もないんだけど、やっぱりホテルを家代わりにするのは出費が痛い。

 そういう認識になったのは、二人で相談した結果、トルフィネに根を張ってやっていこうと決めた事が大きかった。こういう前向きな変化っていうのは、あまり経験がないことだったから、ちょっと不思議な感じでもあったけど。

「……おかしいですね。映画館が見えてきません」

 しばらく歩いたところで、ミーアが不安そうに呟いた。

「もしかして、見落としたのかな?」

「いえ、それはない筈ですが……」

 ミーアは周囲に視線を流して、近くにいた中年の夫婦らしい二人の元に小走りで向かっていき、

「あの、すみません、この辺りに映画館ってありませんでしたか?」

「映画館? あぁ、あそこね。一月前に潰れたよ」

「え?」

「今はなんだったかな、飲食店かなんかが入ってたと思うけど」

「そ、そうですか。ありがとうございました」

 頭をぺこりと下げて、とぼとぼとこちらに戻ってきた。

「申し訳ありません。情報が古かった、みたいです」

 沈んだ声でミーアが言う。

 なんというか、すごいヘコみようだった。失敗に対する恥ずかしさもあるんだろう。心なし頬も赤い。

 まあ、以前みたいに委縮しているわけじゃないから、こっちの気分まで沈みそうになることはないんだけど、どういう風に声を掛けたらいいのかは、やっぱり迷う。

「――ソルクラウさん!」

 その余白を埋めるように、弾むような明るい声が背中から届けられた。

 振り返ると、そこには膝丈のワンピースの上にジャケットを羽織ったフラエリアさんの姿があった。

「こんなところでなにしてるんですか?」

「探し物っていってもいいのかな。引っ越しをしようと思っていて」

 別に隠すような事でもないかと、俺は素直に答えた。

 それから、ちらりとミーアの様子を窺ってから、言葉をつけたす。

「まあ、今は、一端休憩しようかなってところだけど」

「もしかして、難航中?」

 こっちの疲弊具合を感じ取ってか、フラエリアさんが言う。

 それに俺は苦笑を返して、

「正直、ここまで見つからないとは思ってなかった」

「このあたりは激戦区ですからね。下地区は山ほど余ってるんだけど」

「そうなんだ?」

「あのあたりは家建てやすいんですよ。安いし潰しやすくもあるから。まあ、その分治安とかは最悪ですけどね。なにか事件とか起きても、騎士団一切動かないし」

 それは、予想通りというか予想以上というか……

「それにしても、詳しいんだね」

「仕事の関係で関わることが多いからから。それに、グゥーエこういうのいい加減だし」

「あぁ、なるほどね」

 そこには確かな説得力があったし、彼女の苦労も垣間見えた気がした。もっとも、それ以上に愉しそうにも見えたけれど。

「あ、そうだ、休憩中っていうなら少しわたしに付き合ってくれませんか? もし付き合ってくれるなら、いい不動産屋紹介しますよ?」

 どこか悪戯っぽい笑顔を浮かべて、フラエリアさんは言った。

「それは願ったり叶ったりだけど。どこに行くつもりなの?」

「服屋さんです」

 別段、拒むような理由は見当たらない。

 ……そう、この時は何とも楽観的に、自分には関係ない事だと俺はたかを括っていたのだ。

「ミーアも構わない?」

「はい、もちろん問題ありません」

「じゃあ、ご一緒させてもらおうかな」

 どこまでも気軽なトーンで、俺はそう了承して――



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