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昨夜の爆発は、火石を大量に保管していた倉庫で起きたものだったらしい。
原因は倉庫内にあった火石の一つに欠陥があって、内部の炎が漏れたことによるもので『騎士団は短絡的にもこの一件を事故として処理した』と新聞には書かれていた。
まあ、事故だろうが事件だろうが、死者が出ず周囲に大きな被害もなかったというのなら、それほど関心を寄せるようなニュースでもない。こうして何があったのか最低限把握できた以上、正直この件に関してはもうどうでもよかった。
それよりも、と俺はテーブルに置かれていた水を一口飲んで、店員がやってくるのを今か今かと待つ。
夜更かし明けの昼下がり。広場前の美味しいオープンカフェで、俺とミーアは昨日の口直しをする気満々だった。
「お待たせいたしました」
相変わらず殆ど客を待たせることなく、品物がやってくる。
見た目からして美味しそうな肉料理にスープ。このあとにはデザートも待っていた。
やっぱり食べ物って大事だなぁ、と噛みしめながら、ゆっくりと料理を味わう。
なんというか、もう自分たちで料理なんてしなくて、ここに通えばいいんじゃないかという誘惑が凄い。……が、対面に腰かけるミーアには一切適応されなかったみたいで、彼女は先日とはまったく異なる真剣な表情で、それこそレシピを看破する心構えで料理を堪能していた。
これはもう、再チャレンジをする意欲に溢れていると言っても過言ではないだろう。
実際、
「これは、一体どのような調理法を取っているのでしょうか? 料理人に訪ねるのは企業秘密に触れる事になりそうですし、やはり自力で把握するのが一番ですよね。香りも大事です。そこにもなにか高度な技術が含まれているのでしょうか」
と、食事後そんな事を呟いていたし、長い道のりを歩みだしたのは間違いなさそうだった。
もちろん、乗りかかった船ではあるので、俺もそれに付き合う事にはなりそうだけど――
「レニ・ソルクラウ! レニ・ソルクラウはどこかしら!」
……そんな平和な悩みを吹き飛ばす、実に無遠慮な少女の声がオープンカフェに響いた。
なんだろう、以前にも似たような事があった気がする。あれはたしか、宿の一階にある居酒屋での出来事だったか。
あまり振り返りたくはないけど、これ以上大声をあげられても困る。
ため息と共に、俺は声の方に視線を向けた。
「貴方、レニ・ソルクラウをご存知ないかしら? 隻腕に黒髪の女性ということなのだけど」
入口付近にいた客に、やたらと派手な蒼いドレスを着た少女が詰め寄っている。
背丈はミーアと同じくらいだろうか、平均よりはやや高め。ただ、顔立ちにはあどけなさが多く残っていた。中学生になりたてとか、そんな感じだ。
「――あ!」
その彼女が、こちらに気付いた。
この都市では主流の金髪をなびかせて、つかつかと近づいてくる。そして、
「貴女がレニ・ソルクラ――」
言葉の途中で盛大にこけた。ドレスの裾を踏んづけたのだ。
前のめりだった。顔面から地面に突っ込んだ。
鈍い音が響く。ついでに「ふぎゃ!」という奇声もおまけでついてきた。
「お、お嬢様!?」
遅れて入ってきた執事らしき老人が、慌てて少女に駆け寄る。
「だ、だいじょうぶ、よ。なんにょもんだいも、にゃいわ」
鼻をおさえ、ぽたぽたと血を垂らしながら、少女は立ち上がった。唇も切ったのか、呂律が怪しい。
なんだか、変な人物に絡まれてしまったようだ。
「はぁ……」
嫌悪を滲ませた吐息が、ミーアから零れる。
が、それでも怪我をした人間を放置するのは気が引けたのか、少女の元に歩み寄って、
「見せてください。治療しますから」
「え?」
「お店にご迷惑でしょう? こんなに血で汚して」
「う、あ、そ、そうね。では、お願いしますわ」
口を押えていた手を離して、もごもごと少女は頷いた。
ミーアの手が傷口に触れる。放たれた魔力が銀色の光を伴って、少女の傷を癒していく。
治療は一分ほどで片付いた。零れた血は店員さんがテキパキと処理していく。
「それで、ご用件はなんでしょうか? いえ、その前に場所をかえましょう。レニさまもよろしいですか?」
「あぁ、そうだね」
ここは人気店だ。食事が済んだ人間が、いつまでも席を埋めているのは望ましくない。
会計と謝罪を済ませて、俺たちは店を出た。
次話は二日以内に投稿予定です。よろしければ次も読んでいただけると幸いです。




