ドッペルゲンガー
[ドッペルゲンガー]
皆さんはドッペルゲンガーという言葉を聞いた事がありますか?
ドッペルゲンガーは、自分自身の姿を自分で見る幻覚の一種で、
「自己像幻視」とも呼ばれる現象です。
自分とそっくりの姿をした分身、第2の自我、生霊の類等と
考えられており、同じ人物が同時に別の場所に姿を現す現象を
指すこともあります。
これらは超常現象のひとつとして扱われています。
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俺の名前は新井田仁達。
大学生だ。
夏休みが始まり、気分は最高潮だった。
早速、友人の大政と会う事になり、
良く行く茶店に向かった。
高校生時代にここでバイトをしていた由香さんが
タイプだったので、暇を見つけては通ったものだ。
電話番号をゲットし、彼女がやめる1週間前に告白した。
それは、生まれて初めての恋であり、失恋でもあった。
彼女はマスターの事が好きだったのだ。
彼女は家の都合で田舎に帰ったが、今でもたまに連絡を
取り合う間柄にはなっていた。
その店は商店街の一角にあった。
今時、自動ドアではない店は少ないが、ここはいまだに
自動ドアではなかった。
こげ茶色の扉上には、ベルが付いており、扉をあけると、
「チリン、チリン」
と心地よい音を奏でた。
店はこじんまりとしていて、カウンタとテーブルが4席のみ
だった。
マスター:「おう、いらっしゃい。」
俺:「マスター、2人ね。
友達があとからくるんだ。」
マスター:「あいよっ、そのテーブルに座ってくれ。」
入口のわきにある本棚から雑誌を1冊とると、
指定された席にすわった。
雑誌をペラペラとめくり、面白い記事を探した。
しばらくすると、マスターがトレイにグラスを2つのせて
やってきた。
マスター:「何にする?」
俺:「あぁ、大政が来るんだ。
来てから注文するよ。」
マスター:「了解。」
俺は、しばらくの間、雑誌を眺めていた。
「チリン、チリン」
その音で入口を見た。
そこには、息を切らした大政が立っていた。
俺を見つけると、勢いよく席に座った。
俺:「何、息切らしてるんだよ。
何かあったの?」
雑誌をペラペラとめくりながら聞いた。
大政はテーブルにあった水を一気に飲み干すと
一瞬戸惑いを見せた後、言った。
大政:「聞いてくれよ。
見ちゃったんだよ、俺。」
何を言いたいのかわからなかった。
そして、次の言葉を待った。
しかし、一向に話は始まらない。
痺れを切らした俺は、ちょっと強い口調で言った。
俺:「何言ってるんだかわからねえよ。
ハッキリと言えよ。」
大政は相変わらず無言だった。
雑誌を見るのをやめ、大政を見た。
若干震えているのがわかった。
俺:「おい、大丈夫か?
何があった?」
その声に注文を取りに来ようとしていたマスターはカウンターに
戻っていった。
大政:「ドッ、ドッペルゲンガーを見たんだ。」
俺:「ドッペルゲンガーって、見たら死ぬっていうあれか?」
大政:「おっ、おい、そんなこと言うなよ。
怖がってるんだからよ。」
俺:「すまん、わるかったよ。
よくわからんから、
最初から詳しく説明してくれ。」
大政は少し落ち着いたようで、その時の事を話始めた。
それはここへ来る5分程前のことだった。
少し早く着きすぎた大政はコンビニに入り、
いつもの本(ご想像通りの本)を見ながら時間調整をしていた。
いつもと何かが違う。
ふと、そんな感覚が頭を過った。
顔を上げ、正面を見る。
何かが違う。
大政:「あれ?
あんなところにコンビニあったっけ?」
ガラス越しに見える道路の反対側にコンビニがあった。
そして、雑誌コーナーであろう場所に人が立っていた。
その人が顔を上げ、こちらを見た。
大政:「やばっ、変ないちゃもん付けられたら、やばいな。」
そう思い、目を逸らし、雑誌に目を戻した。
しばらくすると、ガラスをたたく音がきこえた。
「コン、コンコン」
大政:(やべー、まじかよ。
コンビニ内なら安全だ。
無視だ、無視。)
そう考えて、雑誌を読み続けた。
しかし、さっきよりも大きな音でガラスが叩かれた。
「ドン」
大政:(やべー、本気で怒ってるは。
しゃあない、
いざとなったら仁達の居る茶店に逃げ込むか。)
そう思い顔を上げる。
そこにいたのは、明らかに自分だった。
服装は違う、しかし髪型や顔はまさに自分だった。
驚いた俺は雑誌を無造作に置くと、自動ドアに向かって走った。
そして、外にでる。
しかし、そこには誰もいなかった。
俺:「見間違えじゃないの?
コンビニ出たら、誰もいなかったんだろ。」
大政:「あれは、間違いなく俺だった。」
俺:「道路の反対側にコンビニはあったのか?」
大政は少しうなだれて答えた。
大政:「なかった。」
俺:「じゃあ、きっと見間違え。」
大政:「うーん、そうかなー?」
俺:「分かった。
じゃあ、これからそのコンビニに行ってみよう。
これで、どうだ?」
大政:「あっ、あぁ、それで頼むよ。」
マスターには少し嫌な顔をされたが、事情を説明して、
事なきを得た。
そして、そのコンビニへと向かった。
そこは普通のコンビニだった。
道路の反対側は立体駐車場だった。
結局、見間違えと結論付けた。
大政は少し悲しい目をしていた。
明日同じ時間に同じ場所で会う事を約束して
別れることになった。
家に帰ってから、少しかわいそうなことをしたと反省し、
明日、あった時にもう一度聞いてみよう。
そう決心する俺だった。
次の日、同じ時間に同じ場所で大政を待っていた。
約束の時間通りに大政はやってきた。
俺:「昨日は悪かった。
でっ、どうなんだ?」
大政:「なにが?」
俺:「いや、昨日の事だよ。」
大政:「えっ?
なんだっけ?」
俺:「コンビニの件だよ。」
大政:「コンビニ?」
俺:「何いってるんだよ。
忘れたのか?
ドッペルゲンガーのことだよ。」
大政:「あぁ、あれね。
もう、どうでもいいんだ。
忘れてくれ。」
俺:「??」
俺はこの時、違和感を感じた。
大政はいがいと小心者であり、数日は悩むだろうと思っていた。
こうもあっさり忘れろと言うとは思わなかった。
俺は、大政を繁々と眺める。
大政は、きょとんとした顔で俺を見る。
時々でる、このすっとぼけた仕草。
大政で間違いない。
俺は、問題を自己解決するとマスターにランチを頼んだ。
マスターがランチを運んできた時に、
同時に昨日の事を再度あやまった。
俺:「昨日はすんませんでした。」
マスター:「えっ?
昨日?
何かあったっけ?」
俺:「えっ?
水だけ飲んで帰ったことですよ。」
マスター:「あぁ、あれね。
大丈夫、気にしてないから。」
俺:「あっ、はい。」
俺は、凄い違和感を感じた。
いつものマスターなら絶対忘れていない。
そのことを口に出し、皮肉の一つも言っただろう。
俺:(何か変だ。
もしかしたら、俺が変なのか?)
その日は大政やマスターと他愛もない話をして帰った。
家にかえって布団に入った時に考えた。
明らかに何かが変だ。
自分の奥底の何かが、あの二人は別人だと警告を発していた。
俺は少し探りを入れてみる事にした。
いつもの茶店で席に座った。
俺:「ところで、由香さんどうしてるのかな?」
マスター:「由香?
誰だっけ?」
俺:「えっ、1年ほど前にバイトで働いていた子だよ。」
マスター:「あぁ、連絡取り合ってないからないからな。
全くわからん。」
俺:「?!」
俺は、頭から血の気が引いた。
完全に別人だ。
何が起こっているんだ。
昨日の夜、遅い時間の電話など、悪いと思いながらも、
由香さんに電話をした。
彼女は俺の事を覚えていた。
そして、今でも定期的にマスターと連絡を取り合っている事を
教えてくれた。
最後にマスターと話したのは、先週だった。
俺は急に体調が悪くなったと告げ、家に帰った。
家に入ると何が起こっているのか考えるため、
出来事をできる限り詳細に思い出そうとした。
一昨日、大政がドッペルゲンガーを見たと言い出した。
昨日、大政もマスターも、それを忘れているようだった。
今日、マスターは由香さんの事を忘れていた。
ここで2つの考え方ができる。
まず一つは、俺の記憶がおかしくなった。
もう一つは、、、。
考えたくなかったが、人が入れ替わった。
しかし、あれだけそっくりな人間がいるのか?
そうだ、ドッペルゲンガーが何か関係しているのか?
ドッペルゲンガーを見ると死ぬという都市伝説。
いや、死んではいないのだ。
一体?
その時、おんぼろアパートの部屋の扉がノックされた。
こんな時間に一体だれが?
俺は無警戒に扉を開けてしまった。
そこに立っていたのは、大政とマスターだった。
俺は少しビビりながら、言った。
俺:「こんな夜遅くに、どうしたんですか?」
大政:「いや、体調が悪いと聞いて、見舞いにきたんだ。」
マスター:「まさか食中毒じゃないかと気になってね。」
俺:「いや、もう大丈夫です。
ご心配なく。」
大政:「そうか、ならお茶でもごちそうしてくれよ。」
俺:(!!
やばい。
このまま追い返すのも、やばそうだし、
部屋にいれるのも、やばそうだ。)
どちらも危険だと判断したが、結局部屋にいれることにした。
隣の部屋の住民も帰ってきている。
何かあったら、大声をだせばいい。
そんな甘い考えがあった。
1DKの小さな部屋だった。
キッチンに置かれた四人掛けのテーブルに座った。
そして少し震える手でインスタントコーヒーを淹れ、
2人に出した。
俺:「ふぅ」
一回深呼吸すると、自分も椅子に座る。
大政:「あのさぁ」
俺:「?」
大政:「もしかして、俺の事、大政じゃないと思ってる?」
俺:「えっ」
俺は焦った。
まさかこれほどストレートに質問されるとは
思ってもみなかった。
俺が返答に困っていると、大政は続けて話した。
大政:「どうやら、そうみたいだね。
マスターどうします?」
マスター:「そうだな、こうしよう。
これからSFみたいな話をする。
その話を聞いた後、意見を聞きたい。」
俺の回答を無視してマスターは話始めた。
マスター:「大型ハドロン衝突型加速器って聞いた事あるかい?
今から10年前に稼働した装置なんだけど。
当時、一部の人の間でブラックホールが生成されると
騒がれていたんだよ。
実際には生成されなかったんだけどね。」
俺:(ブラックホール?
何が言いたいんだ?)
マスター:「実際にブラックホールが生成された場合、
どんどん地球を飲み込み、最終的には地球が
消滅してしまうんだよ。
もしだよ。
そんな世界にいたとする。
もし、安全な場所が見つかったとしたら、
君ならどうする?」
俺:「安全な場所に非難しますよ。」
マスター:「そうだよね。
でだ、そこでの生活の場が無かったらどうする?」
俺:「なんとか作り出そうと努力します。」
マスター:「そうだよね。
じゃあ、そこに避難者全員が生き残る食料が
無かったらどうする?」
俺:「・・・」
マスター:「餓死して死ぬことを選ぶかい?」
俺:「・・・」
マスター:「たぶんだけど、生き残ることに全力を尽くすと
思うんだ。」
俺:「・・・」
マスター:「それでね。
その安全な場所がパラレルワールドだったんだよ。」
俺:「!!」
その時、扉が開いた。
俺は反射的にそちら側をみた。
扉の前に立っていたのは、俺だった。
そしてその後ろには、このアパートの住人達が立っていた。