09
その結果、紹介されたのは五十七階の端にある物件だった。
シャワーとトイレ、キッチン完備で、さらには二階もあり、上と下で寝室が一部屋ずつ備わっているというもので、反故を喰らった物件よりも広い。壁なんかも結構分厚くて、隣の音が聞こえてきたりすることもなかった。
ただ、その分家賃は少々弾む事になったけど、それでも宿の半分。文句のない条件だ。リッセの紹介ということで、一月分の家賃さえ払えばすぐに暮らしていいというも有難かった。(まあ、そのせいでリッセの店に行く前に、一応見つけておいた宿に支払った一日分は無駄になってしまったが)
「なんとか、寝床は確保できましたね」
「そうだね」
やや硬いソファーに二人で腰を下ろして、一息をつく。
と、そこで、くぅぅ、と空腹を告げる音がなった。
ちらりとミーアを見る。……どうやら聞かれてしまったようだ。反応するかどうか、迷っているような表情がそこにはあった。
おかげで少し恥ずかしい気持ちが込み上げてきたが、ここで下手に繕っても仕方がない。
「そういえば、冷蔵庫に入っているのは自由に使っていいって言ってたっけ?」
「門出の祝いでしたか。あの男が言うと不穏でしかありませんでしたが」
やや苦々しげに、ミーアが呟く。
たしかに、こちらが交わしたやりとりなどが盗聴されていたのでは、という不安は残るけど、さすがに差し入れに罠はないだろう
俺はキッチンに向かい、冷蔵庫を開ける。
この世界の冷蔵庫の原理は、冷気を宿した器を箱の中に敷き詰めたという簡単なものだ。だから、コンセントなんかもないし、電気も使わない。けれど器の質で、冷凍や野菜入れ場などの用途分けはしっかり出来ていた。使用感覚は、殆ど日本のものと大差がないと言ってもいいかもしれない。
「ええと……」
入っているものを確認する。
肉、肉、野菜、肉、肉、肉。殆どが肉である。
一応、種類の違いはあるようだけど、どれが何の肉なのかはわからない。
なんにしても、そこにあるのは材料だけで、完成品の類は一つもなかった。……つまり、自分たちで作るしかないというわけだ。
幸いキッチンには、包丁代わりの大型ナイフ、調味料や鍋、フライパンめいたものまで用意されている。装備品に不足はなさそうだった。
……さて、このお膳立てに従って自炊をするべきか、それともあえて外食にするか。ミーアと相談して決めようと振り返ったところで、突然大きな音が外から響いた。
「襲撃、ではさそうですね」
一切無駄のない動作で細剣を手にしていたミーアが、外を一望できる窓に向かう。
俺もその隣に立って、街並みに視線を流した。
下地区から中地区、上地区に向かって徐々に建物の高さは下がっていくが、それに反比例するように土地が高くなっていくさまが、ここからだとよく判る。
当初は住んでいる人の身分によってつけられた名称だと思っていたけれど、事実は違っていて、上地区、中地区、下地区というのは標高によってつけられたものらしく、それに故に下地区は上に伸び、上地区は下に伸びているのだ。人が利用できる人域は、上下にも限度があるために。
「……どうやら、爆発事故みたいだね」
そんな街並みのある一点が、紅く染まっていた。
下地区と中地区の間くらいだろうか、多分工場かなにかだ。
黒々とした煙が上がり始め、じきにここからでは紅い点が見えなくなるほどに、それは広がりをみせていく。
それに混ざるように、複数の荒っぽい魔力が周囲に溢れだし、暴力の気配がそこら中で起き始めた。
騒ぎに中てられたのかどうかは知らないけど、かなり嫌な感じ。
「今日は、もう外出は控えた方がよさそうですね」
ため息交じりに、ミーアが言った。
「私達に料理をしろって事なのかもね」
苦笑気味に、俺もそう返す。
「入っていたのは材料だったのですか?」
「うん、肉が殆どだったけど」
「そうですか。……そうですね、せっかく料理の本も買ってあるわけですし、挑戦するのは今日であるべきだということなのかもしれません」
妙に堅苦しい口調。
その意気込みは買うけど、そこはかとなく空回りしそうな予感がする。
けどまあ、どのみち初体験だ。失敗するのが前提なので、気にするような事でもない。
「じゃあ、とりあえず肉料理とスープでも作ろうか?」
「そうですね。そうしましょう」
両の拳を握りしめ、ミーアはちょっとだけ力強い口調でそう頷いた。




