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 近場にある広場は、いつもに比べれば人が少なかった。

 話をするならそこでいいだろうと、俺は足を向かわせる。

 ついてくる少女の足取りは重かった。最初の勢いはどこへやらといった有様だ。はっきりと凹んでいるのがわかるし、ちょっと動揺しているようにも見えた。

 突然現れて、勝手に沈んで、なんとも迷惑な話だけど……まあ、悪い子ではないんだろう。

 俺は露店でさっぱりとした飲み物を買って、ベンチに腰かけるよう少女に促し、それを手渡す。

「あ、ありがとうございますですわ」

 なんだか言葉使いもおかしい。というか、敬語を使いなれていないといった感じだろうか。

 傍にいる執事といい着ている服といい、間違いなく貴族だとは思うんだけど、どうにもしっくり来ない。

「……」

 もしかしたら緊張もしていて喉が渇いていたのか、少女は両手でつかんだコップの中味を一気に飲み乾した。それから、はぁー、と長い息をはく。

 どうやら、少しは落ち着いたみたいだ。

「心遣い、感謝いたしますわ。ええ、本当に、直接足を運んで良かった。貴女になら任せられそうです」

 彼女は自身の胸に左手を押し当てて、嬉しそうな表情でそう言った。

 まだどんな内容なのかも聞いてすらいないのに、すでにこちらが了承する前提で話を進めてくるあたり、強引なのは素のようだけど……

「――お、お嬢様、まずは用件を」

 こちらの拒絶的な雰囲気を感じ取ってか、ベンチの後ろに控えていた執事の人が少女の耳元で囁く。

 丸聞こえなあたり、その行為は全くの無意味だったが、少なくとも執事の方はまともそうだというのが判ったのは収穫なのかもしれない。

「ああ、そうでしたわ。貴女には是非とも私に雇われていただきたいの。もちろん報酬は弾みますわ。これ以上ないというくらいの、ええと、破格? の条件を提示します」

 覚えたての言葉を用いるみたいな怪しさで少女は言う。

 言ってから、ちらちらと執事の方に視線を送る。

「すみませんお嬢様、用件より先に、まずは自己紹介をした方が良かったかもしれません」

「あ、そっか。あー、そうでしたわね。まだ自己紹介をしていませんでしたわね。私はルハ。こっちはオーウェです」

「お嬢様、私の名前はいりません。あと家名はちゃんと名乗ってください」

「え? そうなの? なんで?」

 きょとんとした顔で、ルハと名乗った少女は執事を真っ直ぐに見た。もはや内緒話の体裁すら保てていない。……なんだろう、子供の学芸会を見せられているような感じ。まあ、微笑ましいと言えば微笑ましいのかもしれないが。

 とはいえ、了承できない内容に変わりはないので、こちらの答えは一つしかなかった。

「申し訳ありませんが、その手の話は引き受けない事にしておりまして」

 一応身体はルハの方に向けつつ、多分保護者的な立ち位置のオーウェさんに向けて俺は言った。

「とってもいい条件ですのよ?」

「でしたら、まずはその条件を提示されてはいかがですか?」

 冷ややかな視線と共に、ミーアが口を挟む。

「え? あー、ちょっと待ってくださいませね」

 少女は狼狽しながら中腰になった執事の元に身体を寄せて、その耳元に口を近づけ、その様子を左手で隠した。

「ねぇ、どうしよう? どういう条件にすればいいのかな?」

 レニの聴覚はとても優れているので、その程度の小声ではやはり丸聞こえだった。そして、どうやらなにも考えていなかったらしい。

「そ、それはご自分でお考えください。わ、私には少々荷が重すぎますので」

 オーウェさんの方も実はあんまりしっかりしていないのか、主人から目を逸らしながら言う。

 それでいよいよもって追いつめられたのか、ルハは「むぅぅう」と唸り声をあげたかと思うと、ベンチから勢いよく立ちあがり、こちらに視線を戻して、

「じゃあ、決闘しかないですわね!」

「…………は?」

 あまりに脈絡のない文言に、一瞬理解が追い付かなかった。

「だーかーら、決闘ですわ。決闘して決めるの! で、私が勝ったら手伝うの!」

 俺の方を指差し、さらには地団駄を踏みながら、ルハは力強く言う。

 その大声と挙動に、何事かと周囲にいた人たちの注目が集まりだしていた。

 ……これはあれだ、いわゆる駄々っ子戦法というやつだ。公衆の面前でなんとも性質の悪い事をしてきたものである。

 さすがにうんざりしてきたが、ここで無碍に断ったら、今にも泣きだしそうな表情でもあった。

「……」

 短い吐息が、隣から聞こえてくる。

 ミーアだ。もはや敵意に近いほどに、刺々しい空気を滲ませている。

 これはちょっと抑えてもらった方がいいような気が――なんて思うよりも早く、

「決闘ですか。それは良い考えですね」

 と、優しい口調でミーアはこの急展開に同意を示した。

「治療はいくらでも出来ますし、幸いここはちょうどいい広さでもありますし。……それで、武器はどうしましょうか? 近場の店で購入しますか? それとも素手でやりますか? 私はどちらでも構いませんが」

「え? ええと、貴女がやるの?」

 戸惑い気味に、ルハが訪ねる。

 するとミーアは、それはもう寒気がするくらいに優艶な微笑で、

「レニさまはお強いですから。本番の前に、まずは肩慣らしが必要でしょう? それとも、そこらの小娘一人黙らせる力すらない分際で、決闘などという言葉を用いたのですか?」

 完全に、頭に来ている様子だった。

 ちょっと怖いし、この流れになってしまった以上、無理に止めるよりも、さっさと打ち負かせた方が早い気もする。

 それに、なんだかんだ、ミーアも無茶な事はしないだろう。

 その瞳ははっきりと怒っていたが、まだまだ冷静さを宿してもいたし……うん、多分、大丈夫なはず。

 若干投げやりにそう判断しつつ、俺はルハの返答を待ち、

「当然、問題ありませんわ! オーウェ、今すぐ訓練用の武器を揃えてちょうだい!」

 売り言葉に買い言葉よろしく、決闘は成立したのだった。





次話は二日後の十一時頃に投稿予定です。よろしければ、またお付き合いいただけると幸いです。

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