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そうして料理という試練に挑むことになったわけだが、結論から言うと大失敗だった。
うん、もうその言葉しかないくらいに、とてもじゃないけど食べられない代物が出来上がってしまったのだ。……いや、なんというか、正直ここまで酷くなるとは思ってもいなかった。
不味いなぁ、とか、この筋だらけの肉硬いなぁとか、ちょっと生臭いなぁとか、文句を言いつつも食べられる程度のものくらいにはなるだろうと、俺たちは自分たちを過大評価していたのだ。
同時にミザリーさんの偉大さを噛みしめる事にもなった。同じ肉(だと思う)を使ったのに、ここまで違いが出るということは、それだけ下ごしらえやスキルに差があったという事だろうから。
「……大体、適量ってなんですか、適量って。ちゃんと数字を書かないなんて不良品もいいところじゃないですかっ」
買った料理本のページを一指し指でぺしぺしと叩きながら、ミーアが文句を垂れている。
その顔色が少し悪いのは、もちろん無理を通して完食した末路である。
もう二度と不味い飯を作らないためにも、と二人とも頑張ったのだ。
ちなみに、後日わかった事だが、この適量というのはかなりの曲者で、これはいわゆる塩に当たる調味料(魔物の臓物をすり潰したものらしい)に記されていた情報だったのだが、この魔物塩、生で舐めるとかなりしょっぱいんだけど加熱すると怖いくらいに味が薄れるようで、ジョッキ一杯分とかそれくらい入れないとまったく効果がなかったのである。
しかも、あとからそれを付け加えようにも、生だと独特の異臭と食感があるため、とてもじゃないけど利用できなくて……本当、無知っていやだなぁと痛感する出来事になりそうだった。
「……顎が痛いです」
ため息交じりに、ミーアがこぼす。
まあ、そりゃあ、呑み込めるようになるまで三十分も噛み続ければそうなりもするだろう。
かくいう俺も似たような感じで、しばらく硬いものは遠慮したい気分だったし、なにより疲れた。
今日はもう、食器を洗ったら眠ってしまおう。それがいい。……そう決めて早々にベッドにもぐりこんだというのに、今度はこの場所がそれを許してくれなかった。
灯を消して目を瞑ると、嫌と言うほどに感じ取れてしまう攻撃的な魔力の気配の数々。
まるで夜行性の動物のように、それらは爆発騒ぎが鎮まったあとも唸り声をあげていて……一時間ほど粘ってみたけど、一向に睡魔はやってこなかった。
それに痺れを切らせてベッドから起き上がったところで、階段を下りてくる足音が微かに届く。
視線を向けると、上の方の寝室を使ってもらっていたミーアの姿があった。
「あ、すみません。もしかして起こしてしまいましたか?」
「ううん、こっちも眠れてないだけだから。……水?」
「はい。なんだか、喉が渇いてしまって。レニさまも飲みますか?」
「うん、お願いしていいかな」
そう言うと、ミーアは淡く微笑んで冷蔵庫に向かった。
その間に俺は部屋の灯を再度つけて、またベッドに腰を下ろし、なんとなしに室内を見渡す。
まだまだ見慣れていない住居。……ここは高層階だから、覗き見られる事はないだろうけど、それでも窓にカーテンは欲しいなとか、キッチンに備わっていた火が少し強すぎたので、もう少し火力の弱い火石(火を生み出す魔力を宿した器)を買う必要があるなとか、どうせならこのまま徹夜して魔物狩りは早朝にしようかなとか、色々な考えが過ぎっていく。
そんな風に時間を浪費していると、あっという間にミーアがキッチンから両手にカップを持ってやってきた。
「どうぞ」
「あ、ありがとう」
お礼を言って、片方を受け取る。
冷たい感触。冷蔵庫に入っていただけあって、かなり好ましい温度だ。それを半分ほど一気に飲んで、俺は一息つく。
ミーアもそれに倣うみたいに、普段とは異なる勢いで水を飲みほして、
「あ、あの、レニさまは明日どういう予定でしたか?」
と、訊いてきた。
「とくには決めてないけど。なにかあった?」
「いえ、私の方は緊急の呼び出しでもない限りは明日休みなので、その、今日は別に無理に眠らなくても問題ないかな、といいますか……」
きょろきょろと泳ぐ視線は、しかしある一点を意識しているようだった。
部屋の隅に置いてある荷物だ。プレゼントしてもらった服や、必要だと判断した最低限のもの、そして広場で買ったボードゲームなんかが入った荷物。
「それじゃあ、眠くなるまで、前に広場で買ったやつでもやろうか?」
「……よいのですか?」
瞬きの回数を少しだけ多くしながら、ミーアはやや弱々しく確認を求めてきた。
もちろん、ダメなら自分から話をふるはずもない。
「私の方は時間に融通効くし、なんなら明日は休みにしてもいいしね」
「でしたら、そうしたいです。その、せっかく買ったものだから、有効活用しないとダメだと思いますし」
はにかむよう、にミーアは笑う。
その笑顔が、なんというか……今日の紆余曲折、面倒なこと全部「まあいいか」って思わせてくれたりして、それをちょっと不安にも感じつつ、俺はベッドから立ち上がり荷物の元に足を向かわせながら言った。
「じゃあ、用意するから。出来れば水、もう一杯お願いできるかな。長丁場になりそうだしね」
次は二日後に投稿予定です。よろしければ、また読んでやってください。




