プロローグ/手紙
神を殺すまで 上手く行き過ぎる(以下略)の続編となります。
「ねぇ、リッセってなにかあったの?」
舌足らずな口調が、ラウの耳に届いた。
視線を向けると、だぼだぼのワイシャツ一枚だけといういつもの格好をしたシェリエが、椅子の上で体育座りをしながら浮かない表情を浮かべていて、
「最近、なんか怖い」
と、愚痴るように呟いた。
そんな彼女から、テーブルの上に置かれている手紙に視線を移して、ラウは言う。
「下らん話が来ただけだ。悪い時期にな」
今、リッセが所有しているこの店にはラウとシェリエの二人しかいない。
彼女の保護者といってもいい少年が不在なのは珍しい事態ではあるが、ホームグラウンドにいるんだから大丈夫だという判断なのだろう。或いは、単純に目を離した隙にいなくなっていて、今壮絶に焦っている可能性もあったが。
「……ラウも、怒ってる?」
「これは、すぐに片付く感情だ。心配するな。それに、手紙も二度と来なくなる」
殆ど空になっていたグラスの中に手紙を押し込んで、ラウはポケットから取り出したライターで火をつけた。
酒を微量に含んだ手紙は、あっという間に燃えていく。
その火が消えたところで、店のドアを乱暴に開く音が響いた。
入ってきたのは、下地区には似つかわしくない上品な身なりをした少年。
「シェリエ! ……あぁ、よかった、此処にいた」
最速で探し人を視界の中心におさめて、彼は安堵の息を零す。
予想した通りというべきか、若干涙目で、足もがくがくしていた。まあ、後者は間違いなく運動不足が原因だろうが。
「ちょうどいいところに来たな、ケイ。外での仕事ができた」
彼の呼吸が整ったところで、ラウは口を開いた。
「外でのですか? 珍しいですね。どういった内容なんです?」
「汚物の処理だが、それはこちらがする。だから、お前たちの役割は最悪を想定した保険といったところだな。基本的には何もしなくていい。今日出発する。……なにか聞きたい事はあるか?」
「い、いえ。わかりました」
こちらの空気を察したのだろう。表情を引き締めてケイは頷き、シェリエに自身の着ていたジャケットを着せ、第一ボタンまでしっかりと留めていき、
「……十時に東門の前でいいですか?」
「あぁ、それでいい」
「じゃあ、失礼します」
と、頭を一度下げてから、彼女の手を引いて店を出て行った。
その後ろ姿を見送ったところで、ラウは再び視線を手紙に戻して、短く息を吐く。
黒焦げになり、残片だけとなったもの。
「本当に、悪い時期だったな」
吐きだされた声には、苦々しさと苛立ちが強く滲んでいた。